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農薬費、防除時間を大幅減。農業大国オランダから取り入れた、IPM技術とデータ農業

山口 亮子

ライター:

農薬費、防除時間を大幅減。農業大国オランダから取り入れた、IPM技術とデータ農業

園芸において面積当たり日本一の産出額を誇る高知県。その農業技術の開発と普及を担うのが、南国市にある農業技術センターだ。天敵昆虫などを使った「総合的病害虫・雑草管理(IPM)」や、データ農業の普及などをけん引してきた。同センターが農家の増収をどのように支えているのか取材した。

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農家の所得を伸ばすには収量増こそ大事

高知県は2009年、オランダを代表する施設園芸の産地・ウェストラント市と「友好園芸農業協定」を結んだ。「高知県からかなりのラブコールを送って、猛烈なアタックを経て協定を結んでもらった」と振り返るのは、同センター所長の高橋昭彦(たかはし・あきひこ)さん。

協定を結ぶ前年の2008年は原油価格が高騰し、施設園芸で重油を使う県内農家が痛手を受けた。国だけでなく県でも、重油代を補填(ほてん)する対策を講じたり、重油の代わりに電気で温度を調節するヒートポンプエアコンの導入を支援したりと、コストダウンにつながる施策を打っていた。

「そのときに感じたのが、いくら対策を打っても、コストダウンだけでは難しいということ。農家の所得を伸ばすには、最終的には収量を増やさなければならない」
高橋さんはこう痛感したという。そんなタイミングでの協定締結だっただけに、上司からは「この機会にオランダの農業技術をしっかり学びなさい」と発破をかけられた。

農業試験場

高知県農業技術センター

前回記事では、高知県がオランダからデータに基づく環境制御技術を学んだと紹介した。実は、これと同時にIPMの技術もオランダから吸収している。

前回記事
園芸で面積当たり産出額断トツ1位の高知県。さらなる反収アップへ、植物のインターネット「IoP」を本格運用
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県全体の84%を森林が占め、農地が少ない高知県。狭い面積で農業所得を向上させる工夫を重ねた結果、全都道府県の園芸における面積当たりの農業産出額(※1)で2位以下に圧倒的な差をつける。反収日本一を達成している品目も多い中、さら…

IPMとは、化学的な防除に加え、物理的、生物的な方法も組み合わせて病害虫や雑草を管理する手法をいう。

高知県はおりしも、2009年の高知県産業振興計画に「環境保全型農業のトップランナーの地位を確立」すると掲げていた。ウェストラント市は、IPMといった環境保全型農業の技術においてもトップランナーであり、そこから学ばない手はなかったのだ。

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高橋所長

農業技術センターと病害虫防除所の所長を兼ねる高橋昭彦さん

オランダからデータ農業に加えてIPMも学ぶ

高知県は、IPMを全国でも早くから導入したことで知られる。まずは施設栽培のナスの受粉にマルハナバチを使うようになり、のちにナスやピーマンで購入した天敵製剤をハウスのなかに放って害虫を駆除するようになった。その後、タバコカスミカメといった土着の天敵を温存させるためのバンカー植物とともにハウス内に定着させるという、より経済的な方法が定着した。

バンカー植物

天敵の一種であるタバコカスミカメをナスやピーマンなどのハウスに定着させるのに役立つバンカー植物のクレオメ

高知県は最初から環境保全型農業に強かったわけではない。
「高知県のような輸送園芸地帯は輸送コストがかかるぶん、A品を作って関東や関西、中京圏でそれなりの値段で売らないと儲けになりません。そのために品質のいい、傷のないピカピカの野菜を作りましょうと農薬を多用していた時代もあるんです」(高橋さん)

ところが、化学農薬に抵抗性を持つ害虫が出てきて、化学農薬だけに頼っていては防除ができなくなってきた。それだけにオランダなどで確立されていた「虫を虫でやっつける」方法は魅力的だった。

施設栽培のナスとピーマンではほとんどの圃場(ほじょう)で天敵が導入され、化学合成農薬の使用量が減っている。施設栽培のキュウリでも天敵の導入が進む。
「いまや、県内の施設栽培のナスとピーマンは99%の面積で天敵を利用しています。きれいな野菜が殺虫剤をかけずに作れる現状を知った農家は、もう昔には戻れないですよね。ハウスのなかも、花やハチの香りがするようになって、においが全然変わりました」(高橋さん)

同県の調査によると、IPMを導入することで、ナスを例にとると10アール当たりで農薬費が35~53%減少し、防除時間に至っては約70%減った。

研究、情報発信に即時性、農家へのサービスの視点が求められるように

IPMと同時にデータ農業のノウハウもオランダから学んだ。
「オランダはこうしたら収量が増えると言っているけど、この西南暖地でほんとうにオランダが言うように数字が上がるのか?……と半信半疑なところはありました」と高橋さん。

ヨーロッパにあっては温暖な方とはいえ、オランダは高知に比べて夏は涼しく、冬の寒さは厳しい。圃場の基本となる単位も、かたやヘクタールで高知はアール。違いに目が行きがちだったものの、オランダ式のデータ農業を実践したところ「秋から冬にかけてデータに基づいた環境制御をすれば、日本の品種や作り方であってもかなりの増収効果があると分かった」(高橋さん)。

