本記事は筆者の実体験に基づく半分フィクションの物語だ。モデルとなった方々に迷惑をかけないため、文中に登場する人物は全員仮名、エピソードの詳細については多少調整してお届けする。
読者の皆さんには、以上を念頭に読み進めていただければ幸いだ。
前回までのあらすじ
新規就農者を呼び込もうと説明会を開き、3人の呼び込みに成功した僕、平松ケン。しかし、その頑張りとは裏腹に、「新人のくせに出しゃばっている」と地域の農業のリーダーである徳川さんをはじめ先輩農家のお叱りを受けてしまった。
農村という異世界では先輩農家を差し置いた行動をするとヤバい。これまでの経験からそう学んだはずだったのだが……。
メディアから取材のお誘いが!
僕は本格的に農業を始めるにあたり、「経営について詳しく勉強しよう」と地域の商工会が主催する起業のための勉強会に参加した。そこには農業に限らず、独立して起業することを目指す20人ほどの人が集まっていた。そこで偶然懐かしい人と隣の席になった。
「あれ、平松さんじゃないですか!」
地元テレビ局に勤務している浅井さんだ。僕は前職で異業種の人との交流があり、地元のメディア関係者の知り合いも多かった。
「浅井さん、お久しぶりです! 偶然ですね。取材とかですか?」
「いやいや、実は……」
最近はYouTubeやWebメディアなどに押され、テレビ局も大変だと聞いていたが、どうやら浅井さんも危機感を覚えているらしい。将来の独立も視野に入れ、情報収集のために参加しているとのことだった。
「平松さんは、起業を考えているんですか?」
浅井さんには前職をやめるときに挨拶したが、詳しいことは話していなかったので、
「実は、この地域で農業を始めることになりまして」
と僕が答えると、浅井さんは身を乗り出してきた。
「ええっ⁉ そうなんだ。確か以前から興味があるって話してましたもんね!」
僕が昔ちらっと話したことを覚えていてくれたようだ。
「やっと研修を終えて就農したところなんですけどね」
という僕の言葉に、さらに浅井さんは興味を持ったようだ。
「もう始めてるんですか? スゴイな。話を聞かせてくださいよ」
興味津々で話を聞いてくる浅井さんに、これまでのいきさつを詳しく話した。

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「それはいい話ですね。地域の活性化にも繋がるし。取材を受けたことはある?」
「そんな。取材のネタになるような話じゃ……」
「いやいや、絶対に面白いよ! 知り合いのメディア関係者にも話をしておくから!」
その日の勉強会が終わり、「どうせ社交辞令だよね」と思いながら浅井さんと別れた僕だった。
地域を盛り上げるため取材を快諾
しばらくすると、地元新聞社の今川さんという人から電話が入った。
「浅井さんに話を聞いたんですが、ぜひ新規就農について取材させていただけませんか?」
高齢者が多いこの地域では、未だに多くの家庭がこの地元紙を購読している。記事が掲載されることになれば、僕が農業を始めたことを広くアピールできる。農業の現状を知ってもらい、地域の活性化にも役立つに違いない。
「今川さんがよければぜひお願いします!」
僕は取材を受けることにした。1週間後、記者の今川さんが畑に現れた。
「今日はよろしくお願いします」と笑顔を見せる今川さん。僕は畑を歩いて回りながら、どんな思いで農業を始めたのかを伝えた。
「なるほど。ところで、どうしてこの地域で農業をしたいと思ったのですか?」
そう聞かれた僕は、所属する農家のグループについて話し始めた。
「僕が所属するグループは、今これぐらいの数の農家がいまして……」
おそらく質問されるだろうと思い、僕個人の経歴だけでなく、所属する農家のグループの概要についてもこれまで見聞きした内容をまとめておいた。
「そうなんですね。よく分かりました。ありがとうございます」
ひと通り話を聞き終えた今川さんは、「最後に写真を撮らせてください」とカメラを取り出した。「畑の前に立って笑顔でお願いします!」
畑から引き抜いたダイコンを両手に持ちながら、僕は必死に笑みを浮かべた。

