市街地で農地の確保に苦戦
香川県丸亀市出身の尾野さんは、都内のシステム会社に就職し、エンジニアとして働いていた。就農のきっかけは、高松市にある支店に異動したことだ。
「東京から香川に帰ってきて、地方の良さに改めて気付いたんです。会社員ではなく、自分で何か事業をしたいと考えたときに、『農業をしよう』と思い立ちました」(尾野さん)
兼業農家だった実家の農地を使い、丸亀市の17アールの畑で就農した。ただ、周囲が市街地だったため、壁にぶつかる。
「街なかだったので、近隣に圃場(ほじょう)を確保できず、規模を広げるのが難しかった。もっと農地を広げやすいところに拠点を移そうと考えているときに、善通寺市でクリーニング工場の跡地を見つけました。それが今の本社です」(尾野さん)
拠点を移して規模拡大し契約栽培へ
善通寺市に拠点を移してからは、順調に面積を増やしてきた。年に約2ヘクタールずつ農地を広げ、現在の経営面積は25ヘクタールに達している。従業員29人を擁する大所帯になった。
農地の8割で青ネギを露地栽培する。もともと全量をJAに出荷していたが、現在はカット野菜の工場との契約栽培がほとんどを占める。自社で皮むきや洗浄といった一次加工をしたうえで各地のカット工場に納品。ネギはカットされて外食や中食などの業者に納められる。
スマート農業で安定供給へ
露地で契約栽培をするうえで、課題になるのが安定供給だ。生育の進み具合や作業ができるかどうかが天候に左右され、供給に波が出ることを避けたい。尾野さんはそう考えていた。
そんなとき、農林水産省の「スマート農業実証プロジェクト」を知る。
「スマート農業を導入することで経営がどれくらい効率化するか実証する農場を募集していたんです。手を挙げたら採択されました」(尾野さん)
その実証課題は「都市近郊小面積多筆数水田での加工業務用葉ネギ栽培のスマート実証農場」というもの。要は、何百枚もの狭い田んぼで業務用のネギを栽培するのにスマート農業を使ってみる実験場――ということだ。
尾野さんによると、圃場1枚の広さは平均で8アール程度と狭い。試した技術は主に次の四つになる。
(1) 営農支援システムによる管理のデジタル化
(2) 自動操舵(そうだ)システム
(3) ネギの収穫機
(4) ドローン
実証は2019~2020年度まで行った。使い続けている技術もあれば、やめてしまったものもある。
便利だった営農支援システムと自動操舵
実証実験が終わった今も積極的に使いこなすのが、営農支援と自動操舵のシステムだ。
営農支援システムは2製品を試し、「検索の機能もあるし、表示が見やすく使いやすい」(尾野さん)という理由で「アグリノート」を使っている。スマホから作業を簡単に記録できるため、重宝しているという。
自動操舵も2製品を試し、使いやすかった「FJD農機自動操舵システム」をトラクター1台に搭載している。
「誤差2、3センチ程度の高い精度で直進をアシストしてくれるので、経験の浅い従業員でも効率よく作業ができています」(尾野さん)
圃場の条件を選ぶ収穫機やドローン
一方で、あまり使わなくなった技術もある。ネギの収穫機とドローンだ。
「導入した収穫機は、ネギを刈っていく作業の速度が早く、その点は効率的でした。でも、収穫していない状態で走行する速度が遅く、圃場の条件を選ぶという印象です。大きい圃場で導入する分には問題ないけれど、うちの圃場は1枚が狭いし、1カ所に固まって存在するわけでもないので、移動に時間がかかり……」(尾野さん)
ドローンは、薬剤の散布に使いたいと導入した。しかし、「周囲に家が多いので、あまり使えていません。飛行のための許可を得る手続きが必要だし、薬剤が飛散するドリフトの問題もあります」。都市に近いからこそ使いづらい技術もあると尾野さんは話す。
生産性を向上させ倍の年商目指す
尾野農園では、スマート農業も取り入れつつ生産の効率を上げる試みを今後も続けていく。「生産性を上げていかないと、取り残されますので」と尾野さん。人手不足の深刻な地域だけに省力的な栽培も取り入れつつ、物価や賃金が上昇する世の中の流れに対応し、従業員の待遇を上げていこうとしている。
尾野農園の年商は3億円超。尾野さんは「将来的には6、7億円くらいには行きたいと思っています」と前を見据えている。