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93歳ナシ農家の離農を食い止めた⁈ 後継ぎは認定農業者の社会福祉法人

93歳ナシ農家の離農を食い止めた⁈ 後継ぎは認定農業者の社会福祉法人

日本の農家の高齢化は著しい。一方で、高齢になっても元気な農家はとても多いという印象だ。自営であれば退職というタイムリミットもなく、いつまでも働ける。農業は適度な運動にもなって、健康増進にもつながるだろう。食べ物を作るという仕事は生きがいにもなるかもしれない。とある福祉事業所との交流の中で農業に関わり続ける93歳のナシ農家を取材した。

93歳のナシ農家、離農の危機

群馬県高崎市のナシ農家、清水茂(しみず・しげる)さんは1929年生まれの93歳。ナシは一つの台木に複数の品種を接ぎ木するため枝が入り組んでいるが、「この枝は二十世紀、これは新高……」とすぐに言い当てる。地域の土地改良区の役員も務める、名実ともに現役農家だ。

清水茂さん

清水茂さん

ナシ栽培を始めたのは1955年。4反(40アール)の畑を妻と二人で大事に守り、ナシを育ててきた。とれたナシは、清水さんが軽トラックに乗せて引き売りし、畑の前にある直売所で妻が売る。そんな暮らしを70年近く続けてきた。

しかし2022年の春、今年も頑張ろうとナシの木への追肥も済ませていた中、無二の伴侶であった妻が急逝。子供たちにナシ農家を継ぐ意思はなく、「もう潮時では」と清水さんに農業をやめるように勧めた。清水さんも一人で続けるのは難しいと、「もう木は切ってしまおう」と心に決め、業者の手配をすることにした。
ところが、清水さんの近所の人物がその状況を惜しんで、あるところに声をかけたのがきっかけで、思わぬ方向に話が転がりだした。

ナシ畑全景

畑には清水さんがナシ栽培を始めた当初の木もまだ残っているという

地域の農地を引き受ける社会福祉法人

近所の人物が声をかけたのは、清水さんのナシ畑の近くにある「エール」という就労継続支援B型の事業所。農業とクリーニング業を中心に、障害のある人の就労支援や生活支援などのサービスを提供している。在籍する利用者は約41人、そのうち15人ほどが農作業に従事している。

エールの母体である社会福祉法人ゆずりは会の設立は2005年。設立者である前理事長は、「事業所での作業で得た工賃と年金で障害のある人が自立して暮らせるように」と、農業が盛んな地域性も考えて、農業を作業の中心に据えた。現在は法人に所属する複数の事業所で40ヘクタール以上の農地を借りて野菜やコメを育てている。また、前理事長は周囲の農家との関係構築にも非常に力を入れてきた。そのつながりもあって職員がJAの勉強会などに積極的に参加して、栽培技術を高める努力をしている。JAへの出荷の割合が高いのも特徴で、2021年には認定農業者の認定を受けた。

エールは2011年開所。当初、クリーニングを中心とした作業を行う事業所で、農作業の割合はゆずりは会の他の事業所に比べて低かった。しかし5年ほど前から農業に力を入れ始め、職業指導員の峯岸勝(みねぎし・まさる)さんを中心に、営農の体系を整えてきた。

峯岸さん

峯岸勝さん。10月のノウフクマルシェでナシを売っていた

そんな様子を周りの農家も見逃してはいなかった。ここ数年、耕作放棄地があるとエールに「やらないか」と声がかかることが多くなり、エールの営農面積は現在6.5ヘクタールまで広がっている。

こうした背景もあり、清水さんの近所の人物が「ナシ畑をエールに任せたらよいのでは」と双方を引き合わせてくれたわけだ。一方のエールだが、果樹栽培の実績がなかったため、当初はどうしようかと迷ったと峯岸さんは言う。
「話をいただいたのが5月頭。すでに事業所全体の年間スケジュールも決まってしまっており、ナシの作業ができる人をやりくりしなければならないというのもありました。しかし、ナシは利用者さんに年間を通じて作業を提供できる作物。また、早生(わせ)から晩生(おくて)まで収穫期間が長く、その間の収入も見込めます。さらに畑の場所が事業所から近く、規模もちょうどよかったことから、引き受けることにしました」。そして、話が持ちあがってから1週間もしないうちに土地の貸借の契約書を交わし、清水さんの畑でエールの利用者たちが作業を始めることになった。

