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農家のプライド激突! 派閥争いで地域の営農が危機に【転生レベル10】

平松 ケン

ライター:

連載企画:就農≒異世界転生?

農家のプライド激突! 派閥争いで地域の営農が危機に【転生レベル10】

どこの世界にも、多少の人間関係のトラブルは起こるものだ。ささいな行き違いが原因で、つい最近まで仲良くしていた2人の関係にヒビが入ることも。僕が就農した農村でも、ラスボスとして農村をまとめる徳川さん、先輩農家として若手農家をよく世話してくれる織田さんが対立するまさかの事態が発生! 僕は思いがけず板挟み状態へと追い込まれることになった……。

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本記事は筆者の実体験に基づく半分フィクションの物語だ。モデルとなった方々に迷惑をかけないため、文中に登場する人物は全員仮名、エピソードの詳細については多少調整してお届けする。
読者の皆さんには、以上を念頭に読み進めていただければ幸いだ。

前回までのあらすじ

僕が企画した説明会をきっかけに、3人の新規就農者が地域にやって来た。しかしこの農村という“異世界”での作法を知らない彼らは、先輩方の攻撃対象になってしまった。そこで僕は彼らに自分の体験談を伝えることで、新たなトラブルの火種をどうにか消すことができたのだが……。

前回の記事
今度は新人が攻撃対象に! 先輩として「異世界での生き残り方」を伝授【転生レベル9】
今度は新人が攻撃対象に! 先輩として「異世界での生き残り方」を伝授【転生レベル9】
これまで生活してきた社会とは違う独自ルールが存在する“異世界”、それが農村だ。そんな異世界のようなこの地域に、新規就農者としてよそから初めてやってきた僕。紆余(うよ)曲折を経て地域にどうにか受け入れられるようになった。そ…

ただ、グループの人数が増えたことが、予想だにしない“分断”を生み出す結果になるとは、この時はまだ知る由もなかったのである……。

行政の担当者に先輩農家が激怒!

新規就農した後輩への攻撃も収まった頃、僕より数年前にこの地域で就農していた織田さんも、積極的に新人の世話をしてくれるようになっていた。織田さんの父親はかつてこの地域の農家をまとめていた重鎮だったが、織田さん自身は会社勤めを経て50歳を過ぎてから就農しており、僕たちの良き理解者になってくれていた。僕を含め新人たちはそんな織田さんを信頼し、リーダーのように尊敬するようになっていた。

このように再び平和が訪れた異世界だったが、やはりというべきか、穏やかな日々がそんなに長く続くことはなかった。
しかも今回は、地域を二分しかねない大事件が勃発したのである。

それは、ダイコンの収穫時期の直前に起こった。地域の生産者グループ内で共有する特注品の機械にトラブルが発生。グループはその対応をJAや行政に求めたのだが、なかなか連絡が来ない。数日たってやっと圃場にやって来たJAと行政の担当者に対して、織田さんが「対応が遅い!」と猛烈な勢いで責め立てたという話なのだ。

異世界_激怒

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さらにそこには、急きょ駆けつけてくれた農業機械の業者も居合わせていた。別件で忙しい中、行政の担当者が無理を言って頼み込み、何とか都合を付けて来てもらったらしい。織田さんはその業者にも怒りの矛先を向けたというのである。

業者からすれば寝耳に水の話で、怒鳴られるのは筋違いである。JAや行政の担当者も、何とか頼んで来てもらったのに面目丸つぶれである。

そのうわさが僕の耳に届くころには、農村中に広まっていた。
そして、この時の織田さんの態度を知った地域のまとめ役であるラスボス、徳川さんが「ありえない」と腹を立て、そこから泥沼の事態へと発展していったのである。

