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農業廃棄物に新たな付加価値を。地場の1次産業と2次産業を掛け合わせた脱炭素の新素材開発の取り組み

農業廃棄物に新たな付加価値を。地場の1次産業と2次産業を掛け合わせた脱炭素の新素材開発の取り組み

柑橘(かんきつ)類の国内トップクラスの産地であり、木質系バイオマス素材のセルロースナノファイバー(CNF)の開発も盛んに行われている愛媛県。このほど、県の基幹産業である製紙と農業が融合し、柑橘搾汁残渣(ざんさ)を活用して柑橘由来のセルロースナノファイバーを生産する取り組みが始まった。この事業は地域経済活性化にどのような影響をもたらすのか。事業のキーパーソンである愛媛製紙社長の井川和寛(いかわ・かずひろ)さんと愛媛県職員の福田直大(ふくだ・なおひろ)さん、日本総合研究所の福山篤史(ふくやま・あつし)さんが意見を交わした。

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井川和寛さん プロフィール

愛媛製紙株式会社 代表取締役社長
東京理科大学工学部経営工学科卒。
2002年入社。専務時代の2015年頃から新規事業としてセルロースナノファイバーの開発に着手。材料を柑橘果皮に特化して、柑橘由来セルロースナノファイバーの早期実用化を実現した。社長就任後もCNF事業をけん引。「柑橘由来セルロースナノファイバーで今までなかった製品ができる可能性がある。それを達成したい」と事業の抱負を語る。

福田直大さん プロフィール

愛媛県経済労働部 産業支援局 産業創出課 技術振興グループ 担当係長
広島大学大学院工学研究科工業化学専攻修士課程修了。1998年に入庁し、愛媛県立衛生環境研究所、愛媛県工業技術センター(現・産業技術研究所)技術開発部、県庁にて知財関連業務を経て、再び産業技術研究所で食品研究に従事している際に柑橘由来セルロ―スナノファイバーと出会う。「転んでもただでは起きない」がモットー。

福山篤史さん(聞き手)プロフィール

株式会社日本総合研究所 創発戦略センター コンサルタント。大阪大学大学院工学研究科環境・エネルギー工学専攻修士課程修了。2020年4月、株式会社日本総合研究所入社。研究分野は次世代交通技術およびバイオテクノロジーの社会実装。バイオマス活用による地域経済活性化の先進事例として、愛媛県の柑橘由来セルロースナノファイバーに着目し、対談に至った。

柑橘由来セルロースナノファイバーとは

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セルロースを主成分とする植物繊維をナノサイズ(10億分の1メートル)まで微細化したバイオマス素材をセルロースナノファイバー(CNF)と言い、脱炭素社会化に寄与する植物由来の高機能素材として注目されている。柑橘由来セルロースナノファイバーは、愛媛県内で排出される柑橘果皮を原料に、愛媛製紙と愛媛県などの産学官のコンソーシアムが中小企業庁の戦略的基盤技術高度化支援事業(サポイン)採択を受けて開発。2021年にサンプル提供を開始し、2022年から本格販売。2022年10月現在、特許出願中。愛媛製紙での年間生産能力は年約10トン。画像は同社提供。

柑橘果皮の廃棄物に新たな付加価値をつける

福山さん:まずはじめに柑橘由来セルロースナノファイバー(以下、柑橘由来CNF)の開発経緯を伺います。どのような地域課題から開発に至ったのでしょうか。

福田さん:私が産業技術研究所に在籍していた2014年、県内の柑橘搾汁残渣量を調査する機会があったのですが、年間約1.8万トン残渣が発生し、このうち約3割が廃棄処分されていることがわかりました。温州ミカン果皮が漢方の陳皮になっているように、他の柑橘果皮にも機能性があるにもかかわらず、堆肥(たいひ)、飼料への使用にとどまり、有効活用されないのはもったいない。県産柑橘類の付加価値向上を目指して、柑橘果皮の機能性および柑橘由来CNFの研究を始めました。

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愛媛県内での柑橘栽培の様子(愛媛県提供)


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柑橘の搾汁残渣(愛媛県提供)

井川さん:当社では以前から他社に追随してパルプ由来CNFを研究開発してきました。ただ、これまでパルプ自体を製造していないため、パルプ由来では技術が及びません。茶殻などの材料で試行錯誤していたところに、JA全農えひめさんとダンボール原料で取引があった関係で、えひめ飲料さんから柑橘果皮を分けていただけることになり、これはいけそうだと柑橘にかじを切りました。

