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雑穀とは──国際雑穀年に世界と日本の食文化と健康を考える

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雑穀とは──国際雑穀年に世界と日本の食文化と健康を考える

キビ・アワ・ヒエなどの雑穀は、長きにわたって多くの日本人が主食としてきた作物だった。しかし、戦後の経済成長の中コメの生産量が増え、主食の座から陥落。雑穀を作る農家も次第に少なくなった。その一方、近年では健康志向の高まりを受けて雑穀の価値を見直す動きも盛んである。
国連が定めた「国際雑穀年」を迎えた2023年、雑穀について改めて考察を深めるべく、一般社団法人日本雑穀協会会長を務める日本大学生物資源科学部教授の倉内伸幸(くらうち・のぶゆき)さんの研究室を訪問した。日本・世界における雑穀の重要性や雑穀の未来についてお話を伺う。

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■倉内伸幸さん プロフィール

一般社団法人日本雑穀協会会長、日本大学生物資源科学部アグリサイエンス学科教授。信州大学大学院修了後、青年海外協力隊としてチュニジアに3年間赴任し、現地でムギ類の栽培・研究指導などにあたる。帰国後、日本大学にて30年以上、開発途上国のムギ類および雑穀の作物学、遺伝育種学的研究に従事している。 また、アフリカの農業技術協力や雑穀を通じた国内の地域活性化に取り組んでいる。

「雑穀」の定義とは

「雑穀」という言葉からは“その他の穀物”というイメージを抱きがちだが、「厳密な意味では、意外と狭く定義されています」と倉内さんは話す。

「雑穀とは、イネ科作物であり、かつ、英語で“ミレット(millet)”と呼ばれるものを指します。たとえばヒエ(Japanese millet)やアワ(Foxtail millet)、キビ(Common millet)などが雑穀にあたります。ただし『国際雑穀年』に際しては、そうした学術的な定義に加えて、ミレットではないソルガム(※1)とテフ(※2)も雑穀として取り上げることと国連で決められました」

とはいえ実際の社会では、倉内さんも認める通り「学術的な定義とは異なり、いろいろなものが雑穀として取り扱われている」ことも事実だ。たとえば五穀米に含まれる麦や豆、あるいはハトムギ・キヌア・ソバなども雑穀として一般には認知されている。倉内さんは、「主食として扱われるコメや小麦を除いて、実を利用する作物が雑穀として一緒くたに取り扱われる傾向にありますね。アカデミックには厳密に区別するべきですが、一般市場に対して厳密な用法を迫っても仕方がないでしょう」と話す。

※1 日本では「タカキビ」や「モロコシ」、中国では「コーリャン」といった名称で知られるイネ科の植物。イネや小麦の育たない地域でも栽培可能で、乾燥に強い。

※2 エチオピアの伝統的な主食に用いられるイネ科の植物。粒が非常に小さいのが特徴。

雑穀の定義

雑穀と呼ばれる作物(画像提供:倉内伸幸)

健康ブームで雑穀が再評価されている

2023年は国際雑穀年であると国連によって定められた。その背景や意義はどういったところにあるのだろうか。

「国際社会において、世界の健康や栄養に注目が集まっています。そこで、機能性についての科学的なエビデンス(裏付け)が蓄積されてきている雑穀に白羽の矢が立ちました。国連が掲げる栄養・健康に関する目標に対して雑穀は価値が高いことが、国際雑穀年が定められたきっかけだったようです」(倉内さん)

FAO(国連食糧農業機関)の統計によれば、雑穀の生産量ではインドが世界シェア44%(2021年)と圧倒的だ。「インドが国連に対して猛烈にプッシュしたことも、国際雑穀年につながったのかもしれません」と倉内さんは言う。

国別の雑穀生産量の割合

FAOの統計をもとに筆者作成

雑穀の普及には大きく分けて2つの意義がある。1つ目が飢餓対策だ。

「たとえばサハラ砂漠やその南縁に位置する西アフリカのニジェール・マリ・チャドなどでは、主食は今でも雑穀です。乾燥が厳しくコメや小麦の生産が難しい土地では、雑穀であるトウジンビエは無くてはならない作物です。ロシア・ウクライナの問題などから小麦の輸入も難しくなっており、西アフリカにおいて雑穀の重要性はさらに高まっています」(倉内さん)

