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農業収益の向上のために必要なこととは? 工賃が全国平均3倍超の福祉事業所に学ぶ

農業収益の向上のために必要なこととは? 工賃が全国平均3倍超の福祉事業所に学ぶ

農業分野で「収益が上がらない」という声はよく聞かれる。人を雇用していれば、給与をどう確保し、働きに応じて上げていくかも課題だ。その解決のヒントになりそうなのが、農福連携での工賃アップの取り組みである。群馬県のある福祉事業所では、どうすれば農業で収益を上げ、働く人々に報酬として還元するのか、徹底的に考え実践している。一般の農家の取り組みにも取り入れていける多くの収益向上のヒントが、そこにあった。

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高工賃を理念に据える社会福祉法人

寒波に襲われ強い風の吹くある日、群馬県前橋市で農福連携に取り組む就労継続支援B型事業所「菜の花」では、屋内で長ネギの調整作業を行っていた。作業場に足を踏み入れると、筆者を迎えてくれたのは「アンパーンチ!」という声とともにポーズを決める若い男性。

アンパンチ

筆者は「歓迎されているのだな」と勝手に解釈して「こんにちは」と話しかけたのだが、彼はこちらに興味を失ったのか、すぐに持ち場に戻り何事もなかったかのように淡々と仕事を始めた。

長ネギ仕上げ

先ほどと打って変わって、長ネギの根元をビニールひもできゅっと縛る彼の手つきは、とても手慣れていて正確

「彼は言葉でのコミュニケーションは苦手ですが、細かいことが得意で、計量や袋詰めなど仕上げの作業を任せられます。工賃はうちでもトップクラスなんですよ」と教えてくれたのは、管理者の小淵久徳(こぶち・ひさのり)さん。菜の花の高い工賃を実現した立役者だ。

菜の花の母体は、社会福祉法人ゆずりは会だ。ゆずりは会は前橋市で農業を営んでいた前理事長が2005年に設立。法人の理念は「高工賃と就労支援」だ。障害のある人が地域で自立して生きていけるよう、彼らが働ける仕事を作り、その働きに応じた工賃を支払う。農業こそ高い工賃を実現できる仕事だとして、法人自ら農地を借りて営農し、収穫した作物の多くをJAに出荷している。現在、法人全体の営農面積は40ヘクタールにのぼる。

小淵さん・関根さん

菜の花の管理者、小淵久徳さん(左)と、ゆずりは会の現理事長、関根安子(せきね・やすこ)さん(右)

菜の花は2014年発足。主に知的障害のある20人ほどの利用者が所属している。3ヘクタールほどで営農を開始したが、現在は14ヘクタールにまで農地は広がった。工賃の平均月額は2021年の実績で5万4000円。同年の全国平均1万6507円の3倍を優に超える。主力品目の一つがタマネギだ。
「2022年はタマネギの価格高騰バブルがありましたから、工賃の平均月額は6万円を超えます。臨時ボーナスも出すことができました」と小淵さん。世間のタマネギバブルの恩恵が工賃に及ぶということは、彼らの働きが社会経済とつながっていることの証拠だろう。

工賃の目標額ありき。職員の意欲に支えられて

高工賃が実現できる理由は、「先に工賃の目標があり、それを実現するための営農をしているから」だと小淵さんは言う。その考え方は、小淵さんが学ぶ「農福連携実践塾」の教えに基づいている。
農福連携実践塾は公益財団法人ヤマト福祉財団が運営する「夢へのかけ橋」実践塾の一環で、農福連携に限らずさまざまな産業分野で「経済的な自立力を備えた新しい福祉」を実現するための、障害者福祉施設関係者の勉強会だ。小淵さんをはじめ、ゆずりは会の職員数人がこれまで参加している。高工賃はそこで掲げる目標でもある。

キャベツ作業

菜の花の工賃の原資は、利用者が米や野菜を栽培して販売した代金のみだ。そこから経費を差し引いた残りを、貢献度などに応じて利用者に配分する。農業収入がそのまま工賃の額に影響するので、菜の花の職員には農業でどれだけ利益を上げるか、常に最良の策を考えることを求められる。「うちの職員は、福祉の勉強も農業の勉強もしなければならず、本当に大変だと思います」と小淵さんは言う。

