糸島若手ファーマーズとは?
糸島若手ファーマーズとはJA糸島青年部の別名で、糸島市で農業を営む40歳未満の若手生産者で構成されたグループだ。2022年には設立50周年を迎えた歴史ある組織で、現在は全体で約80人ほどの生産者が所属している。平均年齢も33歳と若く、最年少は22歳だという。
「青年部は全国にありますが、うちは他JAさんの青年部とは違って、専門分野に分かれて部会を組み、専門性の高い悩みを共有したり、イベントに取り組んだりしています」と語るのは吉村さん。
一般的なJAでは、青年部と生産部会は別組織として活動していることが多く、1つの組織としては活動していない。しかし糸島の青年部では、青年部内に各生産部会(そ菜・普通作・花き・果樹)があり、若手農家同士が部会内で切磋琢磨(せっさたくま)をしたり、品目に特化したPR方法の研究などをしたりしている。
若手農家が多い理由
新規就農者や若い農家が多い糸島市。その理由を楢﨑さんは「糸島の立地も関係している」として、次のように語った。
「糸島は福岡市に近く、移住しやすい環境にあります。これまで頑張って作ってきた糸島ブランドが評価され、新規就農者が増えているのは確かです。ただブランド力に甘えず、新規就農者や若手農家を組織としてフォローアップしているのが、活気のある離農者の少ない環境を作っているのではないでしょうか。大規模な農業産地よりも元気があるという自信を持って活動していると言えます」
立地やブランド力に頼るだけでなく、若手生産者が集まる組織としてお互いを助け合っていることが、糸島の農業が盛り上がっている秘訣のようだ。
農業経営者としての悩みを共有
吉村さんは糸島若手ファーマーズについて「技術向上だけを目的とした場ではなく」と前置きし、次のように語った。
「生産技術の向上はJAの部会で、地域貢献やPR活動・経営者としてのスキルアップやノウハウ共有を糸島若手ファーマーズでと、組織としての役割を振り分けています。1人じゃできないことを助け合って取り組んでいくために、私たちは活動しているんです」
では具体的にはどのような方法で、どのような助け合いを行っているのだろうか。
いつも直接会って話すから、言いづらい悩みや課題も共有できる
若い農家が集まった組織といえど、何か特別なアプリやシステムを使って情報共有をしているわけではないという。組織としてより良い情報共有を行うには、「会うことが大切」だと吉村さんは言った。
「まずは会うこと、そして議論することが大切です。うちでは毎月1回例会を行っています。コロナ禍で直接会う機会がなかった頃、どうしても疎外感や孤独感を感じる農家が多かったのです。会うこと自体が刺激になるし、会って話さないと出てこない悩みもあると思います」
糸島若手ファーマーズでは例会のほか、「倉庫周り」という現場での交流をすることが多いという。お互いの倉庫や圃場(ほじょう)に行くことで、使っている農機具や肥料などの話をしたり、その収納方法を見せたりすることで、自然と話題が盛り上がり議論しやすい環境になり、情報交換や相互研さんにつながっていくという。
「糸島って、多様性のある地域なんです。みんな栽培している品目も違うし、収穫時期も繁忙期も違う。だからこそ、うちの部会だったり、倉庫周りや飲み会の場所だったり、さまざまな場所で、それぞれの悩みを共有するんです。それこそ、経営の悩みや、どこの税理士を使っているのかなど、人には聞きにくいことも共有しています」(吉村さん)
抱えた悩みをそのままにせず、同年代の仲間に相談できるという安心感が、糸島農業の活気につながっているのだろう。
また、糸島は後継ぎ農家が多い。同年代で同じものを作っているのに自分より儲けている人を見て、もっと成長したいと思えるなど、友だちでありライバルといった関係性の農家が多いそうだ。こういった要素も、活発な農業環境に寄与しているに違いない。
糸島若手ファーマーズが解決した地域の課題
吉村さんによると、実際にメンバーが感じていた課題や、地域の問題を組織内で共有したところ課題解決につながり、生産者の利益向上や、地域振興や活性化といった効果が表れているという。
例えば、高齢化で剪定(せんてい)作業ができなくなったミカン山を再生するという事業に、若手の果樹農家たちが取り組んだ。放置されていたせいで収量が減っていた山を手入れすることで、結果的にミカンの収量が大きく上がったという。この活動は高齢化によって規模を縮小したり、離農したりする農家が増加する中、若者の力で地元の農業を盛り上げることにつながっている。更にこの取り組みが評価され、2016年にはJA青年部全国大会で最優秀賞も受賞している。
また、地域で出たカキ殻のゴミを再利用することで、麦の収量を増やしたという。糸島市は米麦の二毛作が盛んで、田んぼで麦を作っている。地域柄降雨が多く、排水も悪いということもあり、麦の成長に適した土地ではなかった。これを改善するために、糸島若手ファーマーズでは、糸島名産のカキの殻を暗渠(あんきょ)に使うことで、ゴミを再利用するとともに麦の生産に適した土地に改良し、収量を増やしたという。
ちかっぱ糸島
ちかっぱ糸島は若手農家だけで企画運営までを行う農業祭りだ。10年前に始まって以来、自分たちだけの手で開催してきた。
「10年前は糸島ブランドの力も今ほどではなく、糸島農業の知名度も高くありませんでした。また地域の子どもたちも農業へ関心を示さず、生産者の間では問題になっていました。これを解決するために当時のメンバーがイベントを企画したのが、ちかっぱ糸島の始まりです」(吉村さん)
糸島農業の知名度アップと、子どもたちに農業を身近に感じてもらうために始めたイベントだが、地域貢献の一環としても、取れたての糸島野菜をより多くの人に届けるなど取り組んでいるうちに、農産物や農業自体のPR方法など自分たちの農業経営に還元できるスキルを多く身につけられたという。
また糸島若手ファーマーズの面々が扮(ふん)するコメンジャーというご当地戦隊ヒーローも誕生した。地元の小学生に農業をより身近に感じてもらうため、メンバーたちが考えた新しい形の食育だという。
糸島ブランドの力に依存せず、自分たちの力で糸島農業を盛り上げていく
吉村さんに糸島若手ファーマーズの課題を聞いたところ、「若い層の中に、どうしても糸島ブランドにあぐらをかいてしまう状態がある」と教えてくれた。
「糸島ブランドの力に頼り切りになって、気持ちが緩んでしまったらダメ。生産者一人一人の経営力もまだまだ足りないし、それぞれの課題に向き合っていかなくてはならない。若手が多い糸島でも、年々生産者が減っている。これまで守ってきたことを続けながら、時代に適した新しい組織づくりもしていかないといけない。時代の流れに負けないように、できることをやってスキルアップしていくことが大切だと思う」
現状を良しとせず、常に時代に合った組織づくりを欠かさないこの姿勢が、勢いのある組織の原動力となっているのかもしれない。糸島若手ファーマーズは日頃から悩みや課題の共有を行い、解決のために活動を行っている。ただ不平不満を言い合う関係ではなく、糸島農業や自分たちの未来のために、何が必要で、どうしたら良いのか、具体的な解決案を自分たちで考えて実行に移している。この点が活気ある糸島農業を支える組織を作り出しているのだろう。
若手世代に限らず幅広い世代で、糸島若手ファーマーズに学ぶべき点は多そうだ。