福田さん:木質系のパルプ由来ナノファイバーは鉄の5分の1の重量で5倍の強度があるなど研究が盛んにされていましたが、柑橘果皮はより繊維幅が細く、分散性があることがわかり、ペースト状の素材にすることで様々な用途で利用できないかを県単独で研究していたところに、メディアの報道で愛媛製紙さんが同様の取り組みをされていることを知り、お声がけして共同開発を進めるに至りました。

井川さん:県からお声がけをいただき、サポインに採択されたことで開発が進み、昨年、化粧品・食品原料として製品化が実現し、今年から本格販売に至りました。県内に限らず各メーカーに売り込んでいく段階です。

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既存産業の資源を応用

福山さん:製紙業とCNFは親和性があり、愛媛製紙さんはその技術を柑橘由来CNFに応用されていますね。製紙業の製造技術でも使えるものはありましたか。

井川さん:紙を作るときに繊維をほぐしたり、毛羽立たせたりする技術があり、その設備を応用して柑橘由来CNFの製造工程に生かしています。木質系CNFを製造している製紙メーカーでは化学的にセルロースを処理する技術を使っていますが、当社は廃棄物由来の天然原料としての優位性を活かすため、無添加無変性の製造を行っています。一部に製紙の技術を使い、その前後工程は愛媛県やえひめ飲料さんの知見を共有していただいて作り上げた独自の製造ラインです。また、柑橘由来CNFは化粧品・食品の原料となるためクリーンルームを整備しています。

福田さん:パルプ由来CNFの場合は、パルプ自体が不純物のない規格品ですが、柑橘は種やヘタなどの異物が含まれ、また生ものであるため保存にも工夫が必要となります。その工程は我々のコンソーシアムの独自のノウハウと言えます。

福山さん:柑橘果皮の機能性成分の観点からも、柑橘由来CNFは漢方や健康食品のバージョンアップに寄与するのではないでしょうか。

福田さん:愛媛県は柑橘類の品種が多く、周年で柑橘を提供できる体制があります。柑橘果皮の機能性成分の研究も産学官で進めていて、河内晩柑(かわちばんかん)のオーラプテンには、脳の炎症を抑え認知機能の一部である記憶力を維持する機能があり、ポンカンやシークワーサーに多く含まれるノビレチンは花粉等による目の不快感を軽減する機能があるなど、柑橘由来の機能性関与成分から機能性表示食品が商品化されてきています。それらの機能性成分の含有量は品種によって特徴が異なるのがすごく面白いんですよ。

井川さん:ヘスペリジンは伊予柑にも多く含まれ、中国では化粧品原料としての使用が急増しています。当社のCNFにも入っていることに興味を持つ化粧品メーカーさんも多いですね。

機能性成分と体験価値向上で全国へ発信

福山さん:今後、柑橘由来CNF事業は、県内の既存産業とどのように融合していくのでしょうか。展望をお聞かせください。

福田さん:愛媛県は、南予地域ではミカン生産、東予地域では製紙業が盛んです。基幹産業でありながらお互いに交わることのなかった業界が融合する面白い事業ですので、愛媛県独自の技術として羽ばたいてほしいです。

井川さん:製品を販売することで初めて廃棄されていたものが有効利用されると思うので、まずはその状態をつくることが現在の目標です。販売を通して愛媛県産柑橘のイメージ向上につながればと思います。

福山さん:紙を作っている愛媛製紙さんが先陣を切って事業をけん引し、CNFをペースト状で提供することで新たな可能性が広がっていますが、1次産業、2次産業に続いてサービス業などの3次産業への展開もあるのでしょうか。

福田さん:事業を開始したときは、そこまで幅広くは考えていませんでした。福山さんの話を聞いて、例えば愛媛県に来られた方に、旅館などで柑橘の化粧品を体験してもらえれば、よりPRできると思いました。まずは材料として柑橘由来CNFの販売を強化し、地域ブランドの商品化につなげていきたいですね。

福山さん:愛媛県と地域の民間事業者である愛媛製紙さんが密にタッグを組んでいる、全国的に見ても独自性のある事業で、話を伺って改めて展開性を感じました。本日はありがとうございました。

取材後記

愛媛県やえひめ飲料、農業者の課題だった搾汁後の柑橘果皮の高度利活用は、県内のCNF開発・製造技術により化粧品や食品向けの製品として実を結んだ。柑橘果皮の機能性成分が生かされる分野だ。1次産業の特産品に端を発する課題を、脱炭素化などSDGsに貢献する最新テクノロジーで解決し全国へ発信。今後、県をハブとするネットワークで、他の地場産業や観光業とのコラボも夢ではない。ここからが本当のスタート。期待に満ちた鼎談(ていだん)だった(ライター/さとうともこ)。

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