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「ブラック企業」を経てカモ農家に転身【前編】生産、加工、販売に加え飲食店を経営する理由

「ブラック企業」を経てカモ農家に転身【前編】生産、加工、販売に加え飲食店を経営する理由

高品質な国産カモ肉の生産と、カモ料理とそばの店「かもん」を経営する加藤商事(山形県新庄市)。同社代表取締役の加藤貴也(かとう・たかや)さんは、コメとそばを生産する実家を継がずに、自ら独立創業する道を選んだ。元ITプロデューサーという経歴を持つ加藤さんは、どのような経緯でカモ農家となったのか。高校卒業から起業までのキャリア変遷を聞いた。

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■加藤貴也さんプロフィール

プロフィール 株式会社加藤商事代表取締役。山形県大蔵村出身。高校卒業後、オーストラリアに語学留学。帰国後は東京のIT関連企業にてWEBサイト制作やデザイン業務に携わる。29歳で帰郷。2013年にカモの生産で新規就農し、2015年に加藤商事を設立。2016年、そば店「鴨料理と十割蕎麦(そば) かもん」を開業。前職で培った情報発信スキルを生かして、国産ガモ「最上鴨(もがみがも)」のブランディングを進める。

カモ生産とそば店経営の2本柱

加藤商事で行う事業は、農業部門と飲食部門に分かれている。農業部門ではカモの生産・加工・販売、飲食部門ではそば店「かもん」の運営をしている。

主要事業は農業部門である。チェリバレー種を原種とした国産ガモ「最上鴨」の生産をしており、カモの飼育、食肉加工、販路開拓まで、すべて自社で行っている。スタッフは15~17人。農場、食肉加工場、飲食店にそれぞれ配置されている。

取引先の多くは飲食店や卸売業者で、売り上げは2022年度で約1億円。新型コロナウイルス感染症の影響で一時は苦しい経営に陥ったものの、2021年にV字回復を果たし、2期連続で黒字を維持している。詳しいエピソードについては、後編で触れたい。

飲食部門では、JR東日本新庄駅舎にカモ料理とそばの店「かもん」を出店している。新庄駅は山形新幹線の終着駅であり、多くの乗降客でにぎわう。「SNSを見て食べに来た」という客が全国からやってくるほどの人気店だ。

農家が飲食店経営をするメリット

農業部門だけではなく、飲食部門も展開するメリットについて、加藤さんは次のように語る。

「お客さんの声をそのまま取引先にフィードバックできることですね。お客さんの声が直接聞けるので、『うちのお客さんがこう言っていました』などと、飲食店さんや卸業者さんなどへのプロモーションがしやすいです」

他の食肉と比べると、カモ肉は一般流通していないため、調理方法が難しい。食べ方を伝えるには、カモ肉料理を提供する飲食店を経営してしまうのが一番早いと加藤さんは言う。実際にどう調理しているのかをイメージさせることができ、さらに店に来た客がSNSやクチコミなどでカモ肉のおいしさを広めてくれるのだ。

鴨料理

「鴨料理と十割蕎麦 かもん」で提供される鴨肉料理

客からの評価は、従業員のモチベーションアップにもつながる。「東京の有名なそば店よりも味がいい」「カモ肉がうまい」などの声は、カモを生産する従業員にとってもやりがいとなる。

そもそも農業部門に飲食部門を組み合わせた背景には、加藤さんの父・和之(かずゆき)さんの影響があるという。

「私が二十歳ぐらいの時に、突然父がそば屋を始めたんです」。加藤さんの実家は、大蔵村で有名なコメとそばを生産する農家だった。「よく取材を受けていて、そば屋を始めた理由を聞かれていました。その時にそば屋のことを『アンテナショップだ』と答えていたんです」

父がよく口にしていた「アンテナショップ」という言葉が、加藤さんの脳裏に焼ついていた。「自分も何か農業をやるのであれば、アンテナショップが一つあったほうが売りやすいと思っていました。直接お客さんとつながる窓口になるので、実店舗を持っていることは大きなメリットです。飲食店自体は利益が出るものではないですが、お客さんがクチコミで最上鴨を広げてくれるので、『かもん』は細くても長く続けていこうと考えています」

「細く長く」とは言うものの、Googleなど検索サイトでの評価はかなり高い。これからは、店を目的に地域外から来る人を増やし、そのネームバリューでさらなる事業展開につなげたいと加藤さんは語る。

父・和之さん

加藤さんの父・和之さん

10代でオーストラリアに留学、帰国してITプロデューサーに

加藤さんの実家は、地元・大蔵村では有名な大規模農家である。コメとそば(最上わせ)を生産し、それら農作物なども購入できるそば店の経営もしている。

もともと「農業をするつもりはまったくなかった」という加藤さん。高校卒業後は、プログラミングを学ぼうと、コンピュータの専門学校への進学を考えていた。しかし、コンピュータ学校の体験入学に行った時に、数学が苦手な自分には無理だと考えを改めた。

