本記事は筆者の実体験に基づく半分フィクションの物語だ。モデルとなった方々に迷惑をかけないため、文中に登場する人物は全員仮名、エピソードの詳細については多少調整してお届けする。
読者の皆さんには、以上を念頭に読み進めていただければ幸いだ。
前回までのあらすじ
農村での個人情報ダダ洩れを経て、みんなに家族同然に受け入れられるようになった僕。「あいつは怠け者」という理不尽な誤解も解け、いつしか僕にもこの異世界を愛する気持ちが芽生えはじめていた。
高齢化が進み、どんどんと担い手が減り続ける現状を何とかしたい! そんな使命感から僕は新規就農希望者向けの説明会を開催することにした。しかし、またもや思いがけないトラブルに巻き込まれることになったのである!
新規就農者を呼び込みたい!
全国で急速に高齢化が進む農業の世界。僕が就農した地域も例外ではなく、先輩たちの多くが65歳以上の高齢者だ。60歳の先輩農家が「まだまだ若い」と言われる場面に何度も出くわすのを見て、「このままではこの地域の農業はそのうち消滅してしまうのでは……」という強い危機感を抱くようになった。
「地域の農業を盛り上げるためにも、人を呼び込めばいいんじゃないか?」
そう思った僕はすぐさま企画を練り始めた。そして思いついたのが、以前お世話になった農業塾の生徒や卒業生から参加者を募り、この地域の畑を一緒に見て回る就農希望者向けの見学会である。
「まずは実際の畑を見てもらわないとイメージが湧かないしな」
僕自身、研修を終えた後のイメージが湧かず、「どうやって就農すればいいんだろう」「地域の農家さんとうまく繋がりができるだろうか?」と不安に感じていた一人だ。まずは新規就農を希望する人たちと出会い、互いに話をすることで信頼が生まれれば、きっとこの地域で農業をしたいと思ってくれるに違いない。僕はそう考えた。
「よし、これでいい!」
我ながらいい感じの企画書もできた。あとは農業塾の担当者に会い、説明会の案内をさせてもらう許可を取るだけだ。おっと……その前に、先輩たちに連絡をしなければ!
まずは徳川さんに電話を入れる。
「徳川さん、おはようございます」
「おお、ケンか! どうしたんだ?」
「今後、この地域で新しく農業をはじめてもらう人向けに説明会を開きたいんですが?」
「なに? 説明会?」
「はい。農業塾の人たちに、僕たちの地域の農業を知ってもらいたいたくて……」
「おお、そうか、それは良さそうな話だな、やったらいいんじゃないか?」
「ありがとうございます。じゃあ、農業塾の人にも話してみます!」
畑で顔を合わせた先輩農家にも話をし、僕は着々と説明会に向けた準備を進めていった。
説明会は大成功! 就農希望者をゲットしたが…
そして迎えた説明会当日。農協のフロアに集まった人は総勢30名ほど。予想以上にたくさんの人たちが集まってくれた。
農業塾の担当者に「ぜひとも説明会を案内する時間を作って欲しい」と頼み込み、研修終了後に10分ほど時間をもらって研修生に直接案内したのが功を奏したようだ。
会社勤めの頃には採用活動にも携わっていた。そこで、就職希望の学生に説明するのと同じ要領で、パワーポイントの資料を作成し、この地域の農業について解説した。その後は、実際の圃場(ほじょう)に移動してもらい、同じく一般企業で働いた経験のある先輩農家に依頼し、圃場を周りながら新規就農のメリットなどを語ってもらった。
「へえ~、意外と儲かるんだね。俺もやってみようかな?」
「変わった作物もやっていて、なんだか楽しそうだ!」
「平松さんみたいな人がいるなら、異業種からでも安心ですね!」
圃場を見学しているうちに、前向きな声があちこちから聞こえてくる。
「よし、狙い通り! やっぱりこの地域の農業が知られていないだけなんだ!」
これまで積極的にPRしてこなかっただけで、この地域の農業には他に負けない魅力がある。それは、誰よりも僕が普段から感じていることだ。
こうして大盛況のうちに幕を閉じた説明会。そしてなんと「ぜひ一緒に頑張ってみたい!」と手を挙げてくれる人が3名も現れたのだ。ほとんど新規就農者が出てこなかったこの地域にとって、これは間違いなく快挙である!
