草刈りや果樹の仕立て方、人間の行動で獣害は防げる! “雅ねえ”に教わる獣害対策実践編
公開日:2023年07月18日
最終更新日:
日本各地の多くの地域で獣害が問題になっています。その解決のためにさまざまな獣害対策が行われていますが、根本的な解決には至っていません。そんな中、島根県美郷(みさと)町は独自の獣害対策で注目を集めています。その立役者の一人がみんなから「雅ねえ」と呼ばれている獣害対策研究家の井上雅央(いのうえ・まさてる)さん。雅ねえが実践する獣害対策のヒケツとは? 雅ねえに直接インタビューしてきました!
動物に罪はない
丹精込めて作った田畑の作物が、害獣に一晩でめちゃくちゃにされる。害獣が掘り返したのり面を、ユンボで整地し直さなければならない。せっかく植えた樹木の芽が食べられてしまい、今後の成長や収穫が見込めなくなる……。
防護柵を乗り越え、ダイコンをほおばるオスのシカ。足元のダイコンは葉っぱも根も無残に食べつくされている
このような鳥獣の被害を受けると、本当に動物に対して腹が立ちます。私は鳥取県の中山間地域で有害鳥獣駆除員をしていますが、地域の高齢の住民たちの中にはこうした被害のせいで農業を諦める人もいます。
でも、全国各地で獣害対策に関するアドバイスを行う「雅ねえ」こと井上雅央さんは言います。
雅ねえ
動物が悪いんやない、その原因をつくった人間が悪い。
雅ねえの獣害対策の根本には、この考え方があります。獣害を人間社会の視点ではなく動物の視点で捉えなおし、徹底的に人間側の行動を変えることで獣害を防ぎます。その考え方と具体策を聞きました。
無意識の餌付けをやめる
山本
前回雅ねえは「動物は畑にあるものが人間のものだとも、土地に境界線があるとも知らない。ただ安心して餌が食えるところに住みたいだけだから、『ここは安心して餌食えるところじゃない』というメッセージを送ればいい」と言いましたよね。
つまり、今の状態は人間が動物に対して「ここで餌食べていいよ」というメッセージを送っているってことですか?
そうやな。しかも餌を食べとる間動物は怖い目に遭わんかったから、明日もここで餌食おうと思うわけやな。
何も対策せんと果物やら野菜やら植えてたら、「イノシシさん、アナグマさん、おいしいごちそう、ここにありますよ~」って言って餌付けして飼ってるようなもんや。
雅ねえ
山本
その向こうのうっそうとしたヤブに柿の大木が1本あって、そこに生々しいクマの爪痕があったんやけど、その木を伐採したら、その後クマは見いひんようになった。
雅ねえ
山本
クマに「もう来るなよ」というメッセージが伝わったということか。
もともと柿の木は山にはないねん。人間が食いたいと思って自分で植えたのに、もういらんからというて放ったらかす。そしたら動物が来るのは当たり前やん。クマにはクマの都合っちゅうもんがあるねん。
雅ねえ
山本
廃棄野菜とかをその辺に捨てておかないとか、柿は最後まで収穫するとか、気を付ければできることはたくさんありそうです。
柿を木に残しておくのも「餌付け」になってしまう。それを食べに動物がやって来るので、残さず収穫するのが大事
動物の「ひそみ場」をなくして動物が嫌がる環境に!
雅ねえの拠点の裏の田畑。裏山とトタンの間の地帯はきれいに草刈りがされていて見通しが良い。高さ1メートルくらいのところで竹を切ったあとがある。カカシもたくさん並んでいる
山本
こうやって見通しがいいと、動物が嫌がって近寄りにくい。竹は1メートルくらいで切ると生えんようになるで。
雅ねえ
山本
「ひそみ場」をなくすという意味でも、草刈りってほんと重要なんですね。動物たちはもう来なくなりましたか?
いやたまに来よる。そこにカカシがたくさんおるやろ? あの向こう側にサルなんかがな。そのときコレ使ってみんなで追い払うんや。
雅ねえ
パイプを利用して手作りされたロケット花火の発射台
山本
ここにな、ロケット花火設置してな、サルが来たら発射して驚かすねん。そしたらカカシまで人やと勘違いして怖いって学習する。カカシだけなら意味ないけど、こうやったら意味がある。んで村じゅうのみんなで「サル出てきたでー! 追い払えー!」って言ってみんなであっちこっちで驚かす。そうするとサルは村のあっちもこっちも怖いって学習する。
雅ねえ
山本
いや、みんなきゃっきゃ言って楽しみながらやっとる。こんな発射台なんか作ってな。イベントみたいなもんや。
雅ねえ
山本
イベント(笑)! なんか獣害対策がエンターテインメント化していますね。
ここなんか、この前草刈りしたところ。左が家、右と奥は農地。草ぼうぼうで、奥には放ったらかしになったキウイの木があってな。
雅ねえ
山本
あっなるほど。キウイが動物を呼ぶんだ。農地や家の周りにひそみ場と餌場があったら動物が来ますね。それにしても、こんなに広い場所の草刈り、雅ねえがひとりでやったの? こんな太い木を切るのも全部!?
