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在来作物で名をはせ、次は有機リンゴ【後編】「絶対に無理だ」の声をはねのけた「本気」の挑戦

在来作物で名をはせ、次は有機リンゴ【後編】「絶対に無理だ」の声をはねのけた「本気」の挑戦

山形県の在来作物「甚五右ヱ門芋(じんごえもんいも)」の販路開拓に手ごたえを感じ始めた株式会社日々代表取締役の佐藤春樹(さとう・はるき)さん。そこに、祖父のリンゴ園を継承する話が持ち上がった。有機栽培へのこだわり、加工用専門のリンゴ園という選択、甚五右ヱ門芋とは異なる世界観の構築など、新たなブランドの立ち上げに奔走する。2024年にはシードルの醸造所を開業するなど、佐藤さんの挑戦は止まらない。

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■佐藤春樹さんプロフィール

プロフィール 株式会社日々代表取締役。高校卒業後、地元企業に就職した後、農業を営む父方の実家で就農し、在来作物の甚五右ヱ門芋を軸に事業を展開。その後、母方の実家のリンゴ園を継承し、加工専門の有機リンゴ栽培を開始。2020年に株式会社日々を設立し、代表取締役に就任する。
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全国の消費者や料理人などから強い支持を得ている山形県の在来作物「甚五右ヱ門芋(じんごえもんいも)」。順調に成功を収めてきたかに見える生産者の佐藤春樹(さとう・はるき)さんだが、実は社会人生活をスタートさせる時には「やり…

どうせやるなら有機だ

新庄市にある母方の祖父のリンゴ園を継承することになった佐藤さん。新たに遠藤拓人(えんどう・たくと)さんという仲間を得て、すぐにリンゴ園の引き継ぎに入った。しかし、病気を患った祖父とは数カ月間しか一緒に作業ができず、リンゴ栽培のすべてを習うことはできなかった。

そこで、山形県内の知り合いのリンゴ農家に教えてもらいながら、手探りで栽培に取り組んだ。

「きれいで立派なリンゴをつくるのは、とても難しいんです。祖父がやっていた頃でも、そこまでピカピカのリンゴができていたわけではなかったですから」

甚五右ヱ門芋を有機栽培で育てていた佐藤さんは、「どうせやるなら、リンゴも有機でやりたい」と考えた。
見た目が悪いのなら、ジュースやシードルなど加工専用にすればいい。そう考えた佐藤さんと遠藤さんは、青森県で加工用リンゴを専門に栽培しているリンゴ農家の元へ研修に行った。導入している機械や生産規模などはまねのできるものではなかったが、ジュース加工だけで経営が成り立つ手ごたえを感じることはでき、考えは固まった。

「どうせ加工用のリンゴを栽培するなら、誰もやっていない国産有機リンゴのジュースを、僕らが先頭を切ってやっていこうと思ったんです」

「有機農業への信念が強かったというより、誰もやっていないことにチャレンジしたかったから」と語る佐藤さん。難しいといわれる有機リンゴも、本気でやれば栽培できるし、販路も広げられる自信があったという。

加工用リンゴ

有機栽培にこだわった加工用のリンゴ

15トンのリンゴが600キロに激減

リンゴ園を引き継いだ最初の年、有機栽培でも例年通りの収穫量が得られた。「これは有機でもいける」。佐藤さんは手ごたえを感じた。

しかし、それは祖父が慣行栽培をしていた時の農薬の残効のためだったことが後に判明する。農薬の効果が薄まってきた3年目には、リンゴの実が木からどんどん落ちていった。例年15トン収穫できていたリンゴが、その年は600キログラムしかとれなかった。

危機感を覚えた佐藤さんたちは、秋田県でリンゴの有機栽培に取り組む知人を訪れ、栽培方法を教えてもらった。言われた通りの管理方法を実践すると、佐藤さんのリンゴ園は通常レベルの収穫量に戻った。

2022年には、すべての圃場で有機JAS認証を取得した。
「そもそも慣行栽培と有機栽培で圃場を分ける考えはなかった」という佐藤さん。「有機でやると決めた以上、それは理念としておかしい。それは本気とはいえないだろう」

祖父から受け継いだ2ヘクタール250本のリンゴ園は、現在4.7ヘクタール650本にまで広がった。新しく植えた苗木も、少しずつ実をつけ始めている。

収穫

リンゴ園で収穫する佐藤さんと遠藤さん

ブランディングと法人化

リンゴ園は「リンゴリらっぱ」と命名した。デザイン会社に100個ほど出してもらった案の中から選んだ。
「イラストもリンゴとゴリラとらっぱで楽しそうじゃないですか」と佐藤さん。「それに『リンゴ、ゴリラ、らっぱ』としりとりが続くところが、持続可能な農業を目指す自分たちのスタイルにもつながっているな、と。とても気に入っている名前です」

リンゴリらっぱのロゴや商品パッケージは、ポップでかわいらしい。代々、真室川町の山中で甚五右ヱ門芋を栽培し、素朴な生活をしてきた「森の家」のイメージとは対照的だ。
その点について、佐藤さんは次のように語る。

「森の家は、自然豊かな森の中で、在来種の里芋を育てる土くさくてまじめなイメージでブランド化してきました。リンゴ園は、リンゴにまつわる商品展開をしたいので、かわいい感じを出したかったんです。それに、父方の実家と母方の実家では農業のスタイルも違うので、あえて別の世界観にしてみました」

