自然農は人の数だけ、地域の数だけやり方がある
竹内さんが自然農法に出会ったのは、中央大学経済学部に通っていた19歳の時。本の虫で、あらゆるジャンルを読みあさっている中、ふと手に取ったのが、福岡正信著『自然農法 わら一本の革命』でした。福岡正信氏といえば、「不耕起、無除草、無肥料、無農薬」という四大原則を掲げて自然と調和した農業を実践した人物で、同書は世界数十カ国で翻訳されています。
「これだ!」と思ったという竹内さん。それまで農業と全く接点がなかったにもかかわらず、なぜこの本に引かれたのでしょう?
「耕さず、肥料も入れずになぜ育つのか、よくわからなかった。わからないけど、すごいと思ったんですね。そしてやってみたいと思いました」。すぐに都内の市民農園に応募。抽選枠を見事勝ち取り、大学に通いながら畑仕事をスタートさせました。
「畑を借りてみたものの、本には具体的なことは何も書かれていなかったんです。農業の知識も経験もゼロだから、種をまいて生えてきたのが草なのか野菜なのか区別がつかない。オクラは実がついて初めてオクラだって気づきました」
何を植えても失敗続き。雑草だらけの畑に周囲からの非難を浴びながらも、自然農の面白さにはまっていった竹内さん。スーパーで買ったホウレンソウは放っておくと腐って溶けてしまうのに、自分が育てたものは外側の葉から一枚一枚自然に枯れていくことにも気づきました。「自分が食べるものは自分で育てたい」。徐々に「自給自足」という生き方に引かれていきました。
市民農園で畑を始めて8年。自然農に関するさまざまな本を読み、著者を訪ねては教えを乞う中で気付いたのは、「自然農は人の数だけ、地域の数だけやり方がある」ということ。
「九州で学んだ方法を、2週間も夏が短い寒冷地の長野でそのままやれるわけではない。耕す、耕さない。肥料を入れる、入れない。考え方も人それぞれです。慣行農法はある程度やり方が教科書的に整理されているから、わかりやすくて誰でも始められるけど、自然農は何が正解かわからない。樹海を歩いているような感じです(笑)」
しかしその中から、ある共通項が見えてきたといいます。それは自然農を行っている土地は「土が団粒化し、水はけと水持ちのよい土になっている」こと。やり方は違っても、目指すところは同じだったのです。
唯一の正解ではなく、なぜそうするのかを伝える
学生時代から家庭教師を続けてきた経験から、人に何かを教えるのは得意だった竹内さん。ならば、「自分で農業をするのではなく、師匠たちの共通項をおさえた、誰でもどこでもやれる自然農の基礎を教えるスクールを作ろう」と思い立ちました。
「『自然農』を語るにはおこがましいので、『自然菜園』をうたっています。大事にしているのは、“答えを渡さない”こと。自然農の考え方や、その作業をする意味・根拠、その結果に至る過程を伝えるようにしています。それがわかっていれば、そこから先は地域やライフスタイルに合わせて自分なりのやり方を見つけていけます」
「自然菜園スクール」を立ち上げた竹内さんは、2006年、安曇野の畑から講座を開始。「『畝』という字も読めないくらい、僕自身が農業に疎かったから」と、農業用語をほとんど使わず、例えを駆使して行う講義や実習は、初心者にもわかりやすいと評判になり、遠方から参加する人や出張講座を依頼されることが増えていきました。長野市、東京都町田市へと校舎を拡大し、見学、稲作、果樹、種採り、醤油&味噌造りなどコースも増えていきました。
オンラインで誰でもどこでも自然農を学べる時代。ビギナー受講者も増加
開校して今年で17年目。以前の受講者は、自然農に関する本を何冊も読んで実践してきたベテランが多かったそうですが、ここ数年は、ほとんど土に触れたことのないビギナーも増え、多様化しているといいます。リアルな体験を求めているIT関係者。オーガニックが当たり前な欧米の食事情に精通している商社マン。食の安全性への不信感や、手に入らなくなるのではないかという危機感から自分で野菜を自給したいという人。農のある暮らしに憧れてきた人……。
コロナ禍でオンライン講座を始めてからは、離れた地域からの参加者が増えました。中にはオランダ在住で来年ニュージーランドに移住し農業を始めるという人や、チリで暮らしながらダイコンの種採りをしたいという人も。
現在、長野校では年4回の「自然菜園見学コース」、年8回の「自然育苗タネ採りコース」、4~10月に8回開催の「自然稲作コース」、2~9月に5回開催の「自然果樹入門コース」、種から小麦と大豆を育てて発酵まで行う「醤油&味噌(小麦・大豆)コース」、道具の使い方や日々の自然菜園、自然稲作、自然果樹の日常メンテナンスなど実際の野良仕事を体験できる「自然菜園のらのら研修体験コース」を設置しています。
中・上級者を対象にした安曇野校では、自分の区画を持って実習できる本科生と、モデル区・共有区での実習を行う聴講生に分かれ、1年間、月1〜2回のペースで自然菜園を実践的に学んでいます。
そして町田校では、オンライン講義と年に5回の畑での実習を組み合わせた「自然菜園入門コース」が用意されています。
ほとんどのコースで、講義を中心にZOOMでのオンライン受講が可能。アーカイブ配信もされているため一定期間は自宅でも視聴することができます。オンラインでの受講者はリアルタイムでの参加とアーカイブ視聴が半分ずつで、女性がほとんどなのだとか。「オンラインであれば、家事や介護、子育ての合間に学べるというのがメリットのようです」
自然に生えて育つ草の力を味方につける
自然農は、必要最低限の世話をしながら野菜が自然に育つ環境を整えていきます。そのためには、相性の良い野菜同士の組み合わせ(コンパニオンプランツ)や、逆に禁忌的な組み合わせを知り、厄介者にされがちな草や虫とも共生することが大切だといいます。
「たとえば『草マルチ』。畑に生えている草を根っこから抜いてしまわず、生え際で刈り取って野菜の株本に敷いていきます。すると土が保湿され、土に日が当たらないため次の草が生えにくくなるばかりか、多様な生き物のすみかとなって害虫の大発生を防ぐことができます。
草の根を残すのは、それを伝って野菜が根を伸ばしやすくするため。やがて草の根は微生物などによって分解され、地面に無数の穴ができます(根穴構造)。すると土に水や空気が供給されやすくなり、ミミズや微生物たちにとっても居心地の良い環境となるのです。それは自然農が目指す土の団粒化につながります。
みんな草を嫌がるけど、敵ではありません。自然に生えて育つ草は、その場所に合っているから誰よりも強い。それを味方につけるんです。草マルチを始めると、草が足りないって困る人も出てきますよ(笑)」
そんな菜園づくりを続けていると、自然との向き合い方や価値観が大きく変わっていく人も少なくないそうです。
雨の日が面倒だと思っていた人が雨を喜んだり、野菜が高いと文句を言っていた人がその背景や生産者の苦労に思いを馳せたり。結果は思い通りにいかなくても、そのプロセス自体が楽しいとのめり込んでいくといいます。自然という複雑で大きな営みの中に人間が生きている、生かされていることを感じるのかもしれません。
一歩足を踏み出すとその先はどこまでも深い、自然農という名の生き方。だからこそ竹内さんは、平易な言葉で、間口は広く、敷居は低く、その魅力を多くの人に伝えようとしています。