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スタッフがグングン成長し、離職者も出ない農業法人。人材育成の秘密道具は、あるボードゲームだった

スタッフがグングン成長し、離職者も出ない農業法人。人材育成の秘密道具は、あるボードゲームだった

名古屋市内から北に30分ほど車を走らせた場所にある大口町に、日本農業賞で大賞に輝いた農家がいる。それが「服部農園」だ。このエリアは名古屋市の通勤圏内にあるため、以前は農地だった場所が工場や物流倉庫、住宅へと転用が進み、高齢化や農業従事者の減少もあって農業の継続が困難な状況にある。そうした環境の中、服部農園は「10年後、100年後、この町にこの景色を残したい」というスローガンを掲げ、農業経営に向き合っている。地域の農業を守るために同社が特に力を注いできたのが、農業経営の見直しと人材の育成だった。

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コメ価格のありえないほどの暴落が、農園経営のあり方を見直すきっかけに

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「『決算書も読めずに経営をするのは、無免許でクルマを運転しているようなものだよ』。こう言われて、衝撃を受けました」
そう話すのは、夫とともに服部農園を切り盛りする服部都史子(はっとり・としこ)さん。都史子さんの父・靖宏(やすひろ)さんが立ち上げ、法人化した農園を引き継いだ2014年にコメの価格が暴落し、ピンチに陥った。3年分の決算書を抱えて相談した経営コンサルタントから言われたのが、先述の言葉だった。経営コンサルタントからは「そもそも決算書は読めるようにするものじゃなく、作るものだよ」というアドバイスをもらって目からうろこが落ちたという。

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農業経営の変遷について話してくれた、服部都史子さん

服部夫妻はそれまで、「いい作物をたくさん作れば問題なし」という考え方で経営に向き合ってきた。決算書の内容を読み解く力がなくても、いい作物さえ作れば農家の経営は成り立つと考え、さまざまな支払いも収穫したコメを売った後にまとめて行なってきた。

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しかし、2014年は作付けしたコメの収穫量も品質も上々だったにもかかわらず、コメ相場が大崩れして1万3000円ほどで安定していた1俵あたりの卸値が8400円にまで下落した。
「農家でも、経営というものにしっかりと向き合わないと先がない。お米の価格も自分たちで決められない、このままのやり方では絶対にいけない……」そんな思いで経営コンサルタントの元に駆け込んだのだ。

経営コンサルタントのアドバイスと「マネジメントゲーム」の出会い

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経営コンサルタントに何度も通って意見を仰いでいった服部夫妻。そこで教えてもらった「マネジメントゲーム」というボードゲームとの出会いが大きなターニングポイントになったと、都史子さんは言う。

「マネジメントゲーム」は、ソニーが開発した経営者の育成研修のためのボードゲームで、プレイを通して経営感覚の磨き方や経営戦略の生かし方を学んでいくものだ。最初にプレイした時はダントツのビリとなり、経営手腕がないことを痛感。そこから本気になって経営を学び、農園を変えていった。

服部農園では「マネジメントゲーム」を参考に、ゲームに登場する材料や工場、商品、営業所、競争力、広告宣伝、研究開発といったエッセンスを、実際の経営に一つ一つ当てはめていった。現在、農園スタッフにもマネジメントゲーム研修に参加してもらい、自分たちの経営モデルの見える化を進めている。これにより、スタッフ全員が決算書を読み解く力をつけ、これから何が必要なのかを全員で共有できるまでになっている。

「マネジメントゲーム」のピースを農園経営のリアルに落とし込む

服部農園の特筆すべき点は、理想の姿を先に掲げ、そのために必要なことを具体的に落とし込んだ上で、実際に推し進めていったところにある。

材料となるコメを備蓄する大型の保冷庫や精米プラント、営業所となる直売店「ハットリライスマーケット」の開設、材料のコメを新たな商品に変える「オムスビハットリ」などを順々に立ち上げ、広告宣伝の要となるSNSでの発信も都史子さん自ら8年以上休むことなく続けている。

