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環境のための遺伝子組み換え作物と不耕起栽培。カナダのトップ農家が語る持続可能な農業

環境のための遺伝子組み換え作物と不耕起栽培。カナダのトップ農家が語る持続可能な農業

揚げ物などの料理に使われるキャノーラオイルは、カナダで品種改良された菜種で搾った食用油だ。日本でこの油を全く口にしたことがないという人は少ないだろう。
カナダの大規模農家、シェリリン・ニーゲルさんは、このキャノーラの遺伝子組み換え品種を栽培している。遺伝子組み換え品種の活用と土を耕さない不耕起農法を組み合わせることで、環境保全と持続可能な農業を実現しているという。一般に広がる遺伝子組み換えのイメージとは異なる現実についてインタビューした。

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農家自身が生産性を高めるための情報にアクセス

これまで、人間は品種改良や肥料、農薬などの技術を進歩させることで、食料の効率的な生産を可能にしてきた。昨今では、遺伝子組み換えやゲノム編集などの技術も活用されつつある。しかし多くの農家や消費者にとって、これらに関する科学的根拠に基づいた情報へのアクセスは難しく、その有用性を認識しづらい状況にある。

そうした状況の改善のため、農家自身が種子イノベーションにアクセスできる環境を整えようと、2023年4月に設立された団体が、日本バイオ作物ネットワーク(以下、JBCN)だ。理事長は鳥取県で大規模にコメなどを栽培する農業法人、トゥリーアンドノーフ株式会社代表取締役の徳本修一(とくもと・しゅういち)さん。団体には2023年12月現在、約150の農家が参加している。

そのメンバーなどが一堂に会する「JBCN東京カンファレンス ’23」が12月13日に東京で行われた。ゲストとして講演を行ったのは、世界50カ国のトップ農家が集う団体、グローバル・ファーマー・ネットワークのカナダ代表、シェリリン・ジョリー・ニーゲルさん。カナダの農業の現状や遺伝子組み換え作物の有用性について語った。その翌日、マイナビ農業の取材に家族とともに応じてくれた。本稿ではその模様をお届けする。

◆シェリリン・ジョリー・ニーゲルさん プロフィール
カナダ、サスカチュワン州の農家。夫と2人の娘らとともに6000ヘクタールの畑でキャノーラ、大麦、デュラム小麦、ひよこ豆、レンズマメなどを栽培する。2021年には農業で最も影響力のあるカナダのトップ50人に選出。2004~22年まで西カナダ小麦生産者協会の会長兼委員を務めた。

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ニーゲル家の皆さん。左から、長女のクレアさん、夫のデービッドさん、シェリリンさん、次女のアディソンさん

カナダの農業の現実

――シェリリンさんの農場は6000ヘクタールもあるそうですね。東京ディズニーランドが約50ヘクタールなので、120個分です! カナダの農家は皆そんなに大規模なんですか?

規模は大きいほうだと思います。でも、同じ州には10万ヘクタールの農家もいますよ。そこは兄弟で経営している会社組織の農場です。
うちは、私と夫と二人の娘、夫の弟、そのほか農繁期だけ雇用する従業員の総勢12人ほどで管理しています。従業員の中にはオーストラリアから働きに来る人もいます。オーストラリアではカナダと同じような作物を作っていて、ちょうど季節が逆転するので。

――6000ヘクタールをたったの12人でとは。一人500ヘクタールを担当するんですか?

大きな機械を使ってやるので、大丈夫なんです。娘たちもよく手伝ってくれます。

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娘さんが大きな農機具を使って農作業をすることもあるそう

――きっと効率よく作業ができるように、農地が集約されているのでしょうね。

いいえ。私も夫も農家の4代目なのですが、就農した時には800ヘクタールぐらいで、そこから徐々に増やしてきました。別の農家が廃業するときに売りに出した土地を買っているので、農地はあちこちに点在しています。
農地はだいたい1区画が70ヘクタール単位で取引されているのですが、いつも車で道を走りながら「ここが売りに出たら買いたいな」と目をつけておいて、売りに出たらすぐに「いただき!」という感じで買います。売りに出てから考えるようじゃ遅いんです。良い土地は周囲の農家がみんな狙ってますから。

――まさに椅子取りゲームですね。

はい。(カナダでは)農家でない人が新たに農家になろうとするのは、高齢の農家がやめるタイミングで事業をうまく引き継ぐなどの場合でなければ、ほぼ不可能です。大きな農業機械も必要ですが、ほかの農家と共有したりすることはできません。農機具は高価で、その他にも大きな投資が必要なので、新たに農業に参入するのはとても難しいんです。
参入してもすぐにそれだけで食べていけるわけでもありません。私の夫のデービッドは親から農地を引き継いだばかりのころは、農作業のない冬に別の仕事をしていたこともありました。

――日本でも新規就農者がアルバイトをすることはよくあって、農業はもうからないという人もいるのですが、カナダでは農家はもうかる仕事とされているのでしょうか?