僕は早速、徳川さんに電話で連絡を入れた。
「徳川さん、やりました! 3名の方が就農を希望してくれましたよ!」
「おう、そうか……」
もっと喜んでくれると思っていた徳川さんの声が暗い。
「……おい、ケン。あんな風に説明会をやるなんて、俺は聞いてないぞ」
その声は、明らかに怒りに満ちていた。
「え? 事前に説明会をやるって連絡を……」
「それは聞いていたけど、どうしてお前が会を仕切っていろんなことを勝手に話すんだ。何でも話せばいいってもんじゃないだろ。あんな内容になるなら俺は反対していたぞ」
「……すみません」
「地域の決めごとは、俺を通すのが筋だろ。なんでお前が勝手に内容を決めてるんだ! そんなことなら俺たちと一緒に農業をやるのを辞めてもらってもいいんだぞ!」
良かれと思って進めたことが、徳川さんの逆鱗に触れた。確かに僕は、説明会を開催すること自体は連絡したものの、どんな内容にするのかといった詰めの作業はしていなかった。
「……申し訳ありません」
僕は謝罪を口にした。それでも、心のどこかに納得がいかない気持ちがあるのも確かだった。
もちろん、この話はすぐさま地域全体に広まった。
「平松さんが、また勝手なことをやったらしいよ」
「徳川さんにちゃんと了承を得ないなんて、そりゃ悪いよね」
反論したい気持ちはある。面倒な作業を自ら買って出たのに、まさかこんな仕打ちを受けるなんて……。再び四面楚歌状態に陥りながら、ここが「異世界」であることを改めて痛感した僕であった。
ラスボスがへそを曲げた理由
なぜこの地域のラスボス・徳川さんが、へそを曲げ、僕の行動を猛烈に批判してきたのか。僕はもう一度、一連の行動を振り返りながらその理由を探ってみることにした。
徳川さんには、説明会を開催したい旨を真っ先に連絡した。それ自体は、徳川さんも理解していたようだ。しかし、あくまで僕の一方的な連絡であり、その後、説明会の詳しい内容まで詰めるのを怠っていた。「俺は聞いてない」という徳川さんが正しかった。完全に僕の事前の根回しが不足していたのである。
また、農業塾の出身者であり、新規就農者の気持ちが理解できる僕は、就農希望者を勧誘するのにうってつけの立場だと思っていた。ただ、先輩農家からすれば、僕はまだ「何も知らない若造」である。少しずつ馴染んできたとはいえ、まだ十分にこの地域の農業について理解できていない僕が新人を勧誘するというのは、先輩たちからすれば「余計なお世話」と思われても仕方がなかった。
加えて、先輩農家の話をよく聞いてみると「そもそも新人が加入することをよく思っていない人」がいることも徐々に見えてきた。
この地域で作っている作物はブランド品として高値で取引されている。技術が未熟な農家が大量に加入すれば、地域全体の品質を落とすことにもなりかねない。そうなれば、単価を下げられ、地域の農家全体の減収につながる可能性もあるのだ。
一時は「なぜ怒られなきゃいけなのか!」と憤りが抑えられずにいたが、徐々に状況が見えてくるにつれ、やはり僕のスタンドプレーだったと気づかされた。それでも、就農を希望してくれている3人は、僕の責任で何とか受け入れてもらわないといけない。
「勝手に進めてしまって、本当に申し訳ありませんでした」
後日、徳川さんの元を訪れて直接謝罪した。その他の先輩農家にも平謝りし、なんとか無事、希望者の3名を受け入れてもらえることが決まったのである。
ちなみにこれは後日談だが、この時に勧誘した新規就農者が定着したことが評価され、数年後に地域の取り組みが表彰されることになった。
「皆さんの取り組みを表彰します」
県の担当者から壇上で表彰を受ける徳川さんは、これまで見たことがないような誇らしげな表情を浮かべていた。ラスボスに花を持たせることができ、ちょっぴり恩返しができた瞬間だった。
レベル7の獲得スキル「しっかり根回しをせよ!」
「先輩農家をうまく立てながら、事前の根回しを十分にせよ!」
今回のトラブルは、やはり僕の説明不足が一番の原因だった。当日の説明会も、ほとんど僕が取り仕切っており、リーダーである徳川さんが自らこの地域の農業を説明する時間も少なかった。説明会を開催することを伝えるだけでなく、内容まできちんとすり合わせたうえで実施すれば、こんなことにはならずに済んだのである。
一般社会でも大切な「報・連・相」だが、異世界ではより一層重要になる。農家はあくまで個人事業主だが、勝手に物事を進めていいわけではない。誰もが地域のルールの中で仕事をしているからだ。先輩農家を立てながら、十分に根回しをしたうえでなければ、何事もうまくいかない。地域でハレーションを起こさないためにも、重鎮たちの「俺は聞いてない!」という”痛恨の一撃”を、未然に防ぐための努力を怠らないことが大切なのである。
やっと異世界に溶け込んできたと思ったのも束の間、良かれと思って始めたことがスタンドプレーと捉えられ、絶体絶命のピンチを経験することになった僕。異世界を完全に攻略するまでの道のりは「まだまだ長い」と思い知らされたのだった……【つづく】