園芸とコメの「二刀流」なるか
新潟県の農業産出額の順位は1985年に5位だったのが21年に過去最低の14位まで下がった。同じ東日本だと青森、山形、長野といった園芸の盛んな県が産出額を伸ばし順位を上げているのと好対照をなす。新潟県の産出額に占める園芸の割合は2割にとどまり、全国平均より1割低い。
新潟県の産出額の上がり下がりと、コメに限定した産出額のそれは一致する。2021年の農業産出額は2269億円、うちコメは55.2%に当たる1252億円だった。
新潟のコメの産出額は全国1位。全農産物の作付面積のうちイネは80.3%で県土のほぼ1割に達する。
「コメ作りだけの一本足打法では駄目」
2018年の就任当初からこう言い続けているのが花角英世(はなずみ・ひでよ)知事だ。就任から3カ月後の定例記者会見では「コメの一本足打法から、もう少し園芸とかも含めて、足腰を強くしていきましょうよ」と強調した。
メジャーリーガーである大谷翔平(おおたに・しょうへい)選手の投打にわたる二刀流の活躍にあやかって、今ではコメと園芸の二刀流をうたう。
同県が園芸振興に力を入れる理由について、伊藤さんは「はっきりいって、コメを売り切る自信がないということです」と話す。農業経済学が専門で、同県の農業を20年以上研究してきた。おいしいコメの代名詞として貴ばれた「コシヒカリ一強時代」が終わりを迎えつつあると指摘する。
「他県がブランド米の開発を頑張ったこともあり、コメといったら新潟県産コシヒカリでなければいけないという時代は基本的に終わっています。ほかにいくらでも選択肢があって、新潟県産コシヒカリにこだわるような消費者は高齢者が中心で、食べる量はどんどん減っていく。若い人にとっては新潟ってコメがおいしいんだって、へえーみたいな、そんな時代になってきているんじゃないか」
秋田に倣った「1億円産地」づくり
花角知事が一本足打法からの脱却を目指したのは、やはり米どころである秋田県の動きが影響している。秋田といえばあきたこまちを擁し、農業産出額の5割をコメが稼ぎ出す。
ところが、佐竹敬久(さたけ・のりひさ)知事は園芸振興とコメ脱却を打ち出す。2014年に1億円の販売額を築く「園芸メガ団地」を県内各地に設ける「園芸メガ団地事業」を始めた。これは、機械や施設の整備にかかる費用のうち県が半分、地元の市町村が4分の1を補助するというものだった。
「秋田でメガ団地構想をぶち上げたのが新潟県庁は羨ましかったんですよね。秋田のまねをして、新潟も1億円産地を作ると言って鉛筆をなめなめ振興計画を作ったところがある」と伊藤さんは言う。
秋田県の動きを受けて新潟県は「1億円産地づくり」を打ち出す。2019年に発表した「園芸振興基本戦略」で、2024年までに販売額が1億円以上の園芸産地を50つくって現状の倍とし、園芸の面積を25%増の5000ヘクタールにすると掲げた。しかし、伊藤さんは疑問を呈す。
「園芸の産地を作るということは悪いことではないですけど、寄せ集めて1億円にしたって何か意味があるのか。産出額が大きくたって、もうかっていなければ何にもならんでしょうね。園芸の拡大は大切であるにしても、売り先となるマーケットがなければ産地どうしで競合し合ってしまうので、むやみに増やせば何とかなるというものではない」
伊藤さんがこう指摘するように、重要なのは産出額の多寡よりも所得のはず。だが行政自体に経営感覚が乏しく、どうしても販売額が多いという分かりやすい目標に飛びついてしまいやすい。
水田からの転作というと、いきおい手間のかからない大豆や枝豆を作りがちだ。需要が供給を圧倒的に上回る大豆はともかく、枝豆は供給過剰に陥る可能性もある。
「多くの県は園芸振興を何十年も前から頑張ってきた。秋田と新潟は、一番どんくさいグループ。周回遅れで今さら園芸にしゃしゃり出てうまくいくかという疑問がつきまとう。コメはもうからないから(園芸を)やらざるを得ないという苦しい立場なんじゃないか」(伊藤さん)
稲作を園芸に置き換えようとすると問題になるのが、園芸が必要とする労働時間の長さだ。茨城県の記事で紹介したとおりで、少人数で広い面積をこなせる水稲と、多くの人手をかけて狭い面積で収益を上げる園芸は雲泥の差がある。
「園芸だけで県全体の農業を支えることはできないので、本体はあくまでコメでプラスアルファが園芸。園芸振興は悪いことではないですけど、現状は県庁として頑張っている感を出すためのアリバイ工作としてやっている。新潟にしても秋田にしても、そういう掛け声倒れに終わっている感は否めない」(伊藤さん)
