日本一の短角牛を育むまち・岩手県久慈市山形町
岩手県久慈市は県北東部の沿岸に位置し、東側は太平洋に面した海岸段丘が連なり、西側は遠島山(とおしまやま)など標高1,000m以上の山嶺を有する北上高地(きたかみこうち)の北端部にあたります。総面積の約8割を森林が占める豊かな自然資源が特徴で、白樺林や久慈渓流が織りなす久慈平庭県立自然公園は四季折々の表情で訪れる人を魅了しています。その久慈市の内陸側に位置する山形町はかつて山形村と呼ばれ、和牛品種のひとつ「短角牛」の一大産地として知られています。
「短角牛のルーツは藩政時代、南部藩で飼われていた在来種『南部牛(なんぶうし)』です。当時は輸送手段として沿岸から塩を背に乗せて内陸に運ぶ役割を担っていました。この南部牛にイギリス原産のショートホーンを輸入して交配、品種改良を経て1957年に日本固有の肉種として誕生したのが『日本短角種』です」と、話すのは山形村短角牛活性化推進協議会・JA新いわてくじ短角牛肥育部会の中屋敷 稔(なかやしき・みのる)会長。
日本短角種は北東北や北海道を中心に飼養されていますが、そのうち約4割が岩手県内で飼養されています。名実ともに日本一の産地である岩手県の中でも山形村短角牛の品質は別格。市村合併により住所表記で山形村の名前が使われることはありませんが、短角牛においては「山形村」の名前が残されていることが、その確かな品質を物語っています。
健全な赤身肉を育む「夏山冬里方式」と国産飼料へのこだわり
春。わずかに雪が残る山を見上げると、冬の間に生まれた子牛が母牛の乳を飲んだり草を喰む(はむ)姿が。この、自然の中で飼育される姿こそが山形村短角牛の特徴です。短角牛の生産は「夏山冬里(なつやまふゆさと)」方式で飼育されており、放牧地の雪が溶けると子牛と母牛は牛舎から一斉に山に上がります。10月下旬まで牛たちは山で過ごし、冬の訪れを前に母子は再び里(牛舎)に帰ります。自然の中で思うままに牧草を喰み、交配もまた、自然に委ねるため、牛はストレスなく健康に過ごすことができます。これこそが、山形村短角牛が「健全なおいしさ」と称賛されるゆえんです。
「山形町は山間部で平地が少ないため、傾斜地を有効活用しています。母子が仲良くのびのびと過ごす姿は、この地域の風物詩でもあります」(中屋敷さん)
冬、里に戻った子牛は肥育農家のもとで干し草や国産飼料を食べながら出荷の時を待ちます。母牛は分娩に向けて準備をし、3月前後に子牛を出産。肥育飼料を全て国産でまかなっているのも山形村短角牛のこだわりです。
「わたしたちが牛を育てる際に大切にしていることのひとつが牛の健康です。それは最終的に消費者の健康にもつながります。自然からの恩恵を受けて畜産業を営んでいる以上、環境への配慮も欠かすことができません」(中屋敷さん)
食肉牛は飼料によって肉質が変化するため、生産者は地元産の飼料米やトウモロコシを自給栽培で給与しています。また、耕作放棄地を活用した牧草の栽培などにも積極的に取り組むことで昔ながらの里山の風景を守り続けています。
しかし、近年、短角牛の需要は高まりつつあるものの、高齢などを理由に離農する生産者が増えています。こうした現状を踏まえ、山形村短角牛活性化推進協議会は行政やJAと協力しながら担い手育成に取り組む方針です。
「昨今の赤身肉ブームもあって短角牛の価値は高まっています。しかし、先人たちはそれ以前から短角牛を大切に育て、食文化を守り続けてきました。わたしたち生産者はその意志を受け継いで行かなければなりません」(中屋敷さん)
牛と共に生きる山形村短角牛の生産者の弛みない情熱。それこそが滋味深い短角牛のおいしさを育んでいます。その熱い思いに共感し、地域おこし協力隊として山形町にやってきた細川 大介(ほそかわ・だいすけ)さんは、短角牛の飼育に携わることで地域の“宝”を継承したいと目標を掲げています。
