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「作物ではなく、作品を育てる。スイカを届けるのではなく、感動を届ける」。真冬のスイカ栽培で挑む、小規模でも勝てる経営モデル

「作物ではなく、作品を育てる。スイカを届けるのではなく、感動を届ける」。真冬のスイカ栽培で挑む、小規模でも勝てる経営モデル

非常に珍しい“真冬のスイカ栽培”に挑む生産者が、三重県名張市にいる。「風農園」代表の田上堅一(たがみ・けんいち)さんだ。2020年から販売をスタートし、高級ギフト用途で人気を博している。風農園が掲げるモットーは「農業は、アートだ」。アーティストが音楽アルバムを作るように、スイカに情熱のすべてを捧げ、一玉入魂の作品を世に送り出している。

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糖度16度を実現した冬のスイカ。包丁を入れる感触も忘れられない体験に

田上さんが育てるスイカの品種は「種まで食べられる新時代のスイカ」とテレビで紹介されたこともある「ピノ・ガール」。皮が非常に薄く、皮目ぎりぎりまで甘みが強いスイカだ。実は夏のスイカよりも冬に収穫されたスイカのほうが糖度が高く、風農園が手掛けるスイカには糖度16を超えるものもある。

小玉ながらずっしりと中身がつまり、皮が薄いので包丁を入れた瞬間に「パカンッ」と弾けるようにカットできるのが心地よい。スイカのシャリ感もほどよく感じられ、夏に食べるスイカとは一味違った特別な体験が楽しめる高級スイカだ。

唯一無二の「高設隔離ベッド」と「空中栽培」で育てるスイカ。産地でもない山間の町で新農法に挑戦

田上さんが育てる冬スイカの出荷時期は10月末〜1月末ごろまで。スイカ栽培は地植えが主流だが、田上さんはイチゴ栽培でよく用いられる地上約1メートルの「高設隔離ベッド」でスイカを育て、ツルを上に伸ばして実を宙づりにする「空中栽培」を行っている。空中栽培を行うことで葉と葉が重なることがなく、冬場の日照条件でもスイカを育てることができるのだ。

気候が温暖な熊本・沖縄・香川などでは、冬のスイカ栽培を手掛ける生産者は少なくないが、名張にはスイカ栽培に取り組む生産者すらほぼいない。さらに、隔離ベッドと空中栽培を掛け合わせた新農法に取り組むのは風農園が国内唯一。冬スイカに挑む北限の地であることも間違いないだろう。

スイカの産地でもない場所で、唯一無二の農法に挑む田上さんに、真冬のスイカ栽培にチャレンジするまでのストーリーを聞かせてもらった。

音楽にのめりこんだ青春時代。名張に連れ戻され、JA職員に流れ着く

田上さんと農業との関わりは、20代前半にまでさかのぼる。
名張から大阪の大学に進んだ田上さんは、都会で出会ったクラブミュージックに夢中になった。そのうち自身がDJとして活動するようになり、学校にはほとんど行かずに音楽にのめりこんだという。

「でも、学校の成績が実家に送られて大阪での生活ぶりがバレて、実家に戻されてしまったんですわ」。田上さんは笑いながらそう話す。

実家に戻ってアルバイトなども経験したが、なかなか定職につかない様子を見て手を差し伸べたのが、果物店を営んでいた祖母だった。地元JAの知り合いに口利きしてもらい、JAに入組することになった。

「お前に聞いてもしゃあないわ」。農家の一言が、人生を変えるきっかけに

ところが、田上さんは当時、面接の場ですら「何もやりたくない」と言うほど斜に構えていたという。転機が訪れたのが内勤から生産者と直接やりとりをする外回りの担当に変わった時だった。

