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秘境のジビエが人を呼ぶ? 国産ジビエ認証第2号「祖谷の地美栄」

秘境のジビエが人を呼ぶ? 国産ジビエ認証第2号「祖谷の地美栄」

日本各地で今問題になっているのが、野生の鳥獣による農作物の被害だ。国や自治体は厄介者の動物たちの捕獲を推奨し、各地の猟友会が求めに応じて活動をしている。しかし、害獣とはいえ命。捕獲した鳥獣をジビエとして活用する事例も全国で広がっている。そんな中、ジビエの品質を保持するための「国産ジビエ認証」を取得し、ジビエのブランディングに成功している「祖谷の地美栄(いやのじびえ)」を取材した。

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断崖絶壁の観光地でジビエが人気

かつて平家の落人が隠れ住んだという伝説が残る徳島県西部の秘境、祖谷(いや)。日本三大暴れ川の一つ、吉野川が結晶片岩を削って作り上げた祖谷渓は、昔は人が歩いて通るのもやっとの難所だったという。中でも国の名勝にも指定されている大歩危小歩危(おおぼけこぼけ)には、そのダイナミックな自然を見ようと海外からも多くの人が訪れる。

祖谷渓

祖谷渓

そこで今人気のグルメが、ジビエだ。観光客の集まるスポットでも、ジビエバーガーやソーセージなどが販売されている。筆者もいくつか購入して、早速食べてみた。このあたりはシカがよく捕れるそう。険しい山を駆け回ったせいか、脂肪分の少ない赤身肉は程よい歯ごたえで臭みはなく、とてもおいしい。

ジビエ料理

祖谷の道の駅などで売られていたジビエの加工品

これらの加工品の原料となるジビエは、「祖谷の地美栄」という地元の鳥獣専門の食肉加工施設で処理されたもの。有害鳥獣として地元の猟師が捕獲したシカやイノシシがここに持ち込まれる。
もちろん背景にあるのは、地元で問題になっている獣害だ。祖谷のある三好市では年間4000頭ほどの有害鳥獣が捕獲されている。年々増える被害に、自治体が対策に乗り出し、有害鳥獣捕獲を推奨している。
一方で、その肉を地元の新たな名産としようと、食肉加工施設「祖谷の地美栄」を2014年に設立。2019年1月には農林水産省の「国産ジビエ認証(※)」を受けた全国2番目の施設となった。ここで生産されるジビエは地元だけでなく、今では徳島県外のレストランのシェフからも注文があるという。

※ 消費者が安全なジビエを食べられるようにするため、審査員の客観的チェックにより、厚生労働省のガイドラインに基づいた適切な衛生管理を行う施設を認証する制度。

もともと害獣が多い地域ではなかった

「祖谷の地美栄」の運営責任者である高橋敬四郎(たかはし・けいしろう)さんは、妻の出身地である東祖谷に30年以上前に移住。もともとは船舶の機関士として世界中を回っていた。移住後は地元の旅館などで調理師の仕事などをしていたが、縁あってここの施設長になった。

祖谷の地美栄アイキャッチ_03_高橋敬四郎さん

高橋敬四郎さん

高橋さんが地元出身の人に聞いた話によると、昔はこの地域はそれほど害獣被害の多い場所ではなかったそう。当時は売られているような肉は高価だったため、地元の人にとってシカやイノシシの肉は貴重なたんぱく源だった。植林のために山奥に人が入っていってもめったに見かけず、ましてや人里に下りてくることはなく、捕獲量も多くなかった。害獣駆除が始まる少し前までは、シカのメスは捕ってはいけないという規制があったほどだ。
しかし、20年ほど前から祖谷地域でも獣害がひどくなってきた。高橋さんは地元の人が困っているならと、自ら狩猟免許を取得し、猟友会に入って捕獲を始めた。昔は猟友会の会員もたくさんいたが、高橋さんが加わるころには50人ほどになっていた。しかも皆かなり高齢で、冬場に自分で捕って食べるために狩猟免許を取得した人たち。もちろんその肉を販売して現金収入にすることもなかったという。しかし県が補助金を出して有害鳥獣駆除をするようになってからは、お金になるからとどんどん捕獲が進んだ。中には年間200~300頭も捕る人もいた。
捕獲数が増える中で、その肉を資源として活用しようと、設立されたのが「祖谷の地美栄」だ。施設や設備は県の予算で、運営は猟友会が母体となって設立した合同会社祖谷の地美栄が担っている。
高橋さんが立ち上げに参加したのは「たまたま調理師の免許を持っていたから」だそう。だれか食肉加工の責任者が必要ということで、白羽の矢が立った。

国の認証の取得へ

国産ジビエ認証を受けなくてもジビエの販売は可能だ。祖谷の地美栄が認証を取得したのは「自治体からのすすめがあったから」だったという。「はっきり言って、手続きは面倒だった」と高橋さんは笑いながら言う。しかし、認証取得のために国内の先進地で研修を受け、その際に学んだことが今のジビエの品質の維持に役立っているそうだ。

