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「利益だけを見ると割に合わない」カーボンクレジット。成功のカギはブランディングへの活用にあり

「利益だけを見ると割に合わない」カーボンクレジット。成功のカギはブランディングへの活用にあり

ここ100年で最も暑い夏となった、2023年の夏。自然現象であるエルニーニョ現象、都市化によるヒートアイランド現象が原因として挙げられますが、最も注目されている原因は地球温暖化です。地球温暖化は農業界にも影響を与えており、全国各地で猛暑による野菜の生育不足や価格高騰といったニュースが連日のように報じられました。しかし、農業・林業など農林水産分野から排出される温室効果ガスは、世界排出量約520億トン/年(2007~16年平均)のうち約23パーセントにも及び、農業界は被害者でもあり加害者でもあるのです。そんな中、山形県にある株式会社農園貞太郎では、従来通りの生産のあり方で温室効果ガスを排出していては自分たちの首を絞めるいっぽうだと、二酸化炭素を減らす取り組みを始めました。代表の遠藤久道(えんどう・ひさみち)さんにお話を聞きました。

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山形県随一の生産量を誇る大規模農家

山形県の日本海側に位置し、酒田市と鶴岡市、三川町、庄内町、遊佐町から構成される庄内地方。北は鳥海山(ちょうかいさん)、南は月山(がっさん)に囲まれ、縦断するかのように最上川(もがみがわ)が流れています。その中心には庄内平野、海側には庄内砂丘が広がり、稲作を中心とした農業が盛んな地域として知られています。

そんな庄内地方で農業を営む株式会社農園貞太郎では、ダイコン、あつみかぶ(皮が赤紫色で果肉が白いのが特徴的な庄内地方の伝統野菜)、コメをメインにその他の野菜を栽培しています。ダイコンは、約50ヘクタールの畑で年間約2000トンと山形県内随一の生産量。あつみかぶは、約20ヘクタールの畑で年間約450トンと日本一の生産量を誇るといいます。コメは、約40ヘクタールの水田で年間約200トン生産しています。

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農園貞太郎のあつみかぶ

農園貞太郎の事業として特に先進的といえるのが、カーボンクレジットの取り組み。二酸化炭素などを削減する取り組みによって発行されるクレジットを他社へ販売しているほか、水稲では「食べたら二酸化炭素削減に貢献できるコメ」としてブランディングし、国内だけでなく海外にも事業を展開しています。

また、二酸化炭素削減米や、規格外野菜を使った商品開発にも力を入れており、無添加でヴィーガンにも対応するライスチーズのほか、未利用米などを原料とする除菌ウエットテッシュや規格外のダイコンを使った野菜ジャーキーの開発にも取り組んでいます。

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CO2削減米を使ったライスチーズ

近年、世界的にも注目されるカーボンクレジットを用いた農園貞太郎の戦略とはどのようなものなのでしょうか。

地球温暖化とカーボンクレジットの現状

農園貞太郎の取り組みについて理解しやすいよう、まずは地球温暖化とカーボンクレジットの現状について軽く触れたいと思います。

人々は日常生活や生産活動において多くの二酸化炭素を排出しています。二酸化炭素は温室効果ガスの一つで、地球温暖化の原因とされ、世界の平均気温の上昇、豪雨や干ばつ、台風やハリケーンといった異常気象を引き起こしていると考えられています。世界の温室効果ガスの排出量は年間約520億トン(2007~16年平均)で、近年は地球温暖化を抑えるために二酸化炭素排出量削減が求められています。

空気中の二酸化炭素を土壌に埋めたり、木を植えたりするなどして二酸化炭素を減らすための活動をしている企業も少なくありませんが、こうした取り組みは経済活動との両立が難しく、事業体によっては対応が難しいのが現状です。
そこで生まれたのが、カーボンクレジットという仕組みです。

カーボンクレジットとは、二酸化炭素の排出量削減に取り組んだ企業など(削減した側)が、削減努力をしても、どうしても二酸化炭素を排出してしまう他事業者(排出量を相殺したい側)にクレジット(排出権)を売却できる仕組みです。

企業が省エネルギー機器を導入したり、森林の保護に取り組んだりした場合、それを「事業で排出する温室効果ガスを削減した」とみなし、その削減量に合わせてクレジット(排出権)が発行されます。このクレジット(排出権)を他社と売買することができるというもので、国内では2023年10月中旬ごろ頃、東京証券取引所にカーボンクレジット市場が開設されました。