ラスボスの顔に泥を塗ることに

「なあ、ケン。ちょっと時間があったら畑に寄ってくれるか?」

うわさを聞いてすぐ、僕は徳川さんから呼び出された。僕が到着するなり、徳川さんが切り出した。

「織田の話、お前も聞いたか?」

かつてこの地域の重鎮だった人物の息子である織田さんに対しては、かなり年下であるもののいつもは”さん付け”で呼んでいた徳川さん。それがいきなり“織田”と呼び捨てである。もちろん「はい」と答えると、思いがけない話が飛び出した。

「実はあれ、俺がJAと行政の人に無理を言ってお願いしたんだよ。あの特注品の機械を作った会社は遠方にあるから、急きょ別の会社の人を呼んでもらって見てもらうことにしたんだ。それにもかかわらず激怒されたら、お前ならどう思う?」

徳川さんと話す

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険しい表情を見せる徳川さん。僕は思わず唾をごくりと飲んだ。織田さんは徳川さんの顔に泥を塗ってしまったのだ。どう考えても、このまま平穏無事に事態が収まるはずがない。

「そうだったんですか……」

僕は、どう答えればいいのか分からなかった。しかし、織田さんと親しくしている僕に対して徳川さんがこういう話をしてくるということは、何らかの対応を僕に求めてのことだろうと推測できた。

「業者の人は『やってられるか』と言って帰ったそうだが、それが当たり前の反応だと思わんか。あいつ、なんてことをしてくれたんだ……」

返す言葉が思い浮かばず、ただうつむいていた僕の頭の中には、グループ崩壊の危機を知らせる警告音がけたたましく鳴り響いていた。

行政の担当者の態度が一変!

数日後、役所に顔を出してみると、明らかに担当者の態度が変わっていることに気づいた。

これまでは「やあ、ケンさん!」と気さくに声を掛けてくれていたにもかかわらず、ぶぜんとした態度にひょう変していたのである。僕は、恐る恐る“事件”について聞いてみた。

「うちの地域の人がだいぶご迷惑を掛けたそうで……」
「いや、いいんですけど、あんな態度で来られたら、ちょっとねぇ」

こちらに気を使ってくれているが、その顔には明らかに不満の色がにじんでいた。

「そうですよね、徳川さんから聞きました。無理を言って業者さんを呼んで下さったのに……」
「まあ、織田さんもちょっとはこちらの立場を考えてくれたらいいんですけどねえ」

迷惑を掛けたことをわびて役所を後にした僕。帰り道、圃場を通りかかると織田さんが作業する姿が見えた。

「織田さん、こんにちは」

僕は、思い切って張本人に声を掛けてみた。

織田さんと話す

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「おお、ケンじゃないか。最近どうだ?」

事件のことは全く気にかけていない様子である。本人には「事件」という認識すらないように見える。

「機械のトラブルがあったようですね」
「そうなんだ、役所やJAの対応が悪いからみんなのために俺が言ってやったよ!」

どうやら織田さんは、詳しい事情を知らないようだ。JAや行政の担当者がどんな風に思っているのか、そして、徳川さんがどれだけ腹を立てているのかも。

そして2人は口を利かなくなった

織田さんに会って1週間後。地域の農家が集まる打ち合わせの場で、2人が顔を合わせることになった。会場を訪れた徳川さんの眉間(みけん)には、深いしわが刻まれていた。

今後の地域活動に関する連絡などがあり、打ち合わせは30分ほどで終了した。いつもなら参加者全員に声を掛けて回る徳川さんだが、織田さんにだけは全く声を掛けようとしない。目さえ合わせることなくそのまま会場を去っていった。

「俺、徳川さんに避けられているみたいだけど、何かあったのか?」

当の織田さん本人は何が起きているのかいまだに理解していないらしい。ただ、すでにうわさが村中に広まっており、打ち合わせに集まった農家の間には、終始気まずい空気が流れていた。

後日、事態を重く見たJAの別の担当者が、織田さんのところに事情を説明しに行き、それとなく徳川さんへの謝罪を促したそうだ。しかし織田さんは「何も間違ったことは言っていない」の一点張りだったようだ。

そして結局、互いに全く口を利かない状況に陥ってしまったのである。

2つの派閥ができあがる事態に!

