食と農業の未来を志向する仲間づくりの場
今春、北海道北広島市で開業した、プロ野球・北海道日本ハムファイターズの新球場「エスコンフィールドHOKKAIDO(北海道)」。同球場を中心とする「北海道ボールパークFビレッジ」エリアの一画に、農業学習施設「クボタアグリフロント」はある。
JR北広島駅から球場へ向かう道中、ガラスハウスの中ですくすくと育つイチゴやトマト、アスパラガスが目に飛び込んでくる。最新の農業技術をそろえた屋内栽培エリア「TECH LAB(テックラボ)」だ。ここでは、最先端のアグリテックを実際の作物の生育状況を見ながら体感できる。イチゴの高設栽培のほか、土を使わない栽培方法でミニトマトを育てている。館内にはリーフレタスを栽培する植物工場も備えており、栽培能力は日産約150株にも上るという。
「テックラボ」で栽培されたトマトやリーフレタスなどは、併設するカフェで来場者にふるまわれている。
「当施設は『“食と農業”の未来を志向する仲間づくりの場』をコンセプトとして立ち上がり、これまで農業との関わりのなかった方にも、農業への興味関心を持っていただくことを目指しています。プログラムとして、施設見学ツアーを主とした「アグリフロントコース」と、農業経営ゲームと施設見学がセットのプログラム「アグリクエストコース」の2つを用意しています」。こう説明してくれたのは、クボタの北海道ボールパーク推進課担当課長、石井裕樹(いしい・ゆうき)さんだ。
アグリフロントコースの施設見学ツアーは誰でも参加でき、アグリクエストコースは小学校高学年~大学生までの児童・学生が対象。料金はアグリフロントコースで100円、アグリクエストコースが300円(いずれも税込み)。コミュニケーターの案内を受けながら、施設内に用意されたブロックごとのコンテンツを進めていく流れとなっている。
石井さんに案内してもらい、本来は学生限定のツアープログラム「アグリクエストコース」へ特別に参加させてもらった。
食と農の課題の実態
ツアーはまず、農業人口の減少など日本の農業課題のほか、環境問題やフードロス問題などの世界を取り巻く課題を知るところから始まる。大型スクリーンによる上映が行われ、正面、左右の壁と床を加えた4面の映像空間で、食を取り巻く事情や農業の課題などについて没入体験することができる。
映像は、食卓に並べられた料理から生産、流通などの流れをさかのぼって、食に携わるに人々の奮闘の様子を演出。「食卓に届くまでのストーリーを見ていただき、いろんな人たちが食に携わっていることを学んでほしかった」(石井さん)からだ。
当事者として、多様な農業経営への理解深める
次のブロックへ歩みを進めると、ツアーの目玉ともいえる農業経営ゲーム「アグリクエスト」のゾーンへたどり着く。
アグリクエストは新規就農してから5年間の農業経営が舞台のシミュレーションゲーム。5チーム(最大40名)によって、最終得点数を競うというものだ。プレーヤーは経営規模を広げるための経営判断を下していき、ここでの選択によって「経済力」「販売力」「社会貢献力」「チーム力」のいずれかが加点されるという仕組み。これらの合計点によって、最終得点数が決まる。
ゲームのシナリオ制作には、農業経営のコンサルティングなどを行うファームサイド株式会社代表の佐川友彦(さがわ・ともひこ)さんがアドバイザーとして携わるなどプロ農家の視点も交えており、プレーヤーの選択における得点推移やゲーム途中でランダムに発生するイベントなどは大変リアリティーがある。
石井さんはゲーム開発の目的について「食と農の課題のほか、フードバリューチェーン(食の流通工程で生まれる付加価値の連鎖)の重要性について、農業経営者という主体者の一人となって学んでほしかった。農業をするにもいろいろな方法、さまざまな販路があり、その多様性を伝えたかった」と説明。ゲームの対象は小学4年生以上の児童・学生をメインターゲットとして設定しているが、「視察に訪れた自治体の方でも、プレー中は悩むシーンがいくつもあり、大人でも楽しめるコンテンツだと思います」と胸を張る。
「まさに農業の未来」。最先端のアグリテックが一堂に
ゲームを終えると、続いては屋内栽培施設「テックラボ」の見学だ。ガラスハウス内では農薬散布ロボットや温湿度管理を担うAIなど、最先端のスマート農業が顔をそろえる。コミュニケーターが「作物だけでなく、そこで働く人にとっても快適な環境を実現している」と説明するように、実際にハウスの中へ足を踏み入れると、温湿度が高くなりがちなイチゴのハウスなどでは考えられないほどの快適さだった。
テックラボではイチゴ、ミニトマト、アスパラガスの3品目を栽培している。石井さんは「一年を通して作物が実り、それを支える技術を見られる場所を作りたかった」と、作物選定の理由を説明する。驚くべきは、そのほとんどでスタートアップ企業や農業ベンチャー企業のプロダクトを採用している点だ。例えば、ミニトマトの栽培では土の代わりにナノサイズの無数の穴が開いた特殊フィルムで栽培する「アイメック農法」を採用。イチゴでは、AIが養液を点滴かん水する自動化システムを取り入れている。リーフレタスを栽培する植物工場では、クボタも出資するスタートアップ企業「プランテックス(PLANTX)」の技術力が光る。
「地域や子どもたちと、スタートアップ企業らがつながることができるコミュニティーツールにしたかった。農家さんの絶えない苦労を、最新技術で解決する様を見ていただくことも、この施設の意義の一つだと思っています」と石井さん。さまざまな企業のプロダクトが集積する点でも、クボタアグリフロントが掲げる「仲間づくり」のコンセプトが垣間見える。
こうした先進技術を一目見ようと、テックラボには日々多くの若手農家らが訪れるという。「自分たちが使ったらどうなるんだろうと考えながら視察されている方が多くいらっしゃる印象。『まさに農業の未来ですね』という期待の声も多くいただいています」(石井さん)
子どもたちの職業選択に、農業という選択肢を
今後もテックラボでは、新たなアグリテックを導入していく方針。直近では、まだ市場に出ていない最新機器の実証機を導入予定だという。
「日々進化していくアグリテックをどんどん見せていく場所だと思っています。現在の作物体系は変えずに、新しい技術を積極的に導入し、来場者の皆さまに『農業の未来は明るい』と感じていただける栽培エリアにしていきたいです」と石井さん。
イベントも拡充していく予定。10月中旬にはスマート農業体験会と題して、北海道大学にあるトラクターを参加者が遠隔監視・操作できるイベントを開催予定だ。
「当施設の役割は10年後、20年後に向けた種まきという位置づけです。訪れた方々が農業の抱える課題に気づき、何かできることはないか考えるきっかけになれば。子どもたちの将来の職業選択の際、選択肢の中に農業というキーワードが生まれたら一番うれしいですね」(石井さん)
持続可能な農業へ──。私たち消費者の役割についても再認識すると同時に、未来の農業に思いをはせることができた取材だった。
【取材協力】
KUBOTA AGRI FRONT
営業時間:10:00〜18:00
※カフェは16:30ラストオーダー、17:00クローズ
休館日:毎週月曜日、年末年始