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スマート農業の導入はハードルが高すぎる!?  70歳、元SEが作るイチゴハウスのシステム構築

スマート農業の導入はハードルが高すぎる!?  70歳、元SEが作るイチゴハウスのシステム構築

もはや市民権を得たといっても過言ではないのが「スマート農業」。ロボット技術やICTを駆使し、農作業における労働負担を軽くする強い味方だが、ネックとなるのが高額な導入費用だろう。熊本県玉名郡和水町(なごみまち)でイチゴを栽培する吉永苺園の吉永智紘(よしなが・ともひろ)さんは元SE(システムエンジニア)の経験を生かし、自らハウスの自動開閉のシステムを構築した。しかもそれを始めたのが、スマート農業という言葉すらなかった2007年というのだから驚きだ。最小限の出費でどのように作り上げたのか、詳しい話を聞いた。

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きっかけは「買い物に行きたかったから」

吉永さんが2007年に作ったのはハウス内温度を検出し、ハウスの谷部分を開閉することで自動換気するシステム。時期や時間帯に応じて温度管理をすることでイチゴの品質と収量を上げることを目的とし、既存の換気モーターを取り付けて、プログラムで制御している。

設定温度よりも高くなるとビニールハウスが開き、低くなると閉まる、また雨が降ったら温度に関係なく閉まるという原理だ。

現在のフルオープン型になったのは2015年である。

ビニールハウスには、近年の最新型ハウスで見かける、ビニールを天井まで巻き上げる事ができるフルオープン型の換気モータと制御盤がついている。

「自分が本当に必要だと思うものだけをシステム構築したので、費用は抑えることができたと思います。(掛かった総額は)多分30万くらいじゃなかったかな」と話す吉永さん。

市販されているシステムを購入するとなれば、一式で100万円を超えることもある中で、30万円は破格といえる金額だ。

作ろうと思ったきっかけを問うと「買い物に行きたかったんですよ」と飄々(ひょうひょう)と答える。

農家を悩ませることの一つが天候不良だ。特にイチゴは雨に弱いので、急な悪天候に見舞われた場合は外出中でも途中で引き返してビニールハウスを閉めなくてはならないことも珍しい話ではない。そこで、もし外出をしていたとしても「ビニールハウスが自動的に閉まればこのようなことにはならないはず、作ってみよう」と思ったのがきっかけだったそう。

元SEとはいえ、事務系のソフト開発ばかりで制御系のソフト開発に携わった経験がなかったので、当初は四苦八苦の連続だった。ゴールは決まっているが、その過程が分からない。誰に、何を聞けばいいのかもわからないという状態からのスタートである。

そこでまずは自身のイメージを固め、該当する商品はないのか、ネット検索を行った。そこで自動制御をするツールを取り扱うメーカーのサイトにたどり着き、リモート入出力装置をパソコンにつなぐ事で、温度センサーや雨センサーを介してスイッチをOFF/ONできる事を知った。

制御系システムを構築するためのツール類がすでにパッケージ化されているので、ゼロからシステムを組み上げなくても、比較的簡単にシステム構築できるようになっているのも魅力だ。しかも、このソフトの最小構成版が無償提供されている、ということが判明した。

そこでメールで問い合わせし、自分のシステムイメージを伝えた。さらに、メールによるサポートを依頼。快い返事をもらったので、取り組みを始めた。

手探りで、とりあえずやってみる

「パソコンを触ること自体は何の抵抗もなかったんですけどね。なにせやったことがない分野ですから。資料を読み込んで、それでも分からない時にはまた電話しての繰り返しでした」と吉永さんは笑う。

それでもあくことなく没頭し続けられたのは、やはり元SEの血が騒いだといったところだろうか。

プログラムが組めればあとは動力をどうするのかという点だ。プログラムはあくまで指示を出す、いわば「脳」の部分なので、実際に動かすには制御盤が必要となる。

そこで今度は制御盤作りを行った。もちろんこれも一からのスタートである。
完全自動化にしてしまうと、万が一システムにトラブルが起こった場合、手動で動かせないのは致命的である。また、ビニールの張り替え時や台風対策時にも手動は必須であるため、手動はマストだ。