菜の花では毎朝、職員がその日にやってきた利用者に仕事を割り振る。利用者を適材適所に配置するのに必要なのが、職員の観察眼だ。日々利用者たちと一緒に仕事をする中で、一人一人の得意不得意や利用者同士の相性なども観察して記録しておく。さらに、その日の体調や精神状態を感知するアンテナも必要だ。自分自身も農作業をしながら利用者の様子を見て、もし新たに挑戦できそうな仕事があれば、挑戦を促し彼らの能力を伸ばすこともする。

職員

利用者に交じって作業をする職員の女性。「トラブルが起きそうなときは、いつもと違うなって、利用者さんの表情とかでわかります」と話してくれた

利用者の新たな能力の発見の場は、定期的に行われる調理実習などの生活訓練だ。利用者のほとんどは包丁を握ったことがなかったが、調理実習で包丁を持たせてみると、意外に器用に扱える人もいることが分かったという。そうした利用者には、包丁を使った収穫作業を任せる。こうした取り組みの積み重ねで、一人一人の働きがより大きな成果につながっていく。
利用者の中には職員と同等の仕事ができるようになり、一般就労を果たした人もいるそうだ。

機械化で能力を最大限に生かす

障害のある人の中には農業機械を扱えない人が多くいるため、あえて機械化をしないという農福連携事業所も多い。しかし菜の花の考え方は違う。小淵さんは福祉の面でも機械化の必要性を訴える。「例えば除草なら、まず職員が機械で刈って、刈り切れなかった所を利用者が手や鎌で除草すればいい。その分広い面積で農業ができますし、何より職員に余裕が生まれて支援が行き届くようになります。職員自体が作業に追われて利用者に目が行き届かないと、そうはいきません」

農機具

ゆずりは会で所有している農業機械

また、菜の花では利用者にも積極的に機械での作業を任せている。利用者一人一人がそれぞれの能力に応じて最大限に力を発揮できるようにすることが、必要な支援なのだという。

利用者の働き方にマッチした品目選びと出荷体制

菜の花で栽培する作物は、彼らに毎日の仕事が与えられるかどうか、そしてコンスタントに農業収入が得られるかで決める。
タマネギや長ネギは天気の良い日に収穫しておいて、数日かけて出荷作業をすることができる。ブロッコリーや枝豆は雨の日でも収穫できる。こうした作物を季節ごとに組み合わせ、天候の悪い日でも利用者の仕事を生み出す工夫をしている。

屋内の作業

最強寒波の日、外での作業は寒いので、屋内で出荷作業

また主な出荷先がJAというのもポイントだ。ゆずりは会自体が認定農業者としてJAの組合員になっている。「JAの規格に合うものさえ作っていれば、量に関係なく引き受けてもらえます。いつまでにどれだけ出荷しないといけないということはなく、納期に間に合わせるために職員が残業するといったことも避けられます」(小淵さん)

もちろん、これは簡単なことではない。地域の農家と遜色ない品質のものを作っていかなければならず、もちろん「障害者が作っているから」と大目に見てもらうこともない。菜の花の職員は前理事長や地域の農家の一人にさまざまな指導を受けて、JA出荷に足る農業を日々学んでいる。

さらに、菜の花ではタマネギの苗も生産し販売している。苗なら小さな面積で、かつ短い期間で多くの収入が見込めるというメリットもある。県外の福祉事業所などから毎年予約も入るとのことで、効率良く収益となる筆頭の作物だ。

農業収入が少ないときには、農業以外の仕事も入れることもある。遺跡から土器が多く発掘される群馬県らしく、「土器洗い」という仕事もあるそうだ。

土器洗い

地元農家とのつながりを作ったライスセンター運営

現在菜の花には地元の農家が営農をやめるときに「畑を使わないか」と声がかかるような状態になっている。
菜の花と地元の人々とのつながりを作るのに役立ったのが、ライスセンター(穀物乾燥調製施設)の運営だ。
ちょうど菜の花の立ち上げの直前、2014年の3月に近所にあったJAが運営していたライスセンターが閉鎖になった。6月の菜の花の開所にあたって、利用者になるべく多くの仕事を作ろうと、入札にかかった乾燥調製機械を買い取り、近くの空いていた牛小屋を借り受けて移設したのだ。

ライスセンター

菜の花のライスセンターの乾燥調製機械

さらに菜の花のライスセンターでは、JAと違って農家1軒ごとに乾燥調製を行うことにした。長年自分が作ったものかわからないコメを食べていた近所の農家にとって、これは画期的だった。
「うちのコメを食べて孫がおいしいと言った、と喜んでくれた農家さんもいました。その方はライスセンターの廃止を機にコメ作りをやめようとしていたのですが、うちのライスセンターがあることで80歳を過ぎた今でもコメ作りを続けています」(小淵さん)