マニュアルのない栽培技術をどう受け継ぐか

さらに決め手となったのは、清水さん自身が指導者として栽培に関わり続けることになったことだ。「清水さんもまだまだ元気。指導してもらえるならありがたい」と、指導料も支払う契約にしたという。

ほぼ自分と妻だけで栽培を続けてきた清水さんに明確なマニュアルはない。「ナシは毎年違う。品種も変わるし薬も変わる。普及所やほかの地域でナシを栽培しているおいっ子に聞いたりして、新しいことを教えてもらっているんだ」と清水さんは話す。経験と感覚で栽培してきた清水さんの指導方法は、「やって見せ、聞かれたら答える」というものだ。
この指導方法について峯岸さんは「農家さんから教えてもらうときは、いつもそんな感じ」と、特に問題は感じていないよう。「これまでも地域の農家さんの中に、栽培や機械の修理などを教えてくれる人が何人もいました。農家さんはみんな個性があって、教え方もいろいろです」と、地域の農家とのコミュニケーション術を心得ているようだった。
こうした清水さんとのやり取りをもとに、清水さんからの指導をマニュアルに落とし込んだり、作業の切り分けをしたりするのは指導員の役目だ。

一方、利用者も清水さんから直接指導をしてもらうことがある。5月からずっとナシの作業に携わっているという利用者の冨澤一寿(とみざわ・かずひさ)さんは、「茂さんと話すのは楽しいです。農業以外のこともたくさん知っていて、この地域のこともいろいろ教えてもらいました」と言う。清水さんとはとても馬が合うようだ。ナシ畑の隅にある清水さんの家庭菜園にはキュウリが植わっていて、「これ持ってけって、もらったこともあります。すごくおいしかったです」と冨澤さんはうれしそうに話した。

冨澤さん

冨澤一寿さんが好きな品種は二十世紀。世話に手間がかかるところがかわいいと話してくれた

農福連携が、地域の失われていく農地や農業をよみがえらせる

清水さんと冨澤さんの関係のように、農業を通じて地域の人と福祉事業所の利用者との距離が縮まる場面は多いと、現在のゆずりは会の理事長、関根安子(せきね・やすこ)さんは言う。「この辺で若い人が農業をしていると目立つんです。一生懸命やっていると、そのうち地域の方がお菓子を持ってきてくれるようになったりするんですよ」
また、福祉施設が地域の農地や農業を受け継ぐ形の農福連携については、持続性があると語る。「利用者が農家に出向いて農作業を行う『施設外就労』という形では、農家さんが農業をやめるというときにその土地を引き継ぐ、というところまでいきません。技術的にも難しいでしょう。やはり私たちのような福祉側が主体的に農業をやる方向にシフトすることが大事だと思います」

関根さん

ゆずりは会理事長の関根安子さん(写真左)

峯岸さんは、今回のナシ畑の一件について「地域に根付いた事業所として、地域に貢献できた気がする」とうれしそうに言う。「近くに我々がいたことで、畑を残すことができました。畑があれば、清水さんがこれまで培ってきたものを引き継げるし、こうした取材を通じてみんなに知ってもらえる。清水さんも生きがいを持って、ナシに関わり続けることができます」。その表情は、エールに関わる農家にも恩恵のある農福連携の形が作れたことを、誇らしく思っているようだった。

エールの利用者たちがナシ栽培に関わったのは、まだわずか半年。2022年は10品種を育て、収穫量は10トンほど、売り上げはエールだけで160万円ほどだったという。峯岸さんは「今後ももっと栽培技術を上げて、地域の人がエールに行けばおいしいナシがあると目指して来るようになってほしい」と今後の目標について話した。

ナシ

「(ナシの作業が)ちょっとは上手になったかな」と峯岸さんが尋ねると、清水さんは「まだまだだいね」と答えた。その返事に峯岸さんは「そうだよね、茂さんにはもっといろいろ教えてもらわなきゃ!」と声をかけていた。
エールのナシは、ベテラン農家清水さんの指導を受けて、ますますおいしくなっていくことだろう。

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