「かけ算すらまともにできませんでしたからね。自分には向かないと気づいた翌朝、『パソコンの学校は無理だから、留学します』って両親に言ったんです。『こいつ、何を言ってるんだ』って感じでしたね。そもそも高校では英語でも赤点をとるような人間でしたから(笑)」

高校を卒業すると、そのまま語学留学でオーストラリアへ渡った。「ただ遊びに行ったようなもの」という2年間の語学留学を終えて帰国すると、再度オーストラリアへ行くための資金を稼ぐため、運送会社に就職した。

3年かけて300万円の資金をため、いざ準備を始めようとしたところで加藤さんは考えた。「このままオーストラリアに行っても、手に職がなければ遊ぶだけ遊んで終わりだ」
そこで、加藤さんはオーストラリア行きをやめて上京し、デザイン会社に就職した。

約2年間勤めた後、別のIT系企業に転職。外資系企業を顧客とするWEBサイトの制作を担った。営業、企画提案、撮影・編集・ライティングなど、プログラミング以外のことはすべて自分でこなした。

ハードな職場だった。金曜日に出社して、会社から外に出たのが月曜日の朝だったこともある。「3、4年働いて、何物にも耐えられる鋼のメンタルが作られましたね。ただ、そのおかげで、外注すれば数十万円もかかるようなホームページも自分で作れるようになりましたし、画像やデザインなどで、細かいディテールにも気づけるようになりました。いわゆるブラック企業でしたが、結果的には働いて良かったと思っています」

このIT系企業には4年ほど勤務したが、さすがに都会での社会人生活に疲弊し、29歳の時に一度地元に戻ることにした。

地元に帰ると、前職の経験を生かしてIT関連の会社を立ち上げた。だが、地方でのIT関連の仕事は単価を上げづらく、日々作業に追われる生活に変わりはなかった。

「結局、その時期も夜遅くまで仕事をしていて、俺何やってんのかな、と思ったんです。それで、パソコン関係の仕事はもういいかな、と」

そばの客の一言をきっかけにカモで就農

IT系の仕事に見切りをつけた加藤さん。次は何をしようかと考えていたある日、実家からそばの仕入れで来る業者のアテンドを頼まれた。

業者の担当者と話をしている中で、ふと「そばといえばカモですよね」と加藤さんが言うと、「カモを作ってくれたら、うちで買うよ」という回答が返ってきた。

この会話をきっかけに、加藤さんはカモの生産を始めることとなる。

チェリバレ―種

適度な脂身でクセが少ないチェリバレ―種の「最上鴨」

しかし、カモの飼育方法など、実家はもちろん、同じ村内でもわかる人はいない。幸い、隣町にマガモを育てている人を見つけ、教えを請うことができた。また、国内ではカモの飼育に関する書籍が見つからなかったため、洋書を取り寄せて勉強した。

初年度は、育苗ハウスを1棟借りてスタート。2年目にカモ舎を4棟建て、3年目には5000羽を飼育し、自社で食肉処理を行えるまでになった。10年目の2023年現在は、1万8000羽を飼育し、加工・販売している。

カモの生産が安定して行える見通しが立った2016年、新庄駅舎にそば店「かもん」を出店し、カモせいろやカモ南蛮そばの他、カモすき、カモしゃぶ、カモユッケなどさまざまなカモ料理の提供を始めた。

そばは実家で栽培する地元の在来種「最上わせ」を使用。つなぎを一切使わず、水とそば粉だけで生粉打ちした十割そばを提供するなど、そばのクオリティにもこだわった。

加藤さん実家のそば畑

加藤さん実家のそば畑。そば殻はカモの寝床にもなる

飲食店を始めた当初の動機は、前述のように父が口にしていたアンテナショップとしての機能がほしかったこと。もう一つは、「シンプルに金もうけができると思ったから」だという。

「でも、うまくいかなかった。正直、店はやめようとまで思っていましたね」と加藤さんは笑う。「あの時の自分は本当に子どもでした。もっとまじめに計算してやるべきだったのかもしれない。もう少し大人の経営者で、もう少し情熱を傾けてやっていれば、早いうちからうまくいっていただろうと思います。正直、何から手をつけていいのかわからなくて、やっていることが的を射ていなかったんです」

実は会社経営が軌道に乗ったのは、ここ2年ほどのことだという。軌道に乗せることができたきっかけは、2019年12月に中国・武漢で発生した新型コロナウイルス感染症だった。

次回は、コロナ禍をきっかけに加藤さんが起こした行動と意識の変化、これから会社として描くビジョンなどについて語ってもらう。

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