これは、農業界でもできる取り組みです。農業を営むうえでは、二酸化炭素が排出されます。そこで、コメを作る際に行う中干しの期間を延長したり、畑にバイオ炭を埋めたりすることで、従来より二酸化炭素の排出量を減らすことが可能となります。その減らした分をカーボンクレジットとして販売することができるのです。

カーボンクレジットは、青果物の生産以外での新たな収入源として注目されつつあります。その一方で、バイオ炭を埋める手間やバイオ炭を作る装置の費用がかかる、中干し延長は収量が落ちたりするリスクがある、といった声も存在するのが現実です。

では、どうして農園貞太郎ではカーボンクレジットに取り組むのでしょうか。

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農業を維持するためにはやらなくてはいけない

「今後、二酸化炭素を削減しないと農業って維持できなくなってしまうと思うんです。むしろ生産者として長い目で見た時により手間をかけていく必要があるんじゃないですかね」遠藤さんは、カーボンクレジットに取り組む理由についてこのように話します。

近年、地球温暖化の影響で気温35度を超える猛暑が続いたり、台風や豪雨などの異常気象が頻発したりと農業界は大きな影響を受けています。そんな状態に危機感を覚える遠藤さんは、地球温暖化は農家が自分たちのためにも考えなくてはいけない問題だと感じ、行動し始めました。

現在、農園貞太郎では、中干しの延長とバイオ炭の生産・利用をしています。

特に、バイオ炭は大阪府のベンチャー企業に依頼し、農園貞太郎のオペレーションにあうように特注しました。炭というと木材等をイメージしますが、特注した炭化ユニットでは水分量の多い野菜まで炭にすることができるので、これまで廃棄予定だった野菜などを炭に変えて再利用できるといいます。

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炭化ユニットで作られる野菜炭

これらによってできたクレジットを、1トンあたり数万円で販売しているのです。

新たな収入源と表現されるカーボンクレジット。実際には取り組む手間やリスクもありそうなものですが、農園貞太郎ではその収益性をどう捉えているのでしょうか。

カーボンクレジットによるブランディング戦略

「バイオ炭や中干しの延長の手間やリスクと、クレジットの販売利益だけを見てみると割に合わないと思います。ですが、商品のブランディングといった意味で捉えると可能性は非常に高いと感じます」(遠藤さん)

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CO2削減米

農園貞太郎では、プラスチック資材や燃料、電気の使用量と、削減への取り組みなどをもとに自分たちの二酸化炭素の排出量を数値化しています。結果として、国の温室効果ガス削減「見える化」実証事業で星3つを獲得しました(農地面積10アールあたりまたは農産物10kgあたりの温室効果ガスの削減率が、従来の生産方法に比べ5%以上は星1つ、10%以上は星2つ、20%以上は星3つで評価)。

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CO2削減についての資料

農園貞太郎では発行されたクレジットを販売するのみにとどまらず、これらの取り組みを農産物のブランディングに生かしています。

手掛けたコメは「CO2削減米」としてブランド化しており、販売額は1㎏あたり800円前後。山形県内では1㎏あたり200円前後が一般的であるため、その付加価値の高さが見て取れます。

また、国内よりもカーボンニュートラルの認知度が高い海外で売っていくための戦略の一つとしても位置づけており、現に「CO2削減米」は国内よりも海外の方が反応が良いといいます。国内でも大手米卸会社とコラボするなど注目されつつあるそうです。

「カーボンクレジットは、今後の農業の未来を見た時にやらなくてはいけないこと。ただ、取り組んでクレジットを売るだけでは採算が合いづらい。だから、新たなブランディング戦略と捉え、取り組み商品を作ることが必要。クレジットは、売れるから売るという副産物で捉えるぐらいがいい」と遠藤さん。

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農園貞太郎のホームページより

理解の進む海外で、そして日本でもカーボンクレジットを知ってもらい、温室効果ガスを削減して生産した作物の消費を増やすことで、農業の未来を作るという農園貞太郎の挑戦。今後、どのような展開を迎えるかは、カーボンクレジットの広がりにカギがあるのではないでしょうか。

取材協力

株式会社農園貞太郎

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