金属探知機

金属探知機

祖谷の地美栄に持ち込まれる有害鳥獣は、猟師が捕獲した現場で止め刺し(とどめを刺すこと)と血抜きを行ったもの。この作業をスピーディーにかつ適切に行わなければならない。その後、なるべく早く施設に持ち込み解体処理を行う。ここまでのスピードでジビエの品質が決まる。

運搬車

捕獲された動物を運ぶ運搬車

しかし、捕獲されたシカやイノシシのうち、ジビエになるのは約1割。「捕獲した場所が遠すぎたり、撃った場所が悪くて食肉にできなかったり。猟師が食肉にはできないと判断したら、その場で埋める。持ち込まれても、やはり捕獲した現場での血抜きの状態が良くなくて、食肉にできない場合もある」と高橋さんは説明する。
そのため祖谷の地美栄では、猟師向けにジビエにするための止め刺しの方法などの講習も行うようになった。その時に教えているのが、国産ジビエ認証の取得の際に学習したことだ。
「先進地で教わったのは、なるべく肉に手を触れないようにして処理する技術。以前はたまに『肉に毛がついていた』といったクレームもあったが、今はそんなのはないね」(高橋さん)

シカ肉

取材日の朝に捕獲され、解体処理したばかりのシカ肉

国産ジビエ認証を受けるには、捕獲された個体がいつ搬入されたかに始まり、どのように加工され消費者に届いたかを追跡する「トレーサビリティー」の仕組みが確立されている必要がある。祖谷の地美栄ではそれをクラウドシステムで構築した。最大のメリットは、管理のしやすさだ。どこでだれがいつ捕った肉かを登録すると、台帳ができてすべての情報がシステムで一元化される。注文もWebで受けるので、客にとっても発注が楽で、発送処理も簡単。肉の真空パックに付けられたQRコードで、製品の情報が消費者にもすぐにわかるようになっている。「去年まで運営者は私1人だったが、このシステムのおかげでやっていられた」と高橋さんは言う。

後継者現る!

最初は猟友会のメンバー5人で運営していた祖谷の地美栄だったが、メンバーが高齢ということもあって抜けていき、高橋さんが1人で運営する状態が長く続いていたという。しかし昨年2022年の夏、1人の若者がメンバーに加わった。香川県観音寺市出身の松本純平(まつもと・じゅんぺい)さんだ。

松本さんと高橋さん

松本純平さん(写真右)

市街地で生まれ育ち、高校卒業後は神戸のパン屋で働いていたが、父親が高橋さんと知り合いだった縁で、ここで働くようになった。もともと狩猟に興味があったわけではないが「高校の授業でタヌキの解剖をした経験があったので、動物の食肉処理に抵抗はなかった」という。
今では狩猟免許も取得し、自ら捕獲をするようにもなった。地元になじむために消防団にも入り、飲み会にも参加し、周囲の先輩たちの会話に交じる。まわりに同年代の若者はおらず、買い物をするような場所もないが、それほど問題は感じないという。「実家に車で1時間ちょっとで帰れるので」と、毎日実家から通うのは少し大変なので引っ越してきたぐらいの意識なのだろう。覚悟して移住してきたという気負いは感じられない。「ずっとここにいたいと思う」とさらりと言う松本さんの姿には、若者らしい柔軟さも感じられた。

続けていくには、若い人が必要

祖谷の地美栄での年間処理頭数は年々増え、売り上げも増加傾向だ。飲食店など業務用の販売が9割を占めるが、コロナ禍の間もほとんど売り上げの落ち込みは見られなかったという。今は肉が足りず、猟師に持ち込みを頼むほどだ。
一方で、最近はますます獣害も増えていて、自治体を通じて猟友会への捕獲依頼も増えているという。筆者は祖谷のある三好市周辺の農家を数件取材したが、どこに行っても「獣害がひどい」という声を聞いた。
「この辺ではもう住民は農業で食っていってない。今作っている野菜は自分のところで食べるもの。それもネットで囲ってないと、すぐに動物にやられてしまう。動物たちも、おいしいものの味を覚えてしまったんだろうなあ」(高橋さん)

現在、猟友会に所属する猟師のほとんどが60歳以上で、新たに入会する人も数年に1人程度だそうだ。地域全体が高齢化する中、移住してきた高橋さんと松本さんが「祖谷の地美栄」を支えている。「できればあと1人でも若い人が入ってくれたら」と高橋さんは言う。動物が施設に持ち込まれる時には何頭も重なることも多いし、施設が休みの土曜や日曜に獲物がかかることも多いからだ。「そうしたら、週休2日になって働きやすくなる」とも言う。
国産ジビエ認証を取り、品質の良い肉を提供しても、人がいなければ続けられない。地域を守るためのジビエの取り組みが利益を生む仕事となれば、その地で暮らす人を呼ぶこともできるだろう。

祖谷の地美栄

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