厳しい山頂の入植地をほうれんそうの一大産地に 受け継がれるフロンティア精神
栃木県日光市の鶏頂山(1,765m)は、県北3市1町にまたがる高原火山群の主峰のひとつ。見渡す限りの山々に囲まれた標高1,200mの台地に、夏から秋に出荷される高原ほうれんそうのブランド産地、鶏頂山があります。
昭和20年代初頭、太平洋戦争後の開拓事業で満州からの引揚者などが入植し、その手で農地を開墾しました。
そのフロンティア精神を受け継ぐ生産者の一人、秋葉孝志(あきば・たかし)さんは入植者の3代目にあたります。
「初代は自給自足を目的に、戦後の焼け野原から鶏頂山へ入植したのでしょうが、決して甘くなかったと思います」と秋葉さんは先祖へ思いを馳せます。
まだ電気も水道もなく、冬は深い雪に閉ざされる山の中で、開拓者たちは生活の糧を得るために多くの困難を乗り越え、気候や土壌の課題に立ち向かい、この地の農業を発展させてきました。
冷涼な気候を利用して、かつては牛の放牧やいちごの育苗(山上げ栽培)が行われた時代もありました。秋葉さんの父の代にほうれんそう、だいこんなど高原野菜の生産が始まり、昭和40年代にそれらの野菜指定産地になりました。
秋葉さんに代替わりした昭和の終わりには、ほうれんそうの雨よけハウス栽培が導入され、量産・安定出荷を実現。高品質な夏ほうれんそうの産地として鶏頂山の名が知られるようになりました。
鶏頂山の高原ほうれんそうは、雪解け後の4月に播種が始まり、5月下旬から11月中旬まで収穫・出荷されます。高冷地の朝晩の温度差が、色鮮やかで葉肉が厚く食味の良いほうれんそうを育みます。
秋葉さんが代表を務める秋葉農園は、なだらかな傾斜地に広がる2.7haの圃場に雨よけハウスを構え、収穫時期をずらしながら4作を栽培しています。ハウスごとにほうれんそうを収穫し、包装、予冷までを倉庫で行い、首都圏の市場へ毎日出荷しています。
近年生産者が減っている夏だいこん(1.5ha)の栽培にも継続して取り組み、妻と母の家族3人、パート4人、特定技能研修生4人の総勢11人が和気あいあいと働く笑顔と活気に満ちた農園です。
ほうれんそうを食害するケナガコナダニとの戦い、好転させた新剤とは
「この産地には探求心が旺盛な生産者が多く、資材について常に勉強を重ねています」と話す秋葉さん。自身もまた、4回の作ごとに栽培品種と肥料を変える方法を確立してきました。
しかし、開拓地の生産者たちが長年戦っているのは土壌病害虫です。なかでも、ほうれんそうの難防除害虫であるケナガコナダニは、秋葉さんがほうれんそうの栽培を始めた時からの悩みの種。
近年は特に深刻で、既存の薬剤だけでは十分な効果が得られず、また一部の薬剤ではほうれんそうの葉が焼ける症状が出るという問題もあり、ローテーション防除が成り立たなくなっていました。
ケナガコナダニは高温に弱く真夏は減るとされていますが、8月でも涼しい鶏頂山の圃場では、春から晩秋までの栽培期間を通して発生します。食害に遭ったほうれんそうは、芯が真っ黒になるか、葉先に鳥肌が立ったようなギザギザができ、ハウス全体で株を廃棄せざるを得なくなるそうです。
「私の経験では、ケナガコナダニは乾燥した畑に出やすく、だからといって潅水すれば出ないわけでもなく、農薬なしでは防ぎきれません。根絶することは不可能なので、ローテーション防除で低密度の状態を保つことが最善策です」と秋葉さんは語ります。
決定的な薬剤がなく、ローテーション防除のラインナップを欠く状況が続いていた2022年秋、秋葉さんに朗報がもたらされました。JAかみつがの担当者から、待望の新薬が紹介されたのです。
その名は「ネコナカットフロアブル」。ネダニ類、ケナガコナダニ類の脱皮を阻害する新規系統の薬剤です。
「これは使えると思いました」と声を弾ませる秋葉さん。その理由は3つ。
まずは新薬であること。
昔からある薬剤が適用拡大されるケースはありますが、すでに抵抗性がついている可能性があるため、むやみに使いたくないというのが秋葉さんの考えです。
そして、フロアブル剤であること。
他の主な薬剤と混用して散布できるため効率がよく、比較的刺激臭が低いため身体的にも楽に感じられるのは、過去にいろいろな薬剤を試してきた秋葉さんならではの見解です。
第3のポイントは、1000倍希釈であること。
「500ℓタンクにネコナカットフロアブル1本(500mℓ)とわかりやすいので作業ミスがなくなります」と秋葉さん。経営者として農場の安全管理に取り組む上で重要なポイントです。
雨よけハウス栽培の確立が集大成、防除ローテーションで産地持続化
自分が良いと思う資材は一刻も早く使うのが秋葉さんの主義。
JAかみつがの担当者からの紹介で試験を行い、効果が良かったので、すぐに「ネコナカットフロアブル」を本格導入しました。
「ネコナカットフロアブルを防除ローテーションの中継ぎとして投入しています」と秋葉さん。
ほうれんそうの発芽から収穫までの30日の間で、10日目に先発の第1剤、15日から20日目に中継ぎのネコナカットフロアブルを投入します。
「よほどのことがない限り、3剤目を投入せずに防除が仕上がるので、抑えの切り札としての役目も果たしていますね。ケナガコナダニが幼若虫のうちに防除すれば、食害はほとんど防げます」と笑顔を見せます。
待望の新剤「ネコナカットフロアブル」の登場によって、秋葉農園では長らく決め手がなかったほうれんそうの防除がひとつの形になりました。
産地ではどの生産者も情報にアンテナを張っているため、秋葉さんが伝えるまでもなく、良いものは広まっていくのだとか。「ネコナカットフロアブル」も、鶏頂山のほかの生産者に広がり続けていることでしょう。
今後の抱負を尋ねると、「私の計画はすでに達成している」という秋葉さん。その集大成が雨よけハウス栽培です。鶏頂山開拓地の入植者の子孫たちは、雨よけハウス栽培で量産・安定出荷に取り組み、ほうれんそうの産地化・ブランド化をはかり開拓の歴史をつないできました。
そして、課題だったケナガコナダニの防除ローテーションのピースが埋まりました。
「もう、次の世代のやり方に変わって当然です」と晴れやかな表情の秋葉さん。環境の変化を受け入れ、ただし甘んじることなく新しい挑戦を続けるその開拓精神は、これからも受け継がれていくのでしょう。
取材協力
秋葉孝志さん
JAかみつが
お問い合わせ先
協友アグリ株式会社
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