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農業の大規模化・機械化の先にあるのは、限られた経営者だけが残った「さらなる過疎社会」!?

農業の大規模化・機械化の先にあるのは、限られた経営者だけが残った「さらなる過疎社会」!?

大規模化・機械化が進む北海道の農業。スマート農業の導入も推進され、さらなる省力化、効率化が期待されています。しかし、徹底した生産性向上の先に待ち構えているのは「さらなる過疎」が進行した地域社会であることが危惧され始めてきました。この地域の未来予測に危機感をもって、これまでの生産性向上重視の価値観から転換を意識する農家も出始めています。
農林水産省が推奨してきた大規模化・機械化は決して北海道特有の問題ではありません。これから日本の農業はどこに向かうべきなのか。北海道・オホーツクキャンパスに研究室を持つ東京農業大学生物産業学部自然資源経営学科准教授の小川繁幸(おがわ・しげゆき)さんに話を聞きました。

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小川先生

経営管理能力の高い農家が農地を確保し、さらなる大規模化が進む

農業の生産性を高める過程での、規模拡大・機械化の推進

北海道では、土地条件や気候条件を踏まえつつ、機械での作業効率を考慮した生産方式がとられているので、基本的には複合的農業や多品目生産ではなく、選抜した品目を大規模に生産する農家が多いと思われます。本州に比べ、広大な土地での経営を展開しやすいという立地上のメリットを最大限に生かすのであれば、大型機械の導入は不可欠です。ただ、機械を導入するとなると、その購入費や維持費は莫大(ばくだい)なため、経営効率を考えると、機械の稼働率を考えて、機械の使い方や確保の仕方(共同購入、中古品購入、レンタルなど)を検討する必要があります。

機械化などを通じて生産効率を高めていく中では、経営耕地面積の拡大も当然検討されていきます。この点から、農業の生産性を高めていく過程において、規模拡大・機械化が推進されてきました。

私が所属する大学のキャンパスが立地する北海道網走市は、麦類・テンサイ・ジャガイモの基幹作物を中心に、大型畑作経営が展開されている地域ですが、2021年時の一戸当たりの平均耕地面積は45.4ヘクタール(出所:網走市 「令和4年度 あばしりの農業」(https://www.city.abashiri.hokkaido.jp/360nogyo/010nougyou/))になります。これは全国の1経営体当たりの平均耕地面積よりも高い数値になりますが、その生産方式を支えているのは作業機械です。

経営規模の限界値50ヘクタールの壁を越える農家も!

網走市をはじめ、北海道は広大な耕地で作業機械の導入による生産効率化を進める過程において、経営規模を拡大してきました。そのような中でも、経営体の中心となっていたのは家族経営でした。労働力の確保の点から、これまで家族経営での経営規模の限界値の目安は50ヘクタールといわれてきましたが、今やその限界値が間近に迫っています。

また、かつては50ヘクタールが限界といわれてきた中で、さらなる機械化の推進に加え、ICT・IoTといった情報技術を活用したスマート農業に力が入れられていくことで、より少ない労働力で効率的な農業が展開できるようになり、50ヘクタールの壁を越えてくる農家も出始めています。そのため、地元からは「まだまだ規模拡大は可能だ」「家族経営でもまだまだやれる」という声も上がっています。

大規模経営には、優れた経営管理能力が必要

なお、このような、広大かつ大規模な農業経営を問われる農家は、経営管理能力が高くなければ営農活動を安定的に展開することができません。農家は単に作物を作ることだけに注力すれば良いという訳ではなく、資材コストや機械費、労働力の確保などを前提に綿密な生産計画を立て、さらにその生産物をどのように流通・販売するのかも考えた上で営農計画を立てているのです。その点では、北海道には経営管理能力に優れた農家が多いのではないかと思います。

ただ、そのような北海道においても、農家の高齢化は顕著に進んでいます。いくら機械化が進んでいるとはいえ、どうしても人力での労働が必要な作業はありますし、機械での作業といえども体への負担は生じますので、高齢者だけでの作業には限界があります。ゆえに、後継者がいない農家はどうしても離農を選択せざるを得ない状況が生じます。

ただ、経営管理能力に優れ、規模拡大に意欲的な農家がいる中では、貸与や譲渡を希望する農地が出れば、すぐに受け手が現れるので、ますます、一戸当たりの経営耕地面積は大きくなる一方です。

グラフ

また、そのような農家においては、年商が億単位ということも珍しくありませんし、後継ぎにも困らないことが推察されます。ゆえに、農家が規模拡大に意欲的なのは当然のことだと思います。

機械化

大規模化・機械化の先に見えたのは、経営者だけが残って、ヒトも生活もない町……

優れた農家に農地が集まる結果、ヨソからの就農希望者が新規参入しにくい状況に

経営管理能力に優れた農家は、大規模な農地で効率的な経営を追求しますので、生産方式においても省力化が進みます。多くの人手を要する農業ではなくなっていくので、従来の家族総出で支える農業スタイルに固執する必要がありません。