地域の農家さんに出向いた時に「農家の出じゃないんやったら、お前に聞いてもしゃあないわ」と言われ、反骨心に火がついた。

JA職員時代を回顧する田上さん

当時のJA職員は生産者家系の出身がほとんどで、サラリーマン家庭だった田上さんには耳も貸してくれない状況。「このままではいけない」と田畑を借り、自らの手で耕すことからスタートした。「クワ1本も持ってない状態やったので、なけなしの給料から道具をそろえて、それはそれは大変でした」

しかし、田上さんが奮闘する姿を見て、農業機器を貸してくれたり栽培のコツを教えてくれたりする生産者が少しずつ増えていき、6年ほどすると周辺地域の誰よりも農業に詳しくなったという。

新たな担い手を増やすため、「自分自身が新規就農モデルを確立しなければ」

しかし、知識と経験を蓄え農業にのめりこんでいくうちに、地域の農業が抱える問題に頭を悩ませるようになった。それは、圧倒的な後継者不足の現実だった。

「当時は新規就農の補助金制度もなく、農家を継ぐ可能性があるのは農家だけ。でも、それでは後継者が全く足らなくて、新たな担い手を増やすためには、自分自身が新規就農モデルを確立しないといけない!と考えるようになったんですわ」

JAという組織の中から農業の未来を変えていくのではなく、外から変えることが恩返しにつながると結論づけたのだ。そこから、田上さんの新たな挑戦が始まった。35歳の時だった。

唯一無二の存在になるために、あえて安定経営のイチゴ栽培から切り替え

田上さんはJA時代から管理していた田畑に加え、2カ所にビニールハウスを建てて、まずはイチゴ栽培からスタートした。当時の名張には数軒のイチゴ農家がおり、その様子を見て「自分だったらもっと高付加価値のイチゴが作れる」という確信をもって風農園を立ち上げた。

道中、一緒に農園を立ち上げたパートナーの離脱やさまざまなピンチがあったものの、不測の事態を乗り越えながら、高品質な超大粒イチゴの栽培で食べていけるようになった。しかし、心のモヤモヤが晴れることはなかった。

「高級イチゴには、先駆者がいたんです」と田上さん。
ギフト用途専門の超大粒高品質イチゴには、すでにブランディングを確立した生産者が存在した。田上さんはその生産者も訪問し、自身が育てるイチゴのクオリティーも負けてはいないと感じたものの、ほとんどのメディアが先駆者を取材し、田上さんの風農園にスポットが当たることがなかった。「二番煎じ感も否めなかったし、無二のブランド果物を別に模索する必要を感じたんです」

そこから研究を重ねて冬のスイカに目をつけた田上さんは、せっかくうまくいっていたイチゴの作付面積を半分にし、スイカへと切り替えた。「それで収入は一気に落ち込みますし、まわりからは変人という目で見られましたが、それでも新たな就農モデル確立のために必要だと決心しました」

通常の10倍手がかかるスイカ栽培。それでも、これなら勝てると確信

産地でもない場所での、全く新たな農法。土や肥料、水やりなどのデータを一つ一つ検証していった。後押しとなったのが、ピノ・ガールの拡販に取り組む「ナント種苗」農場長の言葉だった。風農園の見学に訪れた農場長は「この方法でもイケる」と太鼓判を押してくれた。その言葉を信じ、田上さんはスイカ栽培にまい進した。

通常、スイカ栽培は1株で複数のスイカを育てる。しかし、風農園では1株で1玉のみを育て、葉を地にはわすことなく空中栽培へと誘引していく。授粉位置も決めてあるため、蜂などの虫を使わず手作業で授粉を行い、夏場は授粉から30日程度で出荷するスイカが冬は最長55日ほどかかるので、その間ずっと見守る必要がある。前述の農場長は、高設ベッドからツルを一度下げ、そこから上へ上へと誘引していくこだわりのスタイルや、一玉一玉丁寧にネットをかけていく様子を見て「これは、普通のスイカ栽培の10倍以上の手間がかかってる」と驚いたそうだ。

