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土づくりが持続可能な農業経営につながる! 動物にも人にも環境にも優しいグラスファーミングとは

土づくりが持続可能な農業経営につながる! 動物にも人にも環境にも優しいグラスファーミングとは

全国の農場を渡り歩いているフリーランス農家のコバマツです。今回も前回に引き続き北海道上士幌(かみしほろ)町の十勝しんむら牧場に来ています。
代表の新村浩隆(しんむら・ひろたか)さんは、放牧酪農をベースにさまざまな事業を展開しています。「いい土を作って、いい草を育てて、おいしい牛乳を搾る」ことにこだわり、その牛乳を活用してお客さんが喜ぶ商品を作ること。それが持続可能な農業だと新村さんは言います。今回はそんな持続可能な農業を実践的に学べる「グラスファーミングスクール」について聞いてきました。

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グラスファーミングスクールとは

十勝しんむら牧場では、おいしい牛乳を搾るために放牧酪農を実践しています。放牧酪農は飼料価格の高騰などの外部要因に経営を左右されることが少なく、牛が牧場で動き回ることで健康に育ち、さらに環境負荷も少ない持続可能な農業なのだそう。その放牧酪農で大事なのは「土づくり」なのだと、代表の新村浩隆さんは話します。
新村さんが土づくりを教えているのは「グラスファーミングスクール」という場所。そこでは土づくりだけでなく持続可能な農業を実践的に学べると聞いて、新村さんに再び話を聞くことにしました。

■新村浩隆さん プロフィール

有限会社十勝しんむら牧場の4代目で、現在は代表取締役。大学卒業後、曾祖父の代から受け継がれた土地で放牧酪農経営に取り組み、健康的な土壌・草・牛から牛乳を生産。牧場でとれた牛乳を使った加工品「ミルクジャム」の製造や、カフェ・サウナ施設の運営にも取り組む。グラスファーミングスクールを運営する団体「創地農業21」の副代表も務める。

コバマツ

今回は「グラスファーミングスクール」について聞いていきたいと思います! このスクールはどういったものなのでしょうか?
グラスファーミングスクールは「創地農業21」という団体が運営しているんです。創地農業21では農業技術の研究、畜産・酪農のリーダーの育成、新しい農業の価値づくりの3つの柱で活動をしています。
動物にも人にも環境にも、トータルで負荷の少ない畜産・酪農経営をすることによって、おいしい製品を作り、それを食べる人に幸せを届ける。その方法を農家だけじゃなく、商社、小売り、一般の人、みんなに伝えていくのがこのスクールなんです。北海道で開催されているので参加者は北海道の人が多いですけど、農家だけじゃなくていろいろな職種の人が参加しています。

新村さん

毎年夏、秋1回ずつ開催される。参加者は酪農家や肥料会社、飲食店、加工業者などさまざま

コバマツ

畜産農家だけじゃなくて、幅広い職種の人が参加できるっていいですね! 主にどんなことを勉強するのでしょうか?
夏はフィールドワークを中心に開催しています。放牧をやっている農場に実際に視察に行き、みんなで放牧の技術を勉強したり、牧場の課題について議論したりします。

新村さん

実際に放牧地で土壌の状態などを参加者と共有

秋は経営や、販路拡大、会計など経営者としての知識やスキルを高めていくための勉強をしています。

新村さん

秋は経営理念やビジョンの作り方、会計などの勉強会をしている

コバマツ

畜産の生産技術だけじゃなくて、経営面の勉強もできるんですね!

農業経営者の育成を目指して設立

コバマツ

生産も経営も勉強できるなんて珍しいと思うんですけど、どうしてこの「グラスファーミングスクール」が作られたのでしょうか?
スクールが始まったのは1996年なんですが、もとは、北海道に本社がある外食産業の企業が「環境負荷の少ない放牧酪農を自社でやろう」と考えたのが始まりなんです。当時は道内で放牧酪農を勉強できる場がなく、「だったら勉強できる場を作ろう。そうすれば、自分の会社だけではなくて他の酪農家にも放牧酪農を学ぶ場を作ることで貢献できる」と思ったことがきっかけだと聞いています。それからニュージーランドから土壌コンサルタントのドクターを呼んだり、土壌学や微生物学の大学教授にも声をかけたりして本格的なスクールができていきました。
さらに、当時の設立者が農家と話していて、自分の農場の経営理念や哲学がないということも課題に感じて、放牧酪農と併せて経営も学べるようにと作られたのが最初ですね。

新村さん

コバマツ

海外から講師を呼んでいるなんて本格的ですね!
生産者としてだけではなく、経営者としての視点も学ぶことができる点もより実践的です。ちなみに新村さんはどうして参加したんですか?
当時はまだ実家を継いで2年目で、牛が思うように草を食べてくれなくて放牧がうまくいかず、放牧のやり方に迷っていた時期だったからです。大学時代にお世話になった教授を通じて知り合った、創地農業21の代表であるファームエイジ株式会社の社長、小谷栄二(こたに・えいじ)さんに誘われて参加しました。このスクールに参加することで、酪農家としての技術だけじゃなくて、異業種の人とのつながりも得ることができました。当時の自分にとってはそれが酪農を続ける支えとなったし、今の牧場経営を作るアイデアのきっかけになっていますね。

新村さん

コバマツ

グラスファーミングスクールは、自分のやりたい農業の形を支えるつながりや同志を作るプラットフォーム的役割もあるんですね! 農家って、生産面だけじゃなくて、異業種の人たちとのつながりも、農業経営を続けていくには重要だもんなぁ。
スクールには畜産農家だけじゃなくて、加工、飲食、流通に関わる人や、大学の土壌や微生物の先生など、幅広い人が集って、「グラスファーミング」の価値や役割を理解していることがこのスクールの強みだと感じています。
実際にスクールに参加して放牧酪農を始めた人や加工品を作って売り出している人たちも出てきていますよ。