トウジンビエ

雑穀の一種であるトウジンビエのアフリカでの栽培の様子。乾燥に強く、降水量が著しく少ない場所でも栽培可能(画像提供:倉内伸幸)

欧米や日本などの先進国においては、雑穀を主食として食べている人はほとんどいないだろう。雑穀普及の2つ目の意義としては、栄養・健康への貢献が挙げられる。

「例えば、雑穀は鉄分やビタミンB2などの栄養価が高いと言われています。しかもイネ科の雑穀はグルテンフリーなので小麦アレルギーを持つ人でも食べられます。その他、ハトムギ(※3)は肌の代謝を促進させる効果があると言われていますし、モチムギを白米に混ぜると食後血糖値の上昇を抑える効果があるというデータもあります。今は量より質の時代であり、先進国の富裕層はそうした栄養価や機能性を目当てに雑穀を食べています」(倉内さん)

※3 イネ科の植物で、原産地は東南アジア。薬用として輸入されたのが始まりで、現在でも漢方や化粧水、お茶などに用いられている。

雑穀は、日本の食文化を支えてきた

日本の食を語る上でも、雑穀は非常に重要な立ち位置を占める。

「日本では縄文時代後半には農耕が行われていましたが、ヒエやアワなどの雑穀が最初の農耕品種であったことは間違いないでしょう。その後も最近まで、寒冷地や水の無い場所など稲作に適さない地域では雑穀が盛んに作られていました。中山間地が7割を占める日本において、雑穀はすごく重要な存在だったと言えます。
もちろん、食文化を語る上でも雑穀は欠かせません。年貢のために作られていたコメとは異なり、一般的な農民の主食は雑穀でした。祭事でもモチアワやモチムギを使ったお餅やお酒が供されていたようです」(倉内さん)

稗造君

ヒエの焼酎「稗造君(ひえぞうくん)」

ところが昭和30(1955)年頃を境として、雑穀は食卓から姿を消すことになる。稲の品種改良が進んで、山間部や北海道・東北などの寒い場所にも稲作が拡大し、雑穀が主食として食べられることは少なくなった。
現在の日本では、栽培品目としての雑穀はかなり厳しい立ち位置にある。倉内さんは、「雑穀は在来品種ばかりで品種改良が進んでおらず、単位面積あたりの収量はコメの半分ほどです。しかもコメがある以上、主食にはなりえない。雑穀は、コメに混ぜて炊いたりサラダに乗せたりする副菜的な扱いなので販売先も限られており、農家さんが雑穀生産だけで食べていくのはかなり難しい状況にあります」と話す。

こうした厳しい流れの中でも、雑穀を受け継ごうとする動きもある。

「岩手県の雑穀生産者の高村英世(たかむら・ひでよ)さんらのグループは、雑穀の文化を守る活動を行っています。雑穀ブームが始まる前から有機農法で栽培されており、哲学を感じますね」(倉内さん)

局所的ではあるものの、雑穀生産に尽力している地域は残っている。岩手県では、市場のニーズをくみ取ったモチアワの新品種「ゆいこがね」が10年ほど前に開発された。来年には新たなアワの品種がリリースされる予定もあるという。雑穀の普及は容易ではないが、機能面・栄養面で注目されている機運をつかみつつ、地域ブランドを確立させていくことが鍵となるのかもしれない。

ゆいこがね

岩手県で開発されたモチアワの新品種「ゆいこがね」(画像提供:倉内伸幸)

雑穀と食料安全保障

いま、農業生産の不安定さが地球規模で問題となっている。「ロシア・ウクライナの問題もあり、コメ・小麦・トウモロコシの三大穀物の需給バランスが不安定になっています。しかも気象の観点からも災害のスパンが短くなっており、乾燥や豪雨が頻繁に起きています」と倉内さん。その上、栄養の偏りやアレルギー問題が指摘される中で、生命力が強く栄養価も高い雑穀が注目を浴びているのは必然だ。「欧米諸国、中進国の都市部などでは、機能面・栄養面に着目した需要が非常に伸びています」と倉内さんは説明する。

食料自給率が課題となっている日本においても、食料安全保障の観点からも雑穀の生産・消費を進めるべきだと倉内さんは考えている。三大穀物への依存度の高さを鑑みると、雑穀の価値を見直すべきタイミングが到来しているのかもしれない。

倉内先生ラスト

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