ビニールを巻き上げる動力は、既存の手巻換気装置を改造利用しシャフトで連結、モーターにチェーンをつなぐことにした。ただ、ここでも問題が発生する。

モーター制御時にビニールを破いたり装置を壊したりしてしまうのだ。

そのため幾度となく試作を行い、最終的には手巻換気装置の後ろにらせんコイルとリミットスイッチを使い、ちょうどいい場所で止まるように設定することで問題は解消した。

その後、2015年に換気モーターとその制御盤を商品化する事となり、試作機の稼働テストを吉永さんが受け持つことになった。第一弾システムの完成から8年ほど経過し、老朽化のためトラブルも出始めたので、もろ手をあげて歓迎し、第二弾の製作に取り掛かった。

今度は手巻きの換気装置を取り除き、代わりに換気モーター8個と、その制御盤を取り付けた。自作プログラムは一部変更程度で済んだのだそう。

ソフト面もハード面も完成したところでいよいよ第二弾システムの試運転だ。

計算ではうまくいく予定だったが、試運転でモーターを8台同時に動かすと容量オーバーで動かなかった。

「あまりにも、使うエネルギーが強すぎたんです。動き出すタイミングが最もパワーを必要とするんですが、だからといって1棟だけつけたって意味がないでしょ。うち4棟ビニールハウスあるんですから。そこで動き出すタイミングを100分の1ずつずらしたんですよ。そうしたらうまくいきました」

微妙にずらせば解消できるとすぐに思いつくのはさすがという一言に尽きる。

モーターを個々に単独で動かすことで得られるメリットは、何といってもビニール張り替えが楽になったこと。また、台風到来時、天井まで巻き上げる事で、ビニールを剥がす手間がなくなったのが大きいのだそう。

異業種からの新規就農

前述したように吉永さんは元々SEとして農業とは縁がない環境で働いていた。

50歳を過ぎて新規就農に踏み切った大きな理由として、父親の体調の変化を挙げる。

「元々農業をしていた父親が病気で入院することになったんですよ。何かあれば私が面倒みるという覚悟はあったんですけど、だからといって農業を継ぐという思いはありませんでしたね」

事実、それまで東京在住だったが、転勤願いを出したのは実家がある熊本県の支店ではなく、隣の県である福岡県。現在吉永さんが居住する玉名郡和水町は県北に位置するため、通勤を考えると福岡のほうが通いやすいという面もあるが、そもそも農業を継ぐ気がないので、まだ幼かった子どもの学費等を考えると福岡で勤務しているほうが理にかなっていたのだ。

その後、熊本支店に転勤となり実家に戻ったものの、5年後には「再び東京本社へ」と辞令が出た。次、東京に行けば二度と帰ってくることはないだろうと考え、家族とも相談して早期退職し、実家の農業を継ぐこととなった。

同居してはいても農業の手伝いは一切していなかったが、年老いた両親が大事に守っていた畑をそのまま放置するという選択はできなかった。

両親が元気なうちは父母と共に3人でイチゴを作っていたが、現在は妻と2人。5年ほど前に熊本県の新品種である「ゆうべに」が登場したので、さっそくこの品種に切り替えた。この品種はうどんこ病に強く、大粒で多収が見込める。年も取ったので畑の広さを 13アールまで減らしている。

「もちろん最初の5年は農業の収入だけでは食べていけませんでしたね。やっとプラスが出た時に人って精神的に余裕ができるんです。そこでやっと、ああこんなのあったらいいのになと思って作ってみようかなって思ったんです。でなきゃ、とてもそんな余裕はありませんよ」と吉永さんは語る。

ビニールハウスを自動開閉する機械のほかにも、電照装置、循環扇装置、自動灌水装置など何でも自作。防犯カメラも設置した。

次から次へと自分が欲しいと思うものをカタチにする吉永さんだが、今後の展望を聞いてみたところ
「強いていうなら、日照や湿度、CO2も自動で計測して自動開閉できるようになればいいなあとは思いますけど、現在はもういいかな? と頓挫しております」と笑いながら話す。

確かに手間等を考えれば市販されているスマート農業の機器を購入したほうがいいだろう。

しかし、何が必要で何が不要なのかを事前に自分自身で判断し「これなら自作できるのかもしれない」という発想力も、農業をする上で必要なものではないかと強く感じた。

「もう年だけん」と言いつつも、精力的に動く吉永さんが生み出すイチゴはどんな味がするのだろうか。収穫時期が楽しみになったのはきっと筆者だけではないはずだ。

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