地域の宝を継承し、山形村短角牛の価値を高めていきたい
岩手県金ヶ崎町出身の細川さんが久慈市山形町にやってきたのは2021年10月。現在、短角牛の飼育技術の習得、魅力発信に取り組む地域おこし協力隊員として活動しています。大学卒業後、畜産関係の仕事に就いた細川さんは肥育の現場を経験するなかで短角牛を知りました。
「短角牛の名前を聞いたことはありましたが、恥ずかしいことに食べたこともなく、夏山冬里方式による飼育も知りませんでした。前職で短角牛を知り、そのおいしさだけでなく岩手の自然と風土に根ざした放牧中心の飼育方法に魅力を感じました。ふるさとにこんなに素晴らしい特産品があるのに自分を含め、一般的にはあまり知られていないことにジレンマを抱き、ならば自分が担い手となって発信していこうと思いました」と、短角牛との出会いを振り返る細川さん。調べていくうちに山形町が短角牛の一大産地であることを知った細川さんは、持ち前の行動力で山形村短角牛の繁殖・畜産を手がける柿木畜産の門を叩きます。
「当牧場に限らず、人手不足は地域全体が抱える問題です。当社での雇用も考えましたが、さまざまな牧場で人手が足りない部分をサポートしながら技術や知識を得たほうがいいのではと思い、地域おこし協力隊への応募を勧めました」と、話すのは山形村短角牛生産者のリーダー的存在である新岩手くじ短角牛生産部会長の柿木畜産・柿木 敏由貴(かきき・としゆき)さん。
大ちゃんのお仕事拝見!
「非農家出身とは思えない働きぶり」と柿木さんが太鼓判を押す細川さんの目標は牧場経営です。自身が担い手となり、その魅力を発信することを目指しています。
「畜産業のやりがいは、生きることに直結する食に携わっていけることです。どれだけおいしく、体に良い物を食べていただくかを考えながら山形村短角牛と向き合っていきたいです」(細川さん)。
今、最も“かっこいい畜産”。それが山形村短角牛
自然の中で牧草を喰み、国産飼料を食べて育つ山形村短角牛は、土地活用型や環境に配慮した飼育をしています。SDGsへの取り組みがさまざまな分野で行われるなか、短角牛の品質の基準が明確になったと柿木さんは話します。
「先人たちが守り続けてきた夏山冬里方式による飼育だけでなく、耕作放棄地を活用した牧草栽培など、わたしたちは先祖代々環境問題に取り組んできました。SDGsをはじめ※CSAのように、生産物の基準が消費者にもわかりやすく届けられるようなった今、山形村短角牛はいわば、環境に配慮した“一番かっこいい畜産”と言えます」(柿木さん)
※CSA=コミュニティ、サポート、アグリカルチャーcommunity.support.agricultureの略で、生産者をコミュニティ(主に地域的な単位)で支える活動。生産物への先払いや、作業参加、災害リスクの共有などで継続的な生産を支援する仕組み。
山形村短角牛の担い手育成を目的に久慈市では今後、インターンシップの受け入れを行い、農学部生や畜産に興味がある方など対象を広く募る方針です。
「久慈市では農畜産物の加工施設を設け、山形村短角牛の生産から加工までを一貫して行なっています。インターンシップでは生産現場での体験や生産農家との交流を通じて、食の大切さを学んでいただきたいと考えています」と、担い手育成に向け抱負を語る久慈市山形総合支所 産業建設課の新井谷 保彦(にいや・やすひこ)さん。
藩政時代から続く短角牛の歴史と文化を今に伝える久慈市山形町。安全・安心な食が叫ばれる昨今、山形村短角牛は日本を代表する和牛であることに違いありません。山形町のみならず、日本の宝とも言えるこの和牛に会いにまずは一度、久慈市山形町を訪れてみませんか?そこにはきっと、忘れえぬ風景、出会いがあることでしょう。
公式オンラインショップもありますよ!
【お問い合わせ】
久慈市 山形総合支所
〒028-8602 岩手県久慈市山形町川井第8地割30-1
TEL:0194-72-2111