ここの土地の持ち主に「草刈りの練習させてください」って言ってな。そしたらなんぼでもええでって言ってくれて、木も切らせてくれた。
雅ねえ
山本
おもしろい(笑)! そうか、土地の持ち主に「草刈りせえ」って言うんじゃなくて、雅ねえは自分で刈ったんだ。「草刈りの練習させて」って冗談交じりで言われたら、持ち主も悪い気しませんよね。
そうやろ。んでな、ここに木が積んであるやろ。これもっと高く積んであったんや。もうだいぶなくなった。近所の人が薪(まき)にちょうどええって言って勝手にほいほい持っていきよる。
雅ねえ
左手には薪にちょうどよいサイズに切られた木が積まれている。丸太を輪切りにしたものもある
山本
確かにこれ広葉樹だし、薪にもってこいですよね! 私も持っていっちゃうかも。こうやって切って積んでおいて持っていっていいよってやっておけば、人が勝手に利用してくれるのか。なるほど、ひと工夫でこれだけうまく回っていくんか。
あ、この大きな木の輪切りは?
これ、椅子や台にちょうどええって言っておっちゃんが持っていったわ。
雅ねえ
山本
あはは。こっちも持っていく人がいるのか。スウェーデントーチ(丸太を立ててたき火にする薪)とかにも利用できそうですね。
草刈りがシカを増やす
山本
私の住む地域ではシカの被害がすごいんです。シカにもシカの都合があるんでしょうか。
あんな、じいさんばあさんが草刈りすればするほど、シカはうれしいねん。余計な草刈りするからシカが増える。
雅ねえ
山本
え? 草刈りが? でも、耕作放棄地の雑草をそのままにしておくと、見た目も悪いし……。
そういう人間の都合で、みんな10月に集落総出で草刈りするやん。しばらくすると新しい芽が出るやろ。あれはシカの大好物なんや。それを妊娠している雌のシカが冬の間たらふく食うて、春に元気な赤ちゃんを産んで増える。
シカだって冬の間の栄養状態が悪かったら死ぬこともあるし、雌が妊娠しても流産したり、出産しても乳の出が悪かったりして子供が育たんかったりするもんやったから増えんかったんや。
だから、10月に草刈りする人はシカを増やしとる人やな。
雅ねえ
山本
ひそみ場をなくすためにも必要な草刈りですが、思わぬ盲点もあるんですね。
ちなみに、耕作放棄地の草を刈るのであれば、いつがいいんですか?
チガヤが種を飛ばし終わったあとの6月か7月に、伸びたススキも一緒に刈る。さらにそれが伸びた8月の末から9月にまた刈る。そしたら「えらいこっちゃ」ともう一度穂を出して、冬にはそのまま立ち枯れして、春草を抑えてくれる。冬の間は「ススキ・チガヤの冬景色」にしとくのがええ。
雅ねえ
電気柵の設置も動物の目線になって考える
山本
電気柵やワイヤーメッシュを設置しただけでは獣害対策はうまくいかないという話もよく聞きます。つい最近、私の集落のおじいさんの畑も、ワイヤーメッシュの下をこじ開けてイノシシが侵入して、畑の作物がやられてしまいました。
同じ田んぼでも電気柵が破られる理由は20も30もあるんや。それを一つ一つ見つけなあかん。
雅ねえ
電気柵が突破された理由を探れ
この前「電気柵してたのにイノシシに侵入された」って言うて、じっちゃんが私のところに来た。現場を見たら坂から下ってすぐのところの電気柵からイノシシが侵入して、そのまま田んぼを走り回った跡があった。さらにその先の侵入した方と反対側の電気柵はなぎ倒されてた。電気柵は道路まで引きずられて、もうめちゃくちゃ。
雅ねえ
山本
そりゃあ、イノシシが電気柵突き破って田んぼに入ったって思って慌てますよね。
でもな、そのイノシシ、ひとつも稲を食べてへんねん。イノシシが好きそうな乳熟期の稲やったのに。
雅ねえ
山本
そういうときはおかしいなと思って現場をよく見るんや。実はな、入り口側の電気柵は山際の斜面のすぐ下に設置してあって、イノシシが横倒しになってこけた跡があった。それでわかった。
斜面を下りて来たイノシシは前のめりやから電気柵が鼻に当たってしまう。んで感電してビックリしてバタバタして気づいたら田んぼの中やろ。イノシシの目線は低いから、周りは稲しか見えへん。パニックになって田んぼの中走り回って、道路側にやって来て「やっと出口見えた!」と思って電気柵突き破って出ただけや、ってわかったんや。
雅ねえ