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精米したてのお米を振る舞うオムスビハットリ

都史子さんは「私たちはこれ(マネジメントゲーム)しか知らないから、当てはめているだけですよ」とサラリと話すが、農園経営をここまで見える化して、スタッフとも共有しているのは驚くべきことだ。

人材教育に力を入れるのは「やめてほしくない」という一心から

服部農園では、人材教育にも力を入れている。その根底にあるのは「やめてほしくない」という一心からだという。

「2003年ごろから採用を始めましたが、長くて3年でみんな辞めてしまったんです」と都史子さんは打ち明ける。当時は雇用保険も社会保険も入っておらず、タイムカードもなかった。繁忙期には休みもとれないため、結婚を考える年頃になると将来の不安を抱えて辞めてしまうのだった。そんな不安を抱えることがないよう、会社としての基盤整備も進めていった。

当時は入社してくる人材も、元不良や引きこもり、短期間での転職を繰り返しているなど“ワケアリ人材”が多かった。そんな社員を率いていくために、社長自ら気に入っていた茶髪とヒゲ面をやめて身なりを整え、きめ細やかな掃除や整理整頓、地権者への手紙執筆など、できるところから地道に変えていった。また、耕作放棄地にヒマワリやコスモスの種をまくことで、花が咲く時期になると地域の人々が集まる町の名所となった。

マネジメントゲームを通じて農園経営まで意識するようになった社員はグングン成長し、一人あたりの生産面積がおよそ1.5倍に増加。さらに繁忙期でも定期的な休みがとれる環境となっている。現在は農作業に従事するスタッフだけで11名。離職者が1人も出ないホワイトな組織に生まれ変わった。

地域のみんなが笑顔になれる「農業のテーマパーク」を創造する

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環境を整え、人を育てることに成功した服部農園。「農業のテーマパーク」を目指して、コメの他にキャベツやブロッコリー、イチゴなどの栽培も手がけている。
直売店「ハットリライスマーケット」には精米プラントが併設され、児童の工場見学や農業従事者の視察が頻繁に行われている。店内のさまざまな場所に田んぼの生きものたちのイラストが描かれ、楽しげな雰囲気だ。

販売されているコメは6種類。筆者はスーパーなどで売られているコメよりも安く感じたのだが、それでも卸に出すよりは利益がとれるという。店内にあるおにぎり専門店「オムスビハットリ」の商品も大人気で売り切れが続出するほど。育てたコメを直販し、おにぎりに加工して販売することで価格を自分たちで決めることができるようになったそうだ。
ハットリライスマーケット店内には、いつも笑顔があふれている。「農業が、地域の中心にあってもいいじゃない」。都史子さんは、そう明るく話してくれた。

10年後、100年後、この町にこの景色を残したい。その思いを、しっかりとつないでいく

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服部農園の現在の規模は、およそ100ヘクタール。その面積は、大口町の水田面積のおよそ3分の1にあたる。服部農園に耕作を依頼する地権者は、周辺の市区町村を含めると900軒にものぼる。まさに地域の農業を守る存在だ。

「10年後、100年後、この町にこの景色を残したい」というスローガンのもと、低減農薬での栽培、農薬や化学肥料を使わない栽培でのコメづくりに邁進している

地域とのつながりも非常に強く、毎年クリスマスには社長自らがサンタクロースに扮(ふん)し、トラクターに乗ってお菓子を配る「サンタトラクター」も人だかりができるほどの人気を博している。

そんな服部農園のこれからのテーマは、事業の引き継ぎだという。夫妻には子息がいないため、事業は社員に引き継ぐ予定だ。しかしながら、農作業を続けるだけでは農業経営は行えず、さらに地域の田んぼを守っている存在となっているので責任も重大だ。ともに働く社員たちに等しく、そして熱く接することで思いを伝え、美しい田園風景のバトンを100年先へとつなげていく。

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取材協力

服部農園有限会社
オムスビハットリHP

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