今年5月末、長沼町のスーパー「フレッシュイングローブ長沼店」に、小さな新コーナーが誕生した。掲げた名前は「縁の畑(えんのはた)」。農家19軒の米、野菜や卵、豆腐などが毎朝並べられる。同店青果バイヤーの小野直樹(おの・なおき)さんによると「夕方には売り切れることも多い」そうだ。取材していると、買い物していた女性たちが小野さんに「あの人のトマト、今日はある?」と尋ねてきた。おいしかった商品の生産者名を見て、また買いに来たという。
小野さんにとって、生産者の顔が見える青果コーナーは念願だった。町内競合スーパー2社との差別化に積極的な同店では、「地産地消に加えて、楽しくて驚きのある品ぞろえがモットー。その点、地元のこだわり農家さんが集まるコーナーは魅力的です」(小野さん)。生産者に販売手数料のみで売り場を提供し、スタート時には小野さん手書きの紹介ポスターを掲示してプッシュした。
共同販売グループ「縁の畑」は、近郊農家と地域の人々が一緒につくるグループだ。取材時点で、出荷する正組合員は小規模農家19軒。宅配購入や支援をする準組合員は10人足らずで現在募集中。生産物は主に事務局が集荷配送し、加えて札幌など近郊の食料品店などへ委託販売も始めた。
「ニーズはあるのに売る仕組みがない」という地元農家の悩み
長沼町は千歳空港から車で約30分、札幌市中心部から50分の運河と農業のまち。空知地方の稲作発祥の地で、2021年の大豆の作付面積は北海道2位。最も盛んなのは野菜づくりで、長ネギ、ハクサイほか多くの品目が栽培されている。しかし意外にも、農協外で販売する小規模農家の野菜は、郊外の道の駅などで販売されるのみ。市街地に住む生活者、例えば高齢者や車で出かけられない人が徒歩圏内で地元の野菜を買える場所が少なかった。一方の農家にとっても、地元客とのつながりが足りない。「地元の人に作物を手渡したい、もっと伝えたい」と思っても、新規営業や販売の人手を捻出できる人は限られている。
農家たちと非農家の事務局が立ち上げ
「郊外の直売所に行けない方も、地元野菜を身近で買えるようになるための大事な一歩です」
縁の畑事務局を務める長沼町在住の白滝文恵(しらたき・ふみえ)さんはそう話す。
始まりは2021年12月、町内の農家の離農の知らせだった。無農薬で栽培する価値がうまく伝わらず、本当に関心のある人に届いていなかったようだ。「私の他にもファンの多い方で、なんとか止める方法はないだろうかと、友人と話し合いました。その時考えたのが、地元に小さい農家の売り場をつくることでした」(白滝さん)。年明けに、親しい農家1軒ずつに共同で営業販売してみないかと声をかけ始め、3月に13軒の農家と加工者による「縁の畑」がスタートした。
多様な農家が参加するからこそ「やってみるしかない!」
農法も手法も多様すぎる人々が集まった!
町には無農薬栽培や資源循環型栽培など、多彩な栽培方法の小規模農家がいる。縁の畑に参加する農家も個性派ぞろいで、農法も経験値もまちまちだ。ちょうど畑作シーズンが始まる時期で一堂に集まる時間がなかったので、言い出しっぺである白滝さんが初めにしたことは、農家を一軒一軒訪ねては話をすることだった。「全員からやりたいことが次々に出てきて驚きました。みんな本当に忙しく働く中で、たくさんの思いを持っていたんです。それだけに、みんながやりたいことをかなえられる『形』ができるまでが一番大変でした」(白滝さん)
意見の重なりを粘り強く拾い出す中から、多様なメンバーがみんなで地域とつながるCSA(地域支援型農業)という目標が見え始めた。メンバーの意見をまとめた理念には、食の持続可能性、食を知る活動をすること、栽培方法の明示、多様性を認め合う、の4つが記されている。
バラバラだけど、まとまれたわけは?
縁の畑がスタートできた直接のきっかけは、冒頭のフレッシュイングローブとの商談だ。紹介したのは、その後に縁の畑の代表を務めることになった高井一輝(たかい・かずき)さん。
高井さんは東日本大震災の後、夫婦で横浜から札幌へ移住。2015年に長沼町内などの農家に勤務し、養鶏農家で研修し、2019年に養鶏農家「ファーム モチツモタレツ」を開いた。高井さんは新規就農者で、土地探しも販路もすべてが手探り。フレッシュイングローブとの取引も飛び込み営業から始まった。同店に他の自然農法の農家さんを紹介してほしいと言われたが、納品をする人手がなく実現しなかったという。
「新規就農、まして慣行農法以外の人にとって、仲間がいることはとても大切」という高井さんたち農家の思いと、「実際にやって理解してもらうしかない」という白滝さんの思いが入り混じって、5月末の初出荷にこぎつけた。
もうひとつ、地域と農家がつながる時に欠かせないのが飲食店との関係だ。これについてはメンバー共通の友人で、町内の飲食店経営者が、近郊の飲食店有志15軒との説明会をセッティングしてくれた。この時、飲食店側からの「興味はあったが、購入方法がわからなかった」という声もメンバーの励みとなった。
打ち合わせや納品はアプリ活用で
白滝さんに集合写真を借りたいと言うと、「写真がないんです。今まで一度も全員で集まったことがないから……」と驚きの返事が! となると、日頃どうやってコミュニケーションをとっているのだろう。
まず納品方法は、タイムツリーなどのスケジュール共有アプリを活用。納品前日夕方の締め切り時刻までにアプリで連絡し、当日納品書とPOPを農産物とともにコンテナに入れて集荷担当者に渡す。また、打ち合わせにはビジネス用チャットアプリのスラックを使い、チャンネル(トピック)ごとにリーダーを決めて定期的にまとめをアップ。もちろん、アプリを使わない人にもフォローをする。実際の集荷はこれまで白滝さんが担っていたが、出荷量が増えてパートスタッフを雇用し始めたところだ。
地元の暮らしと農を結びなおすために
縁の畑のパンフレットには、「地域で農産物がきちんと流通すれば、農家は安心しておいしい環境に優しい野菜をつくることができます」とある。最近、その思いに呼応する出会いがあった。青果物を売り場や飲食店などへ運ぶECプラットフォーム「やさいバス北海道」が縁の畑とつながり、長沼に集荷地点ができたのだ。これによって縁の畑の野菜は、やさいバス北海道を通じて飲食店や小売店などにも届く可能性が出てきた。
白滝さんは今、近郊都市の青果店や食料品店への営業に力を入れている。「みんなの野菜をお客さんに確実に渡したい」。グループでは今後、直販のマルシェ、収穫体験、料理教室など各自がやりたかった「つながる」活動も展開予定だ。現在は任意組合だが、法人格への移行を目指している。