スイカ栽培はフォトジェニック。成長過程をSNSで広め、知名度もアップ

通常の10倍以上の手間がかかると言われた風農園のスイカだが、新農法ならではのメリットも複数生まれた。

スイカは連作を嫌うため、通常の土耕栽培では接ぎ木苗を使う必要がある。しかし、太陽熱での土壌消毒が容易で土の入れ替えもできる隔離ベッド栽培なら夏冬2回の栽培をずっと続けることができるのだ。また、根が非常に繊細なスイカも隔離ベッド栽培なら実生(みしょう)苗(自根苗)での直接栽培が可能に。水や肥料のコントロールも行いやすく、品質が安定するというメリットもある。

小規模農園は、大量生産や効率化、コストなどで大手にはかなわない。しかし、手間を惜しまない丁寧な作業や圧倒的な品質の追求で差別化が行える。風農園では、小規模農園ならではの戦い方を追究し続けている。

皮目ぎりぎりまで甘くおいしく食べられるのも、風農園のスイカの特徴だ。風農園では非破壊の糖度計を導入し、出荷するスイカの糖度を“見える化”する取り組みも進めている。
高設隔離ベッドの空中栽培は見た目のインパクトも大きく、独特なツルの誘引方法はSNSでの発信やメディア取材での見栄えも良好。栽培過程も絵になり、「魅(み)せる」ことができるスイカ栽培が風農園のPRにも一役買っている。

小規模でも勝てる就農モデルを確立。希少価値を保ちながら長く収穫する方針へ

現在は1200株ほどのスイカを栽培する風農園だが、今後は作付面積を増やす方向にシフトするのではなく、収穫時期を延ばす方向にかじを切っていく戦略を立てている。

「元々、小規模でも勝てる就農モデルを確立するために始めたので、規模を拡大することよりも希少価値を保ちながら長く出荷できる仕組みを整えます。夏場の収穫時期を早め、冬の収穫を長くすることで、一年を通じて出荷できるのが理想ですね」

新規就農者を増やす未来をかなえるためには、意識変革も重要だと田上さんは考えている。
「作物ではなく、作品を育てる。スイカを届けるのではなく、感動を届ける。といった意識の変換をしていくことが、新規就農者を増やしていくことにつながると思っています。小規模でも儲かる農業のモデルを広めていくのが次のフェーズです」

新規就農に興味がある人には、田上さんが培ってきたノウハウを惜しみなく提供していくという。「成功体験以上に、失敗体験を教えてあげることが大切。私はとんでもない数の失敗をしてきましたが、そのパターンをあらかじめ知っておけば、成功までの最短距離を進めますよね」

農業は、アートだ。フロアを沸かせ、喜ばせる感覚をスイカでも

青年時代の田上さんが出会った音楽と農業には共通点が多いそうだ。とことん探求・追求できる世界でもあるし、一見すると同じように見えても、実はその一つ一つに違いがある。同じ品種であっても、作り手によって個性も生まれる。また、音楽も農業もフロア(客)を盛り上げる、喜ばせる感覚をダイレクトに感じられる。

ギフト用途の果物の場合、贈る人と食べる人が違う場合がほとんどで、贈った人に満足を与えるためには、食べた人の心を動かし、その感動を贈り主にフィードバックしてもらえるほどのインパクトが必要となる。贈った人がすごく満足してリピート注文が来た時が、田上さんにとって一番の喜びだそう。

「ほとんどの人にそっぽを向かれても付いてきてくれたスタッフ、リピート購入してくれるお客さん、多くのサポートをしてくれる種苗会社や販売先など関係者のみなさんに、ホンマ感謝しています。みなさんの気持ちに応えられるスイカをこれからも送り出していきたい!」と熱く語る田上さん。
真冬のスイカと風農園の存在が世の中に知れ渡り、誇りと安心を感じながら新規就農に取り組む若者が増える未来。その未来の実現に、一歩一歩近づいている。

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