高コストになりがちな新潟のコメ作り
新潟農業の成長をけん引したのは、なんといってもコシヒカリだ。いまやコシヒカリは全国で最も多く作付けされる品種で、2021年産でコメ作付面積の実に33.4%を占める。2位のひとめぼれ(8.7%)を大きく引き離し独走状態だ。新潟県内でその比率は69.5%に達する。
一方で、停滞も招いた。園芸をしようにも水田の土地改良が済んでおらず、水はけをよくして畑として使うのが難しいところがある。コメを作っていれば食えたことに加え、そもそも県土が広く、土地改良をいきわたらせるには他県より時間がかるという事情もある。
土地改良の遅れは、地代を高くし農家の経営の足を引っ張ってもいる。伊藤さんは言う。
「新潟県内の地代は下がってきてはいるけれど、高い。下げられない理由の一つが土地改良後に地主から徴収する賦課金です」
賦課金は土地改良事業の受益地に割り当てる。土地改良事業を担うために組織される土地改良区が地主から徴収し、工事費の地元負担分の支払いや事務経費、農地や用排水路の維持管理費などに充てる。
新潟市内には亀田郷土地改良区と西蒲原(かんばら)土地改良区という二大土地改良区がある。地主が払う2023年度の賦課金は水田10アール当たりで亀田郷が1万1500円以上で、伊藤さんによると西蒲原も同じような水準という。賦課金の全国平均は農水省土地改良企画課によると4216円(2021年度)で、新潟県は高い部類になる。
「地主にすれば農地を貸して耕作者からもらう地代の下限が賦課金になるんです。だから米価が下がったからといって地代を安くできるかというと、そうもいかない。農家は高い地代を払わないと農地が集まらないので、手元に残る利益が少なくなってしまいます」(伊藤さん)
土地改良後しばらくは賦課金に地元負担分の償還金が入っているため、高くなりがちだ。新潟は土地改良の進捗(しんちょく)が遅く、賦課金が高い状態を脱せていない土地改良区が少なくない。
「県によってだいぶ事情が違いますね。新潟のように土地改良で作った借金を皆で返していく段階にあり賦課金がまだ積み上がったままの県もあります。そうかと思えば、土地改良を早めに終えてしまって、賦課金が下がってきている富山のような県もあります」
土地改良を行った農地の割合を示す圃場整備率は、富山県は8割を超す。新潟の水田の圃場整備率は2022年3月時点で65.2%にとどまる。
新潟の賦課金が高くなるもう一つの理由は地理条件にある。同県中部から北部に広がる越後平野はもともと低湿地で水がたまりやすく、強制的に排水する排水機場といった設備を建設しなければならなかった。そうかと思えば標高が高く水が足りずに用水路を引いたりポンプで水を上げる揚水機場を設置したりする地域もある。
「その点、関東平野の土地改良費は新潟の3分の1ほどに過ぎません」(伊藤さん)
新潟のコメ作りが高コストになるもう一つの理由が、県外への販売が多いことに伴うコストのかかり増しだ。
「コメの販売価格が高いとはいえ、全国に幅広く売らねばならないため運賃をはじめ販売経費がかかり、土地改良費や地代も高いため、それらを除いた実収益は必ずしも高くありません」
伸び筋の業務用米に弱さ
コシヒカリに起因するもう一つの課題がコメの業務用需要に応えきれていないこと。コメは家庭で炊飯する割合が減り、中食・外食向けの業務用割合が伸びる傾向にある。米どころでも秋田、宮城、福島、茨城などがその需要に応えているのに対し、新潟は「業務用米で出遅れていた」(伊藤さん)
業務用が伸びる大きな流れのなか、番狂わせだったのがコロナ禍に伴う外食需要の減退だ。
「コロナで家庭内食の割合が高まった過去2年は、他県に比べると新潟県産米は売れ行きが好調で、家庭内食に強いという長所を発揮したんですね。外食需要が減った影響は、他県に比べれば軽微だった可能性があります。ただ、業務用需要が回復するなかで2022年産米はかなり売れ残っています」
業務用米の産地のなかには、出荷する単位によって品質に差が出ないよう、品質を平準化するために乾燥調製施設に追加の設備投資をするところもある。業務用需要への対応が待ったなしの状況にある。
「県内の産地は新潟県産米はおいしいから、ちょっと安く売れば業者は喜んで買いに来るだろうくらいの感覚でいるところがある。単に安くしただけでは実需者の求めるものにはならない。他県並みに業務用需要に向き合って努力をしていけば伸びしろがあるかもしれませんが、今のままやっていてもなかなか他県には追いつけない」
アフターコロナにおける新潟農業の戦略が問われている。