私たちの経営状況に関しては、相場や作況などもあるので、もうかるときもあればそうでないときもあります。数年単位で見て、経営的に成り立つように考えてやっているという感じです。
従業員の時給は高いと思います。たとえばマクドナルドの時給は15カナダドル(約1500円)ぐらいですが、農業の従業員の時給はその2~3倍です。忙しい時期には残業手当も支払います。そのうえ、彼らに住居や食事も用意しなければなりませんので、人件費はかかりますね。

環境に配慮しながら大規模な農業生産を行うには

――シェリリンさんの農場では数種類の作物を育てているそうですね。

はい、私たちは輸出用の穀物を作っています。私たちが住むサスカチュワン州からは世界150カ国に輸出していて、日本は主要な輸出先です。
私たちが作っているのは、キャノーラ、デュラム小麦、大麦、ひよこ豆、レンズ豆です。キャノーラはカナダで生まれた菜種の品種で、キャノーラオイルに加工されます。大麦のモルトはビールに、デュラム小麦はパスタになります。
これらの作物を土地の状況などに応じて輪作しながら作付けします。作る作物の配分は、市場価格などに応じて決めています。

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シェリリンさんの農場の作物。キャノーラ(左上)、デュラム小麦(右上)、大麦(左下)、ひよこ豆(右下)

――まさに、世界の食料を支える仕事ですね! そんな大切な作物を作るにあたって、重要な工夫があるとか。

私たちは遺伝子組み換え品種のキャノーラを栽培しています。おかげで収量が増加し農薬の量を減らせました。耕起は主に除草のために行うわけですが、その必要がなくなり、不耕起栽培が可能になりました。燃料の節約にもつながっています。

――遺伝子組み換え品種と不耕起栽培の組み合わせにメリットがあるということですか?

はい。私たちが遺伝子組み換え品種を選択するのは環境のためなんです。
土壌には炭素が貯留されていますが、耕すことによってそれらが放出されてしまいます。
また、私たちの農地があるサスカチュワン州はとても乾燥しているので土壌の保水は重要ですが、不耕起栽培は土壌の水分を保つことにもつながっています。秋に作物を収穫した後、その残さを細かくして土地を覆うと、冬に雪が降ってゆっくりと有機物が土壌に浸透し、水分を含んだ作土層ができます。そのおかげで、豊かな農地を娘たち次の世代に残せると思っています。

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専用の機械で不耕起栽培の土壌に播種(はしゅ)をする様子

――不耕起については、環境にやさしいなどのメリットがあることは消費者にも理解されやすいと思います。しかし、遺伝子組み換えの作物についてはさまざまな意見があるのでは?

そうですね。中には、インターネットで間違った情報に触れて私たちを批判してくる人もいます。しかし、先ほど話した通り、遺伝子組み換えを使うことは環境の保護にもつながります。また、遺伝子組み換え品種を使わなければ雑草が増え、本来作物に行くはずの養分が雑草にとられてしまい、収量にも影響します。これから世界の人口が増えていく中で、しっかりと収量が取れないということは、消費者にとってもデメリットではないでしょうか。

――確かに、食料が足りなければ困る人はたくさんいますし、収量を上げるために農地を広げなければならない、となれば環境破壊につながりますね。
一方で、環境保護の面で遺伝子組み換え作物に反対する人は、生態系への影響も心配しているようです。

私たちの農地があるサスカチュワン州では、ほとんどの農家が遺伝子組み換えのキャノーラを栽培しているので、そもそも元からある品種と交配することはありません。また遺伝子組み換えでない作物と交配しないようになっており、それは科学的に実証されていて、うまく共存できているところもあります。

農家の取り組みを消費者に適切に伝えるために

――シェリリンさんたちが行っているような遺伝子組み換え品種を使った農法について、カナダの消費者はどのような意見を持っているのでしょうか?

カナダの消費者は、農家をとても信頼してくれていると思います。それでも、消費者は間違った知識を根拠に、(遺伝子組み換え品種を排除しようと)行政に働きかけることがあります。そのような間違った認識が広がらないよう、私たちは動き続けています。私たち農家の団体が集まって勉強会もしているし、行政が消費者を集めて私たちと対話する場をもうけてくれます。そうした場で間違った情報を正す努力もしています。

――シェリリンさん個人もさまざまな方法で情報発信をして、消費者の理解促進に尽力されていますね。

私の夫のデービッドはあまり人前で話すのが得意ではありませんが、農業の技術や経営はプロです。私は話すのが好きで、家でもずっとしゃべり続けています(笑)。そうやって得意なことを分担してやるのでもいいと思います。私は、作物を作るのだけが農業ではなく、こうした広報活動も農業の一部だと考えています。

――農家が自分自身の仕事について誇りをもって話すことは大切ですね。

娘たちも農業に興味を持ってくれていますし、農業現場でチームワークなどさまざまなことを学んでいます。娘の周りは農家の子供が多いのですが、やはり農家になりたいという子は多いと聞いています。
カナダ全体では農家は減少傾向ですが、その一方で女性が農業に積極的にかかわることが増えています。今は機械も進歩して効率的に農業ができますし、農業の見え方も昔とは変わっています。娘のクレアは大学で政治を学んでいますが、それを農業に生かそうと考えているようです。

――娘さんたちのような若い世代が農業を続けるためにも、農業についての正しい情報が広がり、土地も持続可能であることが大切ですね。

遺伝子組み換え品種のキャノーラを使うことも不耕起栽培も、次世代に豊かな農地を残すためです。それが世界の食料を持続可能にするために必要なことだと思っています。

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