農福連携をきっかけに、雑草の6次化へ
かつての日本では野草を活用することは生活の知恵として当たり前だった。たとえば、チガヤやススキなどはかやぶき屋根に、今や最強の雑草と呼ばれるクズはくず粉に、カラムシは布に、それぞれ姿を変えて人々の暮らしを支えていた。
しかし今、野草はほとんど「雑草」という扱いに。中でも多年生で地下茎雑草の代表格スギナは「難防除雑草」の呼び声が高い。
そのスギナのお茶を人気商品にしている農福連携事業所がある。その立役者は「雑草も、生かせば資源、捨てればゴミ」と語る川原田憲夫(かわらだ・のりお)さん。三重県津市の就労継続支援B型事業所「スマイルコーン」で、農業の指導をしている。400年以上続く農家のあるじで、造園施工管理技士でもある川原田さんは、仕事などを通じて「環境の緑」全般についての豊富な知識と経験を持ち、さらに昔から続く身の回りのさまざまな植物の活用についても造詣が深い。
現在77歳でいまだ現役の川原田さんだが、60歳の時の脊髄(せきずい)の疾患がもとで車いす生活に。「車いすでは農作業が難しい。自分が障害者になったことで、同じ障害者ができる農業について考えるようになりました」と当時を振り返る。
川原田さんの転機は8年ほど前、「農福連携」という言葉を知ったときだった。障害者が農業を通じて社会参加するとともに、地域の農業の担い手となる取り組みと聞いて「これは大事だ。ぜひ自分も同じ障害者として、障害者ができる農業を考えていこう」と心に決めた。さらに、地元である榊原地域の耕作放棄地の増加を食い止めたいという思いもあった。
そこで一般社団法人一志パラサポート協会を立ち上げ、2015年の2月に精神障害や知的障害のある人々が農業を通じて就労の訓練ができる作業所、スマイルコーンの運営を始めた。
収穫の喜びを雑草で体験
スマイルコーンが発足した2月は、一年の中で最も農作業が少ない時期だったため、最初にどんな作業から入れば利用者が農業に興味を持ってくれるか考えあぐねていた。そんな時、川原田さんの目に入ってきたのが「スギナ」だった。
スギナが生えているのは川原田さんが経営する川原田農園のビニールハウス。川原田さんはこのハウスでイチジクを栽培しているが、全く農薬を使わない栽培方法を実践しているため、どうしても雑草がはびこってしまう。
しかし川原田さんが作業所の利用者たちの作業として採用したのは、スギナの草刈りではなく、「ツクシの収穫」だった。毎年2月10日ごろになるとスギナの胞子茎であるツクシが芽を出す。ツクシは春の旬の味覚として料亭などで人気の食材なので、川原田さんは「売れる」と踏んだ。そのもくろみは当たり、以来毎年ツクシを収穫して販売している。
また、これには思わぬメリットがあった。農業未経験の利用者たちに「農業の喜び」を先に教えることができたのだ。
「農業で一番面白いのは収穫。世の中の人は店でイチゴを買うよりも高いお金を払ってでもイチゴ狩りに行くでしょ。利用者に先に収穫の喜びを体験してもらうことで、『農業では作物を収穫するために、いろんな作業をしなきゃいけないんだよ』と、つながりのあるほかの農作業も教えやすくなった。これが農業を教えるときのヒケツだね」
スギナの葉の6次化へ
ツクシの収穫で利用者に農業を教えることに成功した川原田さんが、次に注目したのはスギナの葉だった。
「スギナの葉をお茶にすることは知ってたんですよ。漢方薬でモンケイ(問荊)といってね、乾燥させたスギナの葉には大変多くのカルシウムが含まれています。生薬とされる所以(ゆえん)ですね」
抽出を手軽にし、味は飲みやすくすることを目標に、商品開発にかかった期間は約1年半。おいしい風味を足すために煎った玄米をブレンドしたり、スギナの粉砕の仕方を工夫したりするなどの努力を重ねた。利用者たちには何度も試飲をしてもらって彼らの意見も取り入れ、やっと商品化に至った。現在は近くの直売所やネットショップで販売している。
雑草の6次化は、利用者の作業の多様化にも
現在、一志パラサポート協会は農林水産大臣から「六次産業化・地産地消法に基づく事業計画」の認定を受けて農産物の加工を行っている。6次化に使用するものは「栽培」したものでなければならないため、現在はスギナをイチジクの根元で栽培。もちろんスギナ以外の雑草も生えてくるため、日々利用者たちはスギナ以外の雑草を除去する作業をし、その一方でスギナ茶の加工も行っている。
スギナを乾燥させるための乾燥機や粉砕するためのミルを導入するなど生産体制を整備したり加工場を建設したりするなど、作業に従事する利用者たちのための環境も整えた。
現在、スマイルコーンに登録している利用者は15人ほど。そのうちの12人がほぼ毎日通い、農作業から加工まで、さまざまな作業に従事している。ここに通って6年という利用者の女性に話を聞くと「ほかのところよりもいろんな作業があって、楽しいですよ。最初のころ、抜いちゃいけない苗を雑草と間違えて抜いちゃったけど」と茶目っ気たっぷりに笑う。
雑草の6次化はSDGs
6次産業化とは「1次産業としての農林漁業と、2次産業としての製造業、3次産業としての小売業等の事業との総合的かつ一体的な推進を図り、農山漁村の豊かな地域資源を活用した新たな付加価値を生み出す取組」(農林水産省HPより引用)だ。古くから日本の農家がやってきたさまざまなことは、すべて6次化だと川原田さんは語る。
「6次化という言葉は後からつけたもの。雑草や農業の副産物を活用して、昔の人はいろんなものを作ってきました。しめ縄とかもそう。使い切れなかったら肥料にして土に戻す。無駄なところなんて一つもないんですよ」と言って、雑草と呼ばれる植物たちの活用方法をいろいろと教えてくれた。
このほかにも、放置竹林が地域の問題となっている竹から肥料を作るなど、一見「いらないもの」とされるものから加工品を生み出し、地域の課題の解決につなげている川原田さん。利用者ができる作業で6次化を進めるために、今でも日々研究を続けているという。「地域の農業や障害がある人のために、自分に何ができるかいつも考えていますよ。6次化は中山間地域の農業には不可欠。昔から加工の技術はあるわけですよ。それをつなげて障害のある人の仕事を作り、地域の農業を守っていきたい」と語ってくれた。
役に立たないと思われているものも見方を変えれば価値あるものに変えられる。昔からの知恵を活用した6次化は、最近よく聞かれるようになった「SDGs」の価値観にも重なる。
古くて新しい「持続可能な農業」の形を、雑草の活用の中に見出せたような気がした。