また、離農者が出たとしても、経営管理能力に優れた農家がその受け手になりますので、農地の空きが生じづらくなります。もしヨソからの新規就農希望者がいたとしても、離農する農家にしてみれば、事情を知らないまったく縁もゆかりもない他人に、大事な資産である農地を貸したり、譲渡するより、営農経験が豊富で、しかも経営管理能力にたけた農家に譲りたいと思うのは当然ですから、そのような地域において、新規参入者の就農は進みづらいことが予想されます。

また新規参入就農者は、もとより個人または夫婦など、少ない労働力を前提として農業を始めるケースが多く、最初から資金に余力があるとは思えませんので、多数の雇用労働力を前提とした農業から始めるとは考えにくいかと思います。

加えて、農地を獲得しづらい地域においては、作業請負業務をビジネス化していくという考えもあるかもしれませんが、営農実績が乏しいところにどれだけの委託依頼があり、またどれだけ実績をあげられるかも未知数ですので、作業請負を前提に地域に参入していくことも難しいかと思います。

そうなると、新規参入就農者は基本的には、零細な農業をまずは前提とする方が多いと考えられます。しかし、大規模化・機械化が進んでいる地域の離農者としては、自らが経営してきた大きな面積の圃場(ほじょう)を信頼できる方に譲りたいので、新規参入就農希望者と農地を貸し付け・譲渡したい離農予定農家との間にはミスマッチが生じやすくなってしまいます。

その結果、経営管理能力にたけた農家が地域の農業を支えている状況は、新規参入就農の難しさの要因にもなっています。外からのヒトの流入がない中で、地域からは高齢化の影響によって、より農家がいなくなる一方です。そして、経営管理能力にたけた農家は、より生産合理性を求めて、人件費よりも機械費の方が安いのであれば、よりヒトではなく機械に頼る農業を進めていきます。

また、農業における機械化は生産活動だけでなく、加工や流通・販売の中でも進行していますので、農業にかかわる労働はヒトから機械に代替され、農業を基幹産業としてきた地域においては、より一層、雇用機会が失われていきます。
こうしたサイクルの果てに見えてくる地域の将来像は、「経営者はいるけれど、ヒトがいないマチ」です。

地域に農業は残っても、ヒトが残らない/残れない場所になる可能性

国が目指す「Society5.0」の社会像において示されている未来の農業においては、スマート農業の進展によって、遠隔操作を可能とする生産活動や、AIを駆使して気象情報・市場情報を踏まえた超効率的な生産性の高い農業が描かれています。ただ、その未来の農業においては、ヒトの仕事が機械に置き換わることで、ヒトがいらない農業にも見えます。マチからヒトがいなくなれば、学校や病院などの生活インフラもままならなくなり、地域からはよりヒトがいなくなります。

ゆえに、未来の農業では、地域に農業は残っても、ヒトが残らない/残れない場所になる可能性もあります。もちろん、単純にそのような未来になるとは言えませんが、生産合理性の元で、大規模化・機械化を進め、もうけだけを意識した農業を突き詰めていくと、地域が“農業するだけの場所”と化してしまう可能性があることに危機感を感じています。大規模化・機械化の先には、「農業をやりたいヒトを育む環境」や「生活をしたくなるような環境」が失われた地域が待っているかもしれません。

個人の利益追求だけでなく、地域農業のあり方を考え、皆で農業を続けていくために

このような中で、個人の利益だけを追求することに危機感を感じ始めた農家もいます。

「自分たちだけもうかればいい。こうした考えはもう捨てなきゃいけない。地域としてこの先も存続していくには、地域内外から、農業をやりたいヒト、若いヒトを、みんなで受け入れていく方法を考えなくては」

これは昨年、北海道オホーツク地域において開催された指導農業士・農業士の研修会において、地域農業をリードする指導農業士・農業士から発せられた言葉です。指導農業士・農業士も農家ですから、地域農家にとっては行政やJAからの提案以上に、指導農業士・農業士の言葉には重みが生じ、農家に響きやすいかと思います。これまで大規模化・機械化が顕著に現れていた北海道オホーツク地域の農家の中では、地域社会の中での農業のあり方や地域の将来という観点から、これからの農業のあるべき姿を捉えようと、農業に対する意識が変わりつつあります。

研修会

農業は時代の最前線!

個人の利益追求だけでなく、地域農業のあり方を考え、皆で農業を続けていくために

北海道だけの問題ではありません。本州でも農地を拡大し、大規模化・機械化を進めて年商数十億を売り上げる「現代的豪農」が現れています。食料自給率がカロリーベースで40%を切っている今の日本において、安定した食料供給を支えるという意味で、「現代的豪農」の果たしている役割はとても大きいといえます。

しかし、農業の価値はそれだけにとどまりません。昨今、SDGsの広がりやコロナ禍をきっかけに、人々の関心はローカルへと向かっています。自然に近いところで生活したいというヒトや、「農」のある暮らしに憧れるヒトが増え、企業もこの潮流から、都心ではなく自然豊かな農村に、新たなビジネスチャンスを見いだそうとしています。

