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国立音楽大学テューバ専攻を首席で卒業したプロの音楽家がマンゴー農家になった理由

国立音楽大学テューバ専攻を首席で卒業したプロの音楽家がマンゴー農家になった理由

異業種から農業を始める場合、すべてを投げ打って慣れない環境に身を置くというイメージを持つ人は多いかもしれない。しかし、これまでの経験や得意なことを生かして、自分に合った農業を追求するという道もある。音楽家と農家という二つの顔を持ち、ハウス内でモーツァルトを流しながらマンゴーを生産する農家、緒方淳一(おがた・じゅんいち)さんに話を聞いた。

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ビニールハウスに鳴り響くモーツァルト

マンゴーのハウス

モーツァルトが流れるハウス

福岡県小郡市でマンゴーを生産する「緒方ファーム」。ハウスの中からはモーツァルトの交響曲が聞こえてくる。代表の緒方淳一さんは、国立音楽大学器楽科テューバ専攻を主席で卒業した経歴を持つ。異色の農家として福岡県内で話題を呼び、これまでに複数のテレビ局が取材に訪れている。

クラシック音楽に長年親しんできた緒方さんにとって、モーツァルトはとても身近な存在。畑のBGMとしてのモーツァルトに奇をてらう意図はなく、趣味と実益を兼ねるような感覚だという。

以前「切り花にモーツァルトを聴かせると長もちする」といった話を聞き、音楽家として興味を持った。牛舎でモーツァルトを流すと搾乳量が増えたという酪農家の経験談も聞き、自分のハウスにステレオを置いてCDをかけてみたのが始まりだ。自分自身もモーツァルト聴きながら農作業をするのは気分がいいため、ずっと続けている。

プロの音楽家から農家になったきっかけ

演奏する緒方さん

テューバを演奏する緒方さん(右)

緒方さんは農家の出身ではない。国立音楽大学を卒業後は「シエナ・ウインド・オーケストラ」のメンバーとなりテューバ奏者として活動していたが、腰の病気を患い退団。入院、手術からのリハビリ生活が続き、社会復帰には時間がかかった。

地元である福岡に戻り、音楽の教師をして生計を立てることになった。中学校や高校で教壇に立ち、合唱部や吹奏楽部の指導にも取り組んだ。

農業を始めたのは2018年。甘くみずみずしいマンゴーのおいしさに魅了され、佐賀県上峰町の生産者に連絡を取ったことがきっかけになった。

生産者夫妻との話が盛り上がり、緒方さんもマンゴーの栽培をやってみたらと誘われた。おもしろそうだと感じたものの、農業はまったくの未経験。知識や経験はもちろん土地や畑もなく現実的ではないと思っていたところ、地元の不動産屋から無料で使える土地を紹介してもらうことになった。まもなく中古のハウスの資材も手配し、準備期間もほとんどないままにマンゴーの栽培が始まった。いきなり実践をしながら学ぶ毎日だった。

4種類のマンゴーを作る現在。当初はさまざまな失敗も

大きく育ったアップルマンゴー

ハウス内で大きく育ったマンゴー

緒方さんは「マンゴーは繊細で手間のかかる作物だが、やり甲斐は大きい。今思えば無知で無謀だった点はありますが、マンゴー農家という選択を後悔したことはありません」と笑顔で語る。

まったくの未経験から栽培を始めた当初は、失敗も多かった。公的な補助金などの制度についても知らないことばかりだったという。

技術面では摘果に失敗して実がつかなかったり、病害に悩まされたりもした。経験を重ねるにつれて収穫量は右肩上がりに増えているが、まだまだ増やせる手応えがある。味についても、濃厚でおいしいと自分で感じられるようになってきた。先輩からの指導を仰ぎながら、さらに生産技術を磨きたいと考えている。

現在も久留米市でマンゴーを生産している先輩農家のところへ月に2度ほど通い、知識や技術を習得している。インターネットやSNSにも多くの情報があるが、すべての土地に適切な方法というのはないと感じている。

例えば水やりを増やすタイミングひとつでも、日本のマンゴー先進地である宮崎で有効とされる手法が、福岡には合わない場合もある。地元の気候や土を熟知した近隣の先輩農家から学ぶことは多い。

ネットをかけて収穫

ネットをかけ、自然に実が落ちるのを待って収穫する

4度目の出荷をむかえる今年は3連棟のハウスと単棟のハウスを2棟、合わせて5棟分の規模になっている。一部を奥様に手伝ってもらうほかは基本的に1人で作業している。

生産しているマンゴーは4種類。大きいものでは1玉1キロほどになる「玉文」や、小ぶりでジューシーな「アップルマンゴー」などを生産する。複数の品種を栽培することでリスク分散になるほか、それぞれ少しずつ収穫時期が異なるため繁忙期をずらす効果もある。

販路はECサイトに加え、小郡市と筑前町のふるさと納税に出している。近所のファーマーズマーケットに出荷することもある。これからさらに収穫が増えれば、販路拡大も目指したいと考えている。

このほか、専門家の力を借りて加工品を作る取り組みも始めた。2022年に地元のパティシエのところへマンゴーを持ち込み、試しにジャムやジェラートを作ってもらった。2023年にはマンゴーのジャムを製品化すべく動いているという。

音楽と農業が共存する暮らし

テューバ奏者としての緒方さん

マンゴーの生産に邁進する一方で、音楽との関わりも続いている。現在もテューバの講師として個人への指導をするほか、小郡市の市民吹奏楽団の指揮者としての活動も開始した。地元に根ざした楽団は、地域のイベントや祭に呼ばれる。音楽家としてイベントに参加しながら、マンゴーの緒方ファームとして出店もできる。音楽と農業がシンクロする瞬間だ。

地域のイベントでは指揮者もこなす

オーケストラに所属してプロのテューバ奏者として生活する、という東京時代のような暮らしは難しくても、音楽に関わる活動を続けながら自分らしい農業に取り組んでいる緒方さん。これからも無理のない範囲で音楽活動を行いながら、マンゴー農家としてさらなる高みを目指すという。好きなもの、得意なものを諦めず、ふたつの道を掛け合わせるという生き方は、新たに農業を始めようとする人にとっても参考になるだろう。

つい先日タイで現地のマンゴー事情を見てきたばかりという緒方さんに、これからの展望について尋ねてみた。

「タイでは甘くておいしいマンゴーが日本の高級品と比較すると100分の1ほどの価格で売られ、誰もが気軽に食べています。日本ではマンゴーは高級フルーツという位置付けですが、さらに生産量を増やして身近な果物にしていきたいですね。みんなが手軽にマンゴーを手に取り、おいしいねと笑顔になる。そんなふうに地元で人をつなぐツールになったらいいなという夢があります。」

大好きな音楽に関わりながら自分の農業を追求する、緒方さんらしい夢だった。

取材後記

音楽と農業は意外な組み合わせにも感じるが、日々コツコツと地道な努力や作業を積み重ねる、試行錯誤しながらより良い作品を生み出すなど、通じる部分も多いのかもしれない。音楽家×農家というハイブリッドな暮らしを送る緒方さんへの取材を通して、農業のさまざまな可能性を改めて感じた。

緒方ファーム
Instagram @mango_ogatafarm

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