独自の菌床と栽培技術で60年以上にわたって生産
山に囲まれ笠間焼で有名な茨城県笠間市にある田村きのこ園.。川島さんの師匠である田村仁久郎(たむら・じんくろう)さんが18歳から60年以上味にこだわって営んできました。
同園では約12000個の菌床から年間8000キロもの椎茸が収穫されます。菌床を購入して栽培する農家が多い中、独自の配合で菌床を手作りし、山からの豊富な湧水で育てています。更に、通年栽培が一般的な菌床栽培において通常の倍以上時間をかけて栽培するため、9月下旬から5月下旬までが特に旬の時期になるそうです。
こだわりの菌床と独自の栽培方法で作られる椎茸は、大きさ約10センチにもなり肉厚で、旨みが強くジューシーな味わいになります。
地域協力隊から椎茸農家へ
一方の川島さんは筑波大学を卒業後に金融機関へ就職し、1年目から北海道へ赴任。北海道では、農業分野の融資を担当し、多種多様な農業経営に関わったといいます。しかし、元々大学時代から農業に興味があった川島さんは、農業をしたいという想いが捨てきれず地元である茨城県にUターンを決め戻ってきました。就農候補地を調べている中で、笠間市の地域おこし協力隊では、色々な農家とコミュニケーションを取り問題解決をしていく点に魅力を感じたといいます。
最初は、協力隊を経験したのちに独立を考えていた川島さんですが、協力隊として活動していく中で、田村きのこ園の椎茸に出会います。美味しさに感動し、この素晴らしい食材を後世まで残していきたいと思い弟子入りを志願したといいます。
後継ぎ問題の実態
川島さんが弟子入りを志願した当時、60年以上椎茸栽培をしてきた田村さんは、自分の代で経営を終わりにしようと考えていたそうです。田村さんの息子さんも同園を継ぐつもりはなく、別の仕事をしているといいます。田村さん自身も無理に継がせたいという思いはなかったため「やる人がいないならもう終わり」と決めてました。
一方の川島さんは将来、農業での独立を考えていましたが、何度か田村さんと顔を合わせるうちに、日に日に「田村きのこ園の味を残したい」という想いに変わっていったといいます。
そんな想いを田村さんにぶつけたところ「ここでやればいいよ」と快く受け入れたといいます。2019年に弟子入りした川島さんは、2022年に「第三者継承」として経営を引き継ぎ、新たな田村きのこ園として再出発しました。
第三者継承のメリット
「第三者継承」を通じて、独立就農の夢を実現した川島さん。第三者継承のメリットについて聞いてみました。
ゼロからのスタートではない
農業を始める上で最初に問題となるのは、初期投資です。植えてからすぐに売上に繋がらない農業は精神的にもお金的にもストレスがかかります。経営基盤がある第三者継承では、こうした問題は少なく済むそうです。
栽培のノウハウや売り先がある
前述の経営基盤があることと似た部分がありますが、栽培技術のノウハウがある点、取引先や売り先のコネクションがあるという点もメリットといえそうです。一人で農業を始めるにあたって特に獲得することが難しいこの2つを継承することができる点も大きなアドバンテージとなるでしょう。
地域のものを残すことができる
少子高齢化や人口減が進む地方では、後継ぎがいないことで、たくさんの素晴らしい食材が失われつつあります。一度失われてしまうと復活させることは難しくなります。長年にわたって農業を営んできた経営者にとっては、これまで作り上げてきた農産物やブランドを残すことができる方法の一つだといいます。
お客さんからは喜びの声も
事業承継した川島さんの元へは、お客さんからの喜びの声が多くよさせられているといいます。「あと何年、田村きのこ園の椎茸を食べれるのだろうと考えていたから継いで貰って良かった。ありがとう」こうしたことばを受けて川島さん自身、第三者継承の意義ややりがいを再認識したと話します。
第三者継承の注意点
次に、第三者継承のデメリットについて、川島さんの話も総合して紹介します。
人の土地を借りるので全てが自由な訳ではない
川島さんの場合、田村さんから場所や設備を借りている形になります。このため、さまざまな意志決定をする上で相談が必要なことも多いといいます。
先代との関係性
第三者継承をした人が自分の信念に従って行動するのと同じように、先代にもこれまでの経営で培った考えや矜持があります。そのため経営でぶつかることも少なくはないといい、勝手にことを進めては関係が悪くなる可能性があります。互いの信頼関係を念頭に、繋がりを大切にしなければいけません。
リスク少なく農業に挑戦できる選択肢
これから農業を始めたい人にとって第三者継承はリスクを減らすことのできる選択肢になりえます。継承する側にとっても長年培ってきた価値を後世に残していけることは大変意義のあることと言えるでしょう。
今後、農業の新しい選択肢として第三者継承がさらなる脚光を浴びる日は、そう遠くないのかもしれません。