酪農の危機を訴える集会
2022年8月12日、十勝の酪農家と関係企業の職員、そして一般消費者約150人が、北海道帯広市のホールに集まった。十勝酪農法人会などが主催する「酪農危機突破総決起集会inとかち」に参加するためだ。十勝は、北海道の中で振興局別受託乳量も乳牛の飼養頭数も1位を誇る酪農王国で、酪農は地域の基幹産業である。
集会では、東京大学大学院教授の鈴木宣弘さんから、北海道の酪農の危機的な状況とその打開策についての基調講演が行われた。また、参加した酪農家からは、飼料や燃料の価格高騰の影響などを受け生産コストが上がり、赤字が膨れ上がっている状況が報告され、政府に対し赤字補填(ほてん)や乳価の引き上げを強く求める声が上がった。
主催者である十勝酪農法人会の井下英透(いのした・ひでゆき)さんは、「特に北海道の酪農家たちが負担を強いられている状況を知ってほしいと、会を企画した」と話す。井下さんは飼育頭数1400頭以上の大規模牧場、農事組合法人Jリードの代表でもある。
生乳生産にかかるコストがすべて値上がり
ウクライナ情勢や円安の影響で、牛に与える飼料や農機具を動かすための燃料、牧草を栽培するための肥料など、酪農をめぐるあらゆるものの価格が高騰している。
配合飼料についていえば、北海道の指定生乳生産者団体であるホクレン農業協同組合連合会(以下、ホクレン)は2022年7~9月の価格を前期(4~6月)に比べて1トン当たり1万1400円値上げした。北海道は自給飼料の割合が本州の酪農家に比べて高いが、それでも負担は大きいという。円安によってさまざまな資材の輸入コストが上がっているからだ。
「タネも肥料も機械も輸入。飼料を育てるには肥料がいるし、刈るのには燃料がいる。さらに人件費も上がり、決して自給飼料があるからよいということはない」と、井下さんは経営的に厳しい局面にあることを説明してくれた。
乳価の値上げ発表。でも北海道の酪農家への恩恵は小さい
こうした状況を受け、ホクレンは11月から牛乳の原料となる生乳の価格を1キログラム当たり10円引き上げると発表した。しかし、これは「飲用」に限ってのこと。乳価は飲料用に比べて加工用が安くなっており、その加工用の生乳の値上げはまだ決まっていない(2022年8月23日現在)。
実は、2021年度では北海道で生産されている生乳の約87%が加工用に回された。この状況では北海道の酪農家は今回の乳価の値上げのメリットをほとんど受けられないのだ。
現在、加工用の乳価は生産コストを下回っている。赤字に対する補給金はあるものの、全く足りていないと井下さんは訴える。さらに「飲用の乳価が10円値上げしたのは良いが、加工用の乳価が上がらないと北海道の農家は助からない。加工用の値上げがあったとしても、飲用よりも小さい値上げ幅に抑えられてしまうのではないか」と危機感をあらわにした。
需要の増減の調整を担ってきた北海道の酪農家たち
2020年に新型コロナによる休校などの影響で牛乳の需要が下がり、生乳余りが報じられた。この時は日本中で牛乳の消費が呼びかけられるとともに、多くの生乳がバターや脱脂粉乳に加工されることで危機を回避した。
この背景には、2014年にバター不足となったことを受けて酪農家に増産を要請したことがある。全国的には酪農家は減少傾向にあり、都府県での需要を支えるため、北海道の酪農家たちは増産を続けてきた。井下さんのJリードでは「政府の後押しもあり、かなり投資も行って3割ほど増産した」という。
一方、コロナ以降バターや脱脂粉乳の在庫は積み上がり、その費用負担をしているのも北海道の酪農家だという。井下さんは「そうした費用を生乳1キログラム当たり約2円負担しており、手取りの乳価はかなり減っている」と、この現状が全国的に知られていないことを嘆いていた。
このままでは酪農家がどんどん廃業してしまう
井下さんの耳には、周囲の酪農家から「もう廃業しようか」という声が届いているという。そんな声を聞くたびに「今が我慢の時。これを乗り切ればきっといい時が来る」と、廃業を思いとどまるように説得するそうだが、借金が膨れ上がり苦境にあえぐ酪農家も多いそうだ。
こうした状況を訴えるために開催した「酪農危機突破総決起集会inとかち」では、消費者や地元の資材関係企業などからは、「牛乳の値上げは消費者としては困るけれど、仕方のない状況だとわかった。十勝では酪農は大切な産業なので頑張ってもらいたい」と応援の声が上がったという。
今後は各方面と連携して国へ訴えていきたいと意気込むが、道のりは厳しそうだ。
「今はこうした我々の状況を日本中の人に理解してもらい、コストに見合った乳価の引き上げへの理解をお願いしたい。政府や指定団体には迅速な支援をしてもらわなければ、北海道の酪農家は生き残れない」と井下さんは訴えた。
生乳に限らず、日本の農作物の生産コストは上昇しており、負担を生産者に求めるのも限界にきている。多くの消費者が生産者の置かれた状況を正しく知り、支援策へ理解を示すことが求められている。