ライスセンターでの利用者の仕事は、収穫したもみの受け入れや水分の検査、袋詰めなどで、人気の業務の一つだという。地域の人と交流する機会も多く、自分たちがした仕事に対して客から直接「ありがとう」と声をかけてもらえる仕事でもあり、満足感が得られるのではないかと小淵さんは言う。
このライスセンターが稼働するのは稲刈りの時期の約1カ月程度だが、かなりの収入になり、秋の工賃の原資になっている。

また、菜の花では稲の苗の販売もしている。地域ではこれまで苗をJAで買っていた人も多かったが、高齢のため車で30分ほどかかるJAまで行くのがつらくなった人も多いからだ。こうした地域のニーズに合うものを生産することで、菜の花は地域での存在価値を高めている。さらに農家として周りの農家に認められ、土地が集まるようになったという。

コイン精米機

コイン精米機の設置も。これも地域の人に喜ばれ、工賃アップに寄与しているそう

作物の付加価値を高める取り組み

菜の花では、事業所内で6次化は行わないが、職員たちが外部との関係構築に熱心で、そうしたつながりから6次化を引き受けてくれるメーカーが見つかり商品化につながることも多いそうだ。実際、ギョーザや甘酒といった6次化商品も生まれている。

また、菜の花では一部、自然栽培でのコメづくりにも挑戦している。自然栽培のコメはかなりの高価格であるにもかかわらず、すぐに売り切れるほどの人気だ。さらに、伝統的な品種である「亀の尾」も栽培し、そのコメを外部の業者が加工した甘酒も販売している。今後、酒造会社で亀の尾を仕込んだ日本酒も販売するという。

自然栽培の田んぼは、利用者と外部の人々との交流にも役立っている。企業の社員が福利厚生の一環で農業体験をする田んぼとして使用したり、地元の小学生が田植えをしたりと、障害のある人への理解を深めることにもつながっている。もちろんこれも収益になる。

高工賃よりも、“居場所”感と仕事への責任感

利用者の中には、金銭の価値を理解していない人もいる。そういう人が高工賃を目的に働いているかといえば、そうとは限らないだろう。
「はっきり言って、彼らが本当に満足しているかどうかはわかりません。でも、彼らが休まずに通ってくるということは、彼らが『ここに来るとやることがあって楽しい』と思っていて、菜の花が彼らの“居場所”になっている、ということではないでしょうか」と小淵さんは言う。B型事業所は彼らと雇用契約を結んでいるわけではないので、利用者は来たくないと思えば来なくてもいいし、別の事業所に移ることもできるからだ。

休憩中

休憩中には、趣味の絵の制作に没頭する利用者もいた

また、彼らの精神状態や体調には波があり、いつでも完全に能力を発揮できる状態というわけでもない。それでも、彼らにとって菜の花に来て仕事をするということは大切だと小淵さんは言う。「私たち職員の恐怖は、彼らに満足な仕事がないことです。事業所内ではたまに利用者同士のもめごとが起きますが、それはたいてい暇なとき。仕事に集中しているときには起こりません。それは彼らに『菜の花に仕事に来ているんだ』という気持ちがあるということ。彼らはちゃんと責任感を持って仕事をしていると思います」

ルール

利用者の自治会が定めた作業のルール

農業も人も、一緒に成長する

作業効率を上げる工夫をし、人材を適材適所に配置し、付加価値の高い商品を作る。こうした菜の花の職員たちの農業経営に関する考え方は、一般の農業経営のヒントになる点も多いと感じた。
そして、職場は誰にとっても居場所の一つであり、そこで安心感がなければどんなに給料が良くても働き続けるのは難しいだろう。そうした意味でも、常に働く人々の安心感や満足感に気を配る環境づくりは必要だ。

さらに、菜の花は利用者たちの「地域での居場所と存在価値」も作り出している。菜の花で農業に従事すること自体が、地域の農業を守ることにつながっているからだ。
小淵さんは今後について、「菜の花を新規就農者の研修先として使ってもらえるような仕組みができればいいなと思っています。農業の一つの形としての農福連携を学んでもらうこともできますし、うちを通じて地域ともつながれる。農福連携の事業者が増えれば、障害のある人の能力を認めてもらえる機会も増えますから」と語った。
「遠くない将来、農福連携と一般の農業との垣根がなくなる日が来れば」。そんな気持ちが芽生えた取材だった。

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