国内の花き市場は特定のイベント日需要が大きく、相場影響大
日本国内の花き産出額はここ数年、3700億円前後で横ばいですが、消費を時期別にみると極端な上下動がみられます。これは3月・9月の彼岸や8月の盆、年末の仏花需要のほか、5月の母の日のカーネーション需要などが大きく影響しているからです。特に彼岸や盆は月の中でも短い期間に需要が集中するため、需要のピーク日とそうでない日の間には数十倍もの需要量の差があります。しかしながら、工業製品と異なり農産物である花きでは完全な生産制御が難しく、今なおピンポイントの需要期前後で市場取引の相場は大きく変動しているのが実態です。
こうした相場変動の激しさは、サプライチェーンの関係者にとっては利益を生むチャンスでもあると同時に、大きなリスクでもあります。特に特定日需要を支える産地での天候不順や病害虫発生は相場の上下動を激しくし、実需者や他産地の経営にも大きな影響を与えます。これは日本の花き流通の大きな課題で、さまざまな対応策が検討されてきたものの完全に解消されるには至っていないのが現状です。
日本の花きマーケットのセグメント化と対応する取り組み
日本の花きマーケットは大きく「イベント/デイリー」「装飾/仏事(※)」の2軸、4つのセグメントに分かれていると考えられます。
この4セグメントのうち、例えば「イベント×装飾」には母の日のカーネーション需要や、結婚式や卒業式などのお祝い花需要が含まれます。「イベント×仏事」は盆・彼岸・年末年始の需要が中心で、葬儀需要も含まれます。先に述べた特定日の爆発的な需要はこのセグメントに属しています。「デイリー×装飾」は家庭で花瓶に好みの花を生けたり、ブーケや鉢植えを楽しんだりするものです。「デイリー×仏事」は自宅の仏壇などで用いられる小型の花束などの需要を指しています。
これらのセグメント別の特性に応じて、さまざまな生産や流通、販売の工夫が行われています。例えば「イベント×装飾」のマーケットでは、比較的需要が少ない時期とされる冬場の需要を盛り上げ、年間の花き生産を平準化することを目指して「フラワーバレンタイン」のキャンペーンが業界をあげて取り組まれています。また、仏事のマーケットでは量販店での販売向けに手頃な価格の花束を工業的に生産する「ブーケメーカー」の存在感が大きくなっています。こうした新しい事業領域においては、ある程度デジタル化の取り組みが進んでいます。
※「仏事」とは広く故人をしのぶ用途を指し、特定宗教による需要ではありません。
花き産業とデジタル化
生産領域 | ● トラクター・施用機などの自動運転 ● 施肥や農薬散布のピンポイント化 ● 労務管理のシステム化 ● LED電照や薬剤、包装資材を用いた開花制御・鮮度保持 |
流通・加工領域 | ● ロボット選別 ● ICタグ付パレット・共通箱を用いた物流効率化 ● ブーケ製造ラインの機械化 |
販売領域 | ● ECの拡大 ● POSデータ活用 ● 顧客データを活用したマーケティング・キャンペーン |
花き産業においても、上記の表のようにIT導入やスマート農業の取り組みはこれまで多く行われてきています。もともと花き業界は市場における販売でコンピューターシステムによるせりを早くから行い、むしろ流通・加工や販売領域では農業の中でもデジタル化が先行していました。
ただし、花きのサプライチェーン全体をみると「流通・加工と販売」の領域間ではEDI(電子データ交換)化が進むなど緊密なデータ連携がある一方で、「生産」領域との間ではデータや情報の隔絶がありました。生産領域の不確実性の高い情報をどう流通・加工領域で活用するか、流通・加工領域の膨大な情報をどう生産領域にフィードバックするかという問題や、情報は取引の武器そのものであり安易なオープン化が難しいという考え方も領域横断的なデータ活用が進みにくい背景のひとつでした。結果として、特定日の需要に確実に応える供給量の確保という点では課題が残されています。
この部分はデータ解析技術の進歩や生産領域のスマート化の進展に伴って改善策の実現性が増してきています。本格的な「AIを活用した需要予測・需給マッチング」「需要に応じた生産管理・出荷管理」などの取り組みが進めば、天候不順や病害虫の被害による相場変動への影響も抑制できる可能性が高まります。
日本には歴史が培った花の文化がある。それらを守るためにも産業化が必要
世界的には花きの需要は堅調に伸びています。経済が発展すれば、生活のさまざまな場面で花を飾り、花に癒やされる暮らしが広がるものです。日本でも長きにわたって培われてきた花に親しむ文化があります。これからも多くのごく普通の日本人がそれぞれ自分自身の心を豊かにするためにも、また故人をしのぶためにも本物の花に触れ続けられるよう、持続的な農業として花き産業を残し伝えていきたいものです。そのためには業界の仕組みで疲労が生じている部分を改革し、生産・流通・販売それぞれの主体が情報・データを取引の武器に使うだけではなく、ある部分はオープンに活用して共に発展することが重要です。
次回の記事では、花き流通の要であり、多くの情報が集まっている花き卸売市場を中心にしたデータ活用、デジタル変革について、卸売市場改革に詳しい株式会社日本総合研究所の石田マネジャーと一緒に考えます。
書き手・日本総合研究所 山本大介
コンサルタントとして事業戦略・組織戦略策定、新規事業開発、地域金融機関支援に従事。農業分野には官民のプロジェクト実務担当として15年以上携わる。食・農分野における企業の取り組み評価を行う業界初の金融商品を10年以上前に開発。先進的な農業経営のあり方を研究・発信してきた。岡山県農業経営・就農支援センター登録専門家。