また、持続可能な社会のあり方やこれからの人々の生き方を考える上で、自然との共生が大切です。その共生のあり方を考える上では、ヒトと自然との共生を基盤としてきた農村にあるのではないでしょうか。その点では、自然との関係性が強く問われる農業のあり方や農村を守っていく活動は、時代の最前線の活動であるともいえるのではないでしょうか。

芋掘り

地域内循環によって農村を持続可能に

循環形態がミニマムになればなるほど、現代社会の矛盾が小さくなる

このヒト・モノ・カネの「偏り」がさまざまな社会問題やエネルギーの無駄を引き起こしていると考えています。

たとえば農村で栽培された作物の多くは、人口が集中する都市や消費地に提供するために生産されています。農村のヒトたちは、地元のモノを食べたくても農家が生産した作物の多くは、地域外に向けて流通・販売されるので地場モノが食べられない。食べられたとしても、土地条件や気候条件に合わせて効率的かつ最適な農業を目指していく中で、「産地」が形成されていったので、地域で生産される作物にもバリエーションが乏しくなっています。

今や農村といえども食卓を豊かにしようと思うのであれば、自らが家庭菜園を行なわなければ、農家でさえ季節によっては野菜などをスーパーで購入しなければなりません。特に、複合的農業や多品目生産ではなく、選抜した品目を大規模に生産する生産方式を選択してきた農家が多い地域においては、意外と地元の農産物を食べていません。

また、作物の栽培に必要な農薬や肥料の多くは海外に依存しています。自らが自給できない材料で作物を生産し、さらに輸送費をかけて地域外に販売し、その過程で得た収入で、他の地域で生産されたモノを購入する。一見、合理的なように見えて、ヒト・モノ・カネの循環形態を考えるとムダがあるように思えますし、持続性が担保できているかというと、生産活動に必要な資源を地域外に依存している段階で、危ういように思えます。

やはり、持続可能性に向けた社会におけるヒト・モノ・カネの循環形態を考えると、循環はできるだけローカルである方が社会の全体合理性が担保されやすいと考えています。

かねてから「地産地消」の重要性が指摘されてきましたが、社会の持続可能性を考える上ではいかにこれが重要な視点で、大切にすべきポイントであるかが、今の世の中の状況を考えるとよくわかります。

この循環形態を意識すれば、作物の生産に必要な肥料などの資源は自ら、またはできるだけ近隣の畜産農家から仕入れる。そして、地力の回復力を損ない過ぎない範囲で生産活動を続け、得た作物はできるだけ地域内で流通・消費する。そのためにも、地元の消費者だけでなく、農家も自ら生産した作物を積極的に消費する。また、そのような地産地消の消費活動は農家の生産活動の支援にもなるので、農家は営農活動を続けやすくなる。経営が安定すれば、雇用を検討する余力も出てきます。そこで、自らの利益追求だけでなく、ヒト・地域を中心とした農業を模索・検討することで、地域で雇用する受け皿が生じれば、ヒトがとどまる・集まる農業⇒持続可能な地域となります。

このように、循環形態がミニマムになればなるほど現代社会が抱えているさまざまな矛盾が小さくなり、社会の全体合理性のもとで、いかにローカルな循環形態を形成していくかが、持続可能な社会の構築のカギになろうかと思います。

直売所

コミュニケーションや情報収集&発信がこれからの農業経営のカギ

経営者や起業家として、農業を一つのビジネスモデルとして捉える

農家の数も農地も減少していく傾向がある中で、自らはどのような農業を目指し、どのような経営戦略を立てていくのか、改めて考えていく必要があります。
そして、圃場の立地環境(中山間地域・平地・都市近郊 等)や経営方針(大規模化、地産地消、多角経営 等)、農家としての生き方(収益追求、ライフスタイル優先 等)など、さまざまな面を踏まえて目指すべき農業を考える必要があります。

大規模化・機械化は、もちろん重要な経営戦略の一つです。しかし、現代的豪農たちと同じ土俵で競う覚悟が必要です。

昨今、持続可能な農業のあり方は多様化しています。単に生産活動のみに注力するのではなく、6次産業化・農商工連携といった多角経営もそうですし、作物の販売先を見直したり、分散させることでリスクマネジメントを展開することも重要な経営戦略です。ゆえに農家は作物を栽培するだけでなく、経営者や起業家として農業を一つのビジネスモデルとして捉えていくことが重要です。

農業を通して地域や社会に提案したい価値とは

また、その際には、自らの農業に対する意識を、「圃場」から「地域」や「社会」という点にまで広げていくと、農業への向き合い方や考え方が変わってくるかもしれません。(……自らは農業を通じて、地域、社会に対してどんな価値を提案できるのか。どのような暮らし方を望んでいるのか…… など)。

これから農業と向き合って行く上では、圃場で作物と向き合ってきた時間と同じくらい、農家同士、または地域外の方や異業種の方、世代の異なる方など、多くのヒトとコミュニケーションをとっていくなかで、自らが目指すべき農業を模索してほしいと思います。

そして、農家の皆さんには、持続可能な社会の構築という社会課題の解決に向けて重要なキーマンとなる可能性があることと、そこに社会のさまざまな方々が期待と関心を寄せていることを意識して、これからのビジネスモデルを模索していただきたいですね。

新規就農者

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