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新聞をきっかけにテレビや雑誌も!
数日後、僕を取材した記事が、地元の新聞に僕の大きな顔写真とともに掲載された。心なしか顔が引きつっているが、はじめてのメディア出演にしてはよく頑張った方だろう。
家族と一緒に新聞を眺めていると早速、「今日の朝刊見たよ!」という連絡が同級生から入った。その後も僕が農業を始めたことを知らない知人から、LINEやメールが続々と送られてくる。
「最近は新聞を読んでいない人も多いって聞くけど、やっぱり反響はすごいな!」
改めて新聞の影響力に感心していると、数日後にはこんなメールが届いた。
「DBSテレビと申しますが、取材をさせていただけませんか?」
どうやら急ごしらえで作った僕のホームページから問い合わせが来たらしい。さらに数日後、こんなメールも送られてきた。
「『月刊地方暮らし』という雑誌ですが。ぜひ取材を……」
新聞掲載をきっかけに、僕の存在を知った地元メディアの人たちから、次々に取材の依頼が舞い込んだのである。
放送後に不穏な空気が…
新聞掲載をきっかけに、地元のローカルテレビや雑誌など、さまざまなメディアに登場することになった僕。おかげで近所の人たちから「見たよ!」「頑張ってね!」と声を掛けられる機会が多くなった。自分の頑張りを少しでも理解してもらうことができて嬉しかった。
ただ、そんな嬉しい気持ちも長くは続かなかった。
ある日、畑作業をしていると、黒田農機の黒田さんに出会った。仕事の関係で近くに用事があり、その帰り道で寄ったらしい。
「平松さん、新聞とかテレビとか大活躍だねぇ~」
「いえいえ、知り合いからぜひと言われたので、PRになればと」
「ただね、ここだけの話だけど、徳川さんはあんまりいい顔をしてなかったよ」
「え? そうなんですか?」
地域農家の要人で、僕がひそかに“ラスボス”と呼ぶ徳川さんの反応が悪いとは!
僕は地域の農業を知ってもらうために取材を快諾したつもりだったが、黒田さんに聞くと「ケンはまた勝手なことをしている」と愚痴をこぼしていたらしい。
僕は畑作業を中断して、徳川さんの自宅に走った。
「徳川さん、平松です。こんにちは!」
玄関口で大きな声で挨拶すると、しばらくして徳川さんが出てきた。
「おお、ケンか。どうしたんだ?」
「すみません、僕が新聞に載ったことなんですけど……」
徳川さんは玄関に立ったまま、腕組みをした。
「ああ、あのことか。お前はどう思っているんだ?」
「え? 少しでも地域やグループの皆さんのPRになればと……」
しばらく沈黙が続いた後、徳川さんが口を開いた。
「なんでお前が、俺たちのグループのことを勝手にしゃべってるんだ?」
「いえ、良かれと思って…」
「新人のお前が勝手なことをするな。ちゃんと農業ができるようになるのが先だろ!」
「……」
次の言葉が出てこなかった。どうやら僕は、またラスボスの地雷を踏んでしまったようだ。
どうすればよかったのか?
徳川さんを怒らせてしまった僕は、同じグループに所属する周囲の農家や、付き合いの長い取引業者の人たちに、これまでのメディア対応について話を聞いてみた。
すると、徳川さんが地域の特産を栽培する農家として、これまでも新聞やテレビに度々取り上げられていることが分かった。僕も一度、新聞の記事で見かけた記憶がある。地域の農業に関する取材は徳川さんが一手に引き受けてきた。「うちのグループの取材は基本的にすべて徳川さんに」というのが暗黙のルールになっていたのである。
今回の取材は、あくまで新規就農者である僕にフォーカスを当てたものだった。ところが、僕が所属するグループについても詳しく語ったため、新人の僕がグループを代表して語っているようにも見えてしまった。どうやらそれが徳川さんには納得がいかないようだった。
また、僕が記者に語った内容に、実際の収穫量や取引先など、口外して欲しくないグループ内の情報が含まれていたらしい。事前にきちんと確認を取っておくべきだったのである。
この時の反省を踏まえ、その後、僕のところに取材依頼が来た時には、「徳川さんに連絡を入れてくれますか?」と話をするようにした。その結果、徳川さんが取材に対応し、僕が出演しないケースも多くなった。ただ、それが徳川さんを立てるという意味で、ものすごい効力を発揮した。メディアに出演した徳川さんはいつも上機嫌だった。
どうしても自分のPRに活用したい取材依頼があった時には、「徳川さんがいないとダメですからぜひ一緒に」と必ず声を掛けることにした。すると意外にも「いやいや、ケンが対応すればいいんじゃないか?」と返ってきた。大事なのは「ラスボスをちゃんとラスボスらしく扱うこと」。ザコキャラのように扱っては絶対にいけないのである。

取材は先輩農家にお願いするのが鉄則”(イメージ画像)
レベル8の獲得スキル「主役の座は先輩に!」
「メディア対応は、先輩農家を主役にせよ!」
今回のトラブルは、「地域の活性化につながれば」という思いで行ったこととは言え、僕の勇み足だった面は否めない。あくまで個人事業主であるとはいえ、農家の多くは地域の仲間たちと一緒に産地を形成している。個人的なことを話すのは許されても、公の場で地域全体のことを語るのはさすがに行き過ぎた行動だった。まだ駆け出しの新人であれば、先輩農家から「やりすぎだ」と指摘されても仕方がないだろう。
農家のルールは、明文化されたものばかりではない。これまでの流れで何となく慣習化されているものも多い。今回のメディア対応の流れは、その最たる例と言えるかもしれない。「個人的な繋がりで受けた取材だから問題ないだろう」と高をくくるのでなく、「報・連・相」を徹底しておけば、余計なトラブルやあらぬ嫉妬を生まなくて済んだはずだ。
メディア出演は、田舎の人にとっては一大事である。ネットで気軽に情報発信できる若い世代とは違い、新聞や雑誌、テレビなどのオールドメディアに愛着が強い高齢者は、なおさらその傾向が強い。だからこそ、先輩を立てて「ぜひ一緒に!」と申し出る。「報・連・相」を兼ねて先輩を誘えば、人間関係を構築するうえで絶大な効果を発揮するに違いない。
先輩農家を差し置いた行動がヤバいと理解していたにも関わらず、また同じような失敗をしてしまった僕。その後は何とか上手い攻略法を見出したものの、異世界を完全攻略するには、まだまだ険しい道のりが待っていると改めて悟ったのだった……【つづく】