ジュース5本セット

リンゴリらっぱのジュース5本セット

甚五右ヱ門芋の頃から依頼しているデザイン会社「アカオニ」への佐藤さんの信頼は厚い。
「間違いのないデザイン会社です。僕らのために作ってもらったデザインは、誰にも負けない自信があります。そのデザインが僕らの背中を押してくれています。あとは、自分たちがいいものをつくるだけです」

2020年には株式会社日々を設立し、法人経営に移行した。法人化をして最低限の器を整えなければ、若いスタッフが入ってこない。
実際、法人化をしてスタッフの給料と社会保険といった雇用体制を整えてからは、入社を希望する若い人が現れたという。

リンゴジュースなのに雑貨店にPR

リンゴリらっぱのリンゴは、ほぼすべてが加工用である。栽培技術の不足と有機栽培へのこだわりのために、生食用の赤くてきれいなリンゴの生産は難しく、佐藤さんたちは当初から加工用でいこうと決めていた。

主力商品はリンゴジュース。ふじリンゴ、さんさブレンド、ほくとブレンドなど、50種以上の品種を使用したジュースが6種類ある。
他にもアルコール飲料として、リンゴを丸ごと搾汁して発酵させたシードルと、リンゴ果汁にアロマホップを加えて醸造した発泡酒「UHO UHO BEER(ウホウホビール)」があり、いずれも完売させてきた。

UHO UHO BEER

リンゴ果汁の発泡酒「UHO UHO BEER」

ジュースの販路は、直接足を運んで営業をかけたり、展示会に出展したりして開拓した。「リンゴリらっぱのジュースは、有機栽培とパッケージデザインにこだわっているので、飲料のカテゴリーよりも雑貨に近い商品だと思っています。ですので、食品関連の展示会ではなく、衣料品などデザインが重視される展示会に出るようにしました。その選択が成功したと思います」と佐藤さん。

衣料品を扱っている雑貨店では、有機リンゴのジュースがちょっとした手土産として一定の需要があることがわかった。
さらに雑貨店からの広がりで、コーヒーショップ、ベーカリー、ホテルなどからの問い合わせが増えているという。 

現在は、農業のスタイルなど思いを共有できる農家仲間のつくったリンゴで、サブブランド「フレンズシリーズ」のリンゴジュースも販売している。いずれもネオニコチノイド系農薬を使用せず、特別栽培基準をクリアしたリンゴのみを原料としている。
高価格帯である自社製品の有機リンゴジュースに、やや価格を抑えたフレンズシリーズを商品ラインナップに加えて、より幅広い消費者層にアプローチしていきたいと佐藤さんは語る。

2023年には、地元養蜂家の協力を得てハチミツの生産にも挑戦した。有機JAS認証を取得したリンゴ園で取れた国産ハチミツという珍しい商品に、期待する声も少なくない。

ハチミツ

有機リンゴ園のさまざまな花から取れた百花蜜

シードル醸造所の開設に向けて

2017年からシードルの商品開発に取り組んできたリンゴリらっぱは、現在、2024年の開業に向けて自社敷地内にシードルの醸造所をつくる計画を進めている。

2022年10月1日から、JAS認証を取得した有機酒類にも有機JASマークの表示が認められた。日本初となる有機JAS認証のリンゴシードルを自社で生産することを佐藤さんは目指している。
「自分たちで醸造して採算がとれるのか不安ですが、本気でやればうまくいくだろうと思っています」

醸造所の事業化が進んだら、リンゴだけではなく、地域の野草、地元特産物など、果実酒だけではない飲料の醸造にも取り組みたいと、佐藤さんは語る。
「リンゴリらっぱの醸造所でシードルができたら、ぜひいろいろな方に飲みに来てもらいたいです。僕は周りの人たちに相談しながら、牛歩のペースでしか進めないうだつの上がらない農家ですが、人が大好きなので、一緒に飲みたいですね。皆で農業を盛り上げていきましょう」

_シードルを自社醸造できるサイダリー

シードルを自社醸造できるサイダリーを2024年に開業予定

「ワクワク」を原動力に、「本気」でやること

次々に新しいチャレンジを続ける佐藤さんに、自身のキャリア形成で大事にしていることを尋ねた。
「とにかく楽しいことしかしたくないんです。楽しいことを思い浮かべると、夜も眠れなくなるぐらいワクワクしてきます。ワクワクすることがありすぎて、周りからブレーキをかけられるぐらいです(笑)。自分がワクワクすることで、しかも誰もやっていないことに先頭を切ってチャレンジすること。それが僕の原動力になっていると思います」

今回のインタビュー取材では、佐藤さんの口からたびたび「本気」という言葉が出てきた。

「誰もやっていないこと、新しいことって、本気でやらないと絶対に成功しません。リンゴの有機栽培にしても、『そんなことは絶対に無理だ』とまわりから言われていました。でも、慣行栽培と有機栽培を分けるのはおかしいと思ったし、600キロしか取れなかった時も絶対に諦めたくなかった」

豪雪地帯の新庄市

豪雪地帯の新庄市で果樹農家は少数である

「無名の甚五右ヱ門芋を売り込む時も、すでに業務用で有名な里芋を仕入れているホテルに入っていくわけですから、『この里芋のおいしさを本気で伝えなければ』と思っていました。地をはいつくばってでも泥臭く売ってやる。そんな気持ちでやってきました。諦めずに本気でやっていれば、必ず誰かが認めてくれる。いいものを作っていれば、絶対買ってくれる人が現れる。そう信じています」

はた目には成功して見える事業でも、その裏には無謀と揶揄(やゆ)され、それをはねつけてきた歴史がある。数々のチャレンジを重ねてきた佐藤さんと、リンゴシードルを飲みながら語り合ってみてはいかがだろうか。

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