新村さん

コバマツ

いろいろな立場の人が生産現場の価値を理解しているということも大切ですよね。

生態系を考えた土づくりが大切

コバマツ

ちなみに「グラスファーミング」とは何でしょうか……?
牧草のみで家畜を飼育する農業のことです。日本語にすると「草地農業」ですね。本来、牛や羊は草だけを食べる動物なので、穀物などを与えない飼育方法が自然なんです。グラスファーミングでは、動物の体に合った栄養価の高い牧草を、土づくりから考えて育てます。

新村さん

コバマツ

野菜を育てるようにいい牧草を育てて、動物に与えるっていう生産方法なんですね!
新村さんは放牧酪農を始めてすぐにはうまくいかなかったとのことですが、どうしてできなかったんでしょうか? 放牧地に牛を放したら草を食べてくれるわけじゃないんですか……?
放牧地で、牛が食べてくれる草を育てるための「土づくり」に3~5年くらいかかるんです。土に栄養価がないと、牛にとっておいしくない草が育っちゃうので、牛が食べたくなる草を育てるためには時間がかかるけど「土」が重要なんです。

新村さん

栄養価が高い土を作って良い草を育てることが放牧酪農の土台となる

コバマツ

良い牧草を育てるには土が重要なんですね! 野菜栽培も土が良くないと、苗が病気になったりして人間が食べたいって思う野菜が育たないもんなぁー!
でも、こーんなに広い牧草地の土づくりって大変そう! どうやって土づくりをやるんですか?
僕は、グラスファーミングスクールの講師であり元校長でもあるエリック川辺博士に土壌分析、施肥設計をしてもらっています。アメリカに土を送っているんですよ。

新村さん

牧場の土のサンプルを定期的にアメリカに送り、土壌診断と施肥設計をしてもらっている

コバマツ

わざわざアメリカまで土を送ってるんですか! そこまでする価値があるんですか?
エリック川辺博士は収量ではなく生態系を考えて持続可能な農業をしていくための土壌分析をしてくれるんです。さらに企業コンサルではなく農家のコンサルをなりわいとしている。そういうコンサルは世界的にも少ないので信頼しているんです。

新村さん

コバマツ

目先の収量をあげるだけじゃなくて、生物の多様性を考えた施肥設計をする人、確かにあまり聞いたことがないなぁ。そんな土壌の専門家がグラスファーミングスクールの講師でもあるんですね! そんな講師からなら、持続可能な生物の多様性を考えた土づくりが学べそうです!

持続可能な農業経営とは

コバマツ

新村さん、自分の牧場経営やグラスファーミングスクールの運営をしてきて、いろいろな農業経営を見てきたと思います。
物価高騰や不安定な世界情勢の中、持続可能な農業経営をしていくためにはどんなことが必要だと思いますか?
やっぱり、なるべくコストがかからない持続可能な生産方法をすること。そして、売り先となる出口をどう作れるか、だと思います。 
今、畜産農家は飼料高騰や乳製品の消費低迷で経営的に厳しい状況下に置かれています。
そんな課題もこのスクールを通して解決していくことができないかと考えています。

新村さん

コバマツ

放牧は餌やりや牛舎の掃除などの手間がないので、経費と労働時間を抑えた生産方法ですもんね。さらに放牧で生産した牛乳や食肉に付加価値をつけて販売することができたら、経営改善にもつながりそうですね。
最近では創地農業21をプラットフォームとして、飲食店や加工業者だけではなく、都市部のいろんな企業とのつながりができてきています。
企業も放牧の価値を理解したうえで、スクールに参加している生産者に対して「こんな製品が欲しい」とオーダーしてくることもあります。そんなつながりがある企業の二―ズに沿った加工品を作り、販売することができれば、きちんと利益を生み出して経済面でも持続的に牧場経営を続けることができると思います。

新村さん

コバマツ

ニーズに沿った製品づくりでの消費拡大を考えているんですね! 「牛乳をたくさん飲みましょう!」などの一時的なキャンペーンではなく、きちんとビジネスで消費拡大をすることができたら継続的に課題は解決されていきそうですね!
スクールの中で既に加工品を作っている酪農家が、これから始める酪農家に対して製造ノウハウを提供して協力することもあります。また、加工のための牛乳の供給量が足りなければ、スクールのメンバーの酪農家たちの牛乳を集めて補うこともあります。
付加価値をつけるノウハウや原料の供給で足りない部分を補い合える仲間がいることも、農業を持続させていくには必要なことだと思います。

新村さん

コバマツ

生産も加工も販売のネットワークも作ることができるグラスファーミングスクールは、持続可能な農業をしていくために必要なことが学べて実践できるんですね!

「持続可能な農業」と聞くと、なんとなく自然環境に優しい、生物の多様性を考えた生産方法を思い浮かべる人が多いのではないでしょうか。コバマツもそんなふうに思っていました。確かにグラスファーミングスクールが教えているのは「持続可能な生産方法を、土づくりから実践すること」。しかし、持続可能な農業に必要なのはそれだけではないことが、今回の取材でわかりました。農業経営者として消費者という出口を見据え、利益を出す商品や仕組みを作ることも、持続可能な農業の実現のためには必要です。そのために立場の違う異業種の人とも共に学び交流することで、農業の可能性を広げているのが印象的でした。
このように異業種の人々も集って生産現場の価値や情報を共有できるグラスファーミングスクールは、持続可能な農業を生み出すプラットフォームとして、大切な役割を果たしていくことでしょう。

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