その後の普及については、前回記事を参照してほしい。

前回記事
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高知県が運用するIoP(※1)クラウドを利用した営農支援システム「SAWACHI(サワチ)」の運営においても、農業技術センターは重要な役割を果たしている。SAWACHIは毎日農家に情報を提供する「SAWACHIニュース」を配信していて、同センターは最新の病害虫の発生予察情報や対策、栽培管理の重要なポイントなどのニュースを提供する。

こうした情報はもともと同センターのホームページに掲載したり、印刷して農家に配布したりしてきた。しかし「ホームページはなかなか農家にアクセスしてもらいづらいし、紙媒体だと届くまでに時間がかかってしまう」と高橋さん。「SAWACHIのアプリで情報を直接届けられる『プッシュ型』のサービスになったことは、農家からも好評です」

IoPクラウドができたことで、研究もこれまでとは変わりつつある。
「以前は研究課題というと、栽培技術の確立が多かったんです。それが最近では、今ある技術をSAWACHIにどう搭載して農家にサービスしていくかという観点に基づく課題が主になってきています」(高橋さん)

たとえば、病害虫の発生予察の精度を上げる研究に取り組んでいるという。

※1 「Internet of Plants(植物のインターネット)」の略。高知県が推進する新たな概念で、作物の生理や生育情報を含む農業にかかわるデータをこれまで以上に収集・蓄積して可視化し、栽培から出荷、流通に役立てていく狙いがある。

個人に合わせた栽培の最適化、ゆくゆくは費用対効果も伝える?

高知県は世界で初めて作物の光合成や蒸散の量といった「生理生態情報」まで農家に提供している。高橋さんは言う。

「もともと見える化するのが研究課題でしたが、見える化が実現したことで、情報をどうやって農家が使えるように生かしていくかに問題意識が移ってきています。最終的には100人の農家がいたら、100通りの対処法を提示することになるのかな」

かつての営農指導は、皆で一律にこの収量を目指しましょうというものだった。それが、個々の農家の実力や資金力に応じた増収やコストカットの方法をSAWACHIで示すことになるかもしれないと予想する。

「たとえば作物の光合成の量が低下してきたら、センターから『今の条件ならCO2濃度を上げたら光合成が進みますよ。その効果は、でんぷんの生産量で言えばこれだけになります』と伝える。CO2濃度を上げるには発生装置を動かすぶんコストがかかりますので、最終的に費用対効果まで示せるようにならないといけないと思いますね」(高橋さん)

増収を目指す農家には増収のためのアドバイスを、逆に労力が確保できず増収しても困るという農家には省力化の技術を伝える――といったカスタマイズが実現するかもしれない。

課題はコスト高、脱炭素、離農

これまで見てきたようにさまざまな強みを持つ高知県だが、その課題は何なのか。農業技術センター企画監兼作物園芸課長の細川卓也(ほそかわ・たくや)さんは、コスト高と離農のスピードだと指摘する。施設栽培は露地に比べてコストがかかりがちなぶん、重油やビニール、段ボールなどの資材高が経営に大きく影響する。

「今のコスト高に加えて、国が掲げる『みどり戦略』(※2)ではCO2削減を求めるプレッシャーがかなりかかっています。脱炭素に対応した技術を作っていかないと、今の施設園芸の形のままでは厳しい流れになっていますね。その辺の出口を探していくことが課題です」(細川さん)

これまで重油に頼りがちだったエネルギー源を太陽光や水熱源(地下水をくみ上げて熱源にする方法)などに変えていくことが考えられる。重油で賄ってきたエネルギーをどれか一つで代替することは難しく、いくつかを組み合わせざるを得ないかもしれないという。代替エネルギーを使うには機器が高価になるのが悩みだ。

もう一つの課題である離農は、農家の高齢化に伴うもので、全国と共通する。ただ、高知県では農家数と面積は減り続けているものの、主要な品目の出荷量はおおむね横ばいを続けている。
「環境制御技術などで反収を上げているので、面積の減り方の激しさと比べると、出荷量はこれまでの水準を維持しているんですよ。若手は規模拡大の意欲も強いので、条件の良いハウスが空いた場合は、借り手がつく状態です」(細川さん)

※2 2021年に国が策定した「みどりの食料システム戦略」。2050年までに目指す姿として、農林水産業のCO2排出ゼロ化などを掲げる。

細川さん

企画監兼作物園芸課長の細川卓也さん

県を代表する品目のなかにも、生産量が減っているものはある。生産量日本一を誇るシシトウがそうだ。外食産業など業務用の利用が主体のため、コロナ禍の影響を強く受けてしまった。シシトウはどうしても栽培の過程で辛いものができてしまうことがあり、これまで、家庭や給食での利用は少なかった。そこで農業技術センターでは販路の拡大につなげるため辛み成分を合成する能力がなく確実に辛くならない「非辛みシシトウ」を開発し

非辛みシシトウ

高知県農業技術センターが開発した「非辛みシシトウ」

今後、商標とする名称を決定するとともに、産地への普及が始まる見込み。近所のスーパーで高知県農業技術センターの成果を目にする日も近い。

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