この一件以降、僕が所属する地域の生産者グループは、二つの派閥に分裂する事態となった。

ラスボスである徳川さんは、地域で知らない人はいない重鎮である。一方、織田さんは、例の「新人攻撃」が落ち着いて以降、熱心に新規就農者の指導役を務めていた。新人3人は戸惑いを見せながらも、日頃お世話になっている織田さんを慕い、理解を示した。それを良く思わない徳川さんを先輩農家たちが支持し、結果として二つの派閥が生まれてしまった。

完全に板挟み状態に陥った僕は、二つの派閥の間でうまく距離を見定めながら、なんとか関係修復を図ることを考えた。しかし、「そういえば、織田さんの件ですけど……」と徳川さんに話を振ってみても、「アイツの話を俺の前でするな!」という反応で、全く話が前に進まない。
同じように織田さんに話をしてみても、徳川さんに謝る気配はないようだ。

ダメだ。これでは移住者の僕にはどうしようもない。そこで僕は、無理に関係修復を図るのではなく、何とかグループ崩壊を避ける道を選択することにした。

まずは新人たちがこの状況に混乱しないように事を運ばなければならない。

「徳川さんの様子では、織田さんと今後一切話す気はないみたいなんですよね」
新人たちを集めた場で僕は現状を説明した。

悩む新人たち

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「そうなんですか、いつも仲良く話していたのに……」
新人の本多さんはそう言葉を返したが、僕の説明を聞いて「関係修復が難しい」と悟ったようだ。彼らは織田さんの味方ではあるものの、徳川さんを悪く思っているわけでもないため、ただ残念そうにため息をついていた。
さらに僕が「グループの運営には支障が出ないようにするから」と亀裂を小さく収める方向性で考えていることを説明し、新人たちには納得してもらった。

その一方で、「徳川派」の中にも、僕と同じように「これ以上グループ内の関係が悪くならないように」と配慮してくれる人が現れた。そもそも小さな規模のグループであり、取引先との関係からも、このまま分裂することだけは避けたいと考えているようだ。こうして両派閥に理解者を作ることで、なんとかグループ運営を続けていくめどをつけることができた。

なんだか釈然としない結末ではある。だが、すべての問題がすっきり解決するわけではない。特に異世界での人間関係は、濃密であるがゆえに複雑だ。僕は今回の一件を通じて、時にはこうした選択をすることも必要なのだと悟ったのである。

レベル10の獲得スキル「問題解決が難しい時は、傷口を広げない工夫を」

徳川さんも織田さんも、お互いにいい大人である。どちらか一方が折れればそれで丸く済む話にも思えるが、農家はそれぞれが個人事業主。いわば一国一城のあるじであり、プライドが高い人も多い。自分が明らかに悪い場合であっても、非を認めて謝罪するのは難しいこともある。ましてや、元々部外者だった移住者が、先輩農家に謝罪を促すのは至難の技だ。

人間関係に亀裂が入り、修復不可能な事態に陥ってしまうケースもある。もちろん関係修復を図ることができれば良いが、うまく行かないことも少なくない。そんな時は、異世界に登場する人物の相関図をきちんと頭に入れたうえでうまく立ち振る舞い、「これ以上事態を悪化させない」「傷口を広げない」ことが重要になる時もあるのだ。

狭い世界だからこそ人間関係のトラブルが大きな事態に発展しかねない“異世界”。外から見ると、のどかで平和な時間が流れているように見えるが、実際には人間関係が濃密であるがゆえに、致命的な亀裂が入る場面もあるのだ。異世界で平和を手にするまでには、まだまだ険しい道のりが待ち構えているようだ……【つづく】

次回、となりの畑に潜む新たな敵とは?
新たな難敵が出現! となりの無農薬農家とのバトルが勃発?【転生レベル11】
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