動物の侵入を防ぐ電気柵。柵にはワイヤーメッシュやトタンなどいくつか種類があるが、手軽に設置できる太陽光発電の電気柵が人気を集めている
山本
へ~、そんなこともあるんですね。普通の人だったら、電気柵をめちゃくちゃにして侵入された現場を見たらすぐに「電気柵はダメだ、効果がない」と判断してしまいますよね。
一般論じゃのうて、被害に遭ってるその現場現場をよう観察して、なんで獣害対策がうまくいかんのか、その都度考えてやっていかなあかんっちゅうことや。
雅ねえ
電気柵の設置方法に工夫
山本
じっちゃんにな、もったいないかもしれんけど、坂側の稲の一部は諦めて刈ってしまって、電気柵をもっと内側に立てたらええってアドバイスしたんや。そしたらじっちゃん、あ~そうかいなって言って、安心してすぐに設置し直したわ。
雅ねえ
山本
なるほど! 思い切って減作するっていう発想はなかったなぁ。私のところのワイヤーメッシュもその発想を利用したら管理が楽になるかも……。
農作業にも工夫を取り入れよう
農作業を楽にするっていう発想も、獣害対策には重要な考え方や。
雅ねえ
山本
なるほど。「獣害対策する時間がない」じゃなくて「獣害対策をする時間を作る」工夫が必要ってことか。
農作業を工夫して獣害対策の時間を作る
例えばな、そこの果樹。これ、もっと背が高かったけど、思い切って剪定(せんてい)して、収穫しやすい高さに育てた。そん代わり、しばらく収穫が見込めんけどな。そうすると農作業が楽になって、作業時間もぐっと減った。
雅ねえ
山本
雅ねえたちの畑の果樹。女性と比べると果樹の高さが低いことがわかる。脚立などに乗らずとも、負担なく手入れや収穫ができるようにという工夫
あとな、モグラなんかは上手に付き合えば害獣でも何でもない。実はヨトウムシも食べてくれるええやつなんや。
雅ねえ
山本
でもよく植えた苗が、モグラのせいで枯れちゃって困るって聞きますよね。
雅ねえ
山本
モグラって肉食やから、ミミズを食べるんや。でも根っこはかじれへん。トンネル開けるだけや。特に被害が多いのは、腐葉土の多いポットで売ってる果菜類の苗を植えたとき。そこにミミズが寄ってくるからな。ほんなら、植えてすぐにトンネルの幅より広く根っこが張れば枯れへん。枯れるっちゅうことは、根っこが張る前にトンネルが下に掘られるからや。だから定植の仕方が悪い。よくあるのが温室育ちの苗買うてきて、その日のうちに石灰まいて元肥入れて、冷たい土に植えるっちゅうやつや。
雅ねえ
山本
1週目に堆肥(たいひ)と石灰入れて荒起こしする。んで土になじませとく。んで2週目に元肥入れて畝立てしてマルチして土を温める。苗もこの週に買ってきて、家の軒下に置いておいて地元の寒さにならす。3週目にマルチであったまった土に、寒さにならした苗を植えると、苗が「わあ、春だ!」って言って一発で根を張りよる。
雅ねえ
山本
せやからモグラも上手に付き合ってやってほしい。ブルーベリーとかの永年作物は、モグラの穴のせいで根が乾燥して枯れたらどうしようもない。この場合は捕獲して、別のところに逃がしてやったらええわ。
雅ねえ
捕獲するしないはどう判断すればいいの?
山本
雅ねえの獣害対策を聞いていると、捕獲の話はほとんど出てきませんよね。雅ねえは、害獣を捕獲する、しないはどういう基準で判断するんですか?
「もう我慢できん。捕獲した方がええ」っていうなら、許可をもらって捕獲したらええ。でもな、今までいろんなところに行って獣害対策教えてきたけど、必ず捕獲せんでも田畑が守れてきた。せやから私は捕獲はせえへんけどな。
雅ねえ
子供たちが動植物の生態を学ぶ林間学校。雅ねえが雑木林を切り開いて作った
今回は、雅ねえが私に話してくれた雅ねえらしい獣害対策を紹介しました。
雅ねえの獣害対策は面白い工夫がいっぱい。一見アイデアマンのような雅ねえですが、動物だけではなく、植物や虫や微生物などの特性などをよく観察して理解し、その上でどうすれば獣害が防げるかを考え抜いた結果の対策法だということがよくわかります。
雅ねえの獣害対策は「○○さえすれば大丈夫」「××のおかげですぐに解決」といったシンプルなものではありません。でも、私たち自身が考えることの大切さや、考えるための糸口は教えてくれている気がしました。
この記事を読むことで、みなさんの獣害対策の糸口が見つかったらよいなぁと思います。