歴史あるミカン産地に、若い力を呼び込む
和歌山県の北西部、紀伊水道に面した下津町(海南市)は、隣接する有田市と並んで全国屈指のミカンの産地を形成しています。同地での柑橘栽培の歴史は400年前にさかのぼり、山の斜面を開拓して築かれた段々畑が鈴なりのミカンで染まります。収穫・出荷の最盛期は11月から12月ですが、日本農業遺産に認定される独自の貯蔵技術による「蔵出しミカン」を年明けから3月まで出荷しています。
町の面積の約半分を農地が占め、農家のほぼ全てがミカン生産に携わる下津町でも高齢化が進み、従事者における65歳以上の割合は増加の一途をたどっています。こうした状況のなか、下津町の一地区では、2015年から日本各地の一次産業を渡り歩く若者たちの自主組織「援農キャラバン」で農繁期に十数人が集まり、神戸市の事業者と組んで空き家を改装したシェアハウスで共同生活をするようになりました。
2017年にその事業を引き継ぐ形で「みかん援農」を立ち上げたのが、下津町を拠点に和歌山の農産物を活用した加工品ブランドを展開するフロムファームの大谷幸司さんです。その翌年には、援農者受け入れ農家と共に加茂川協議会を組織しています。
協議会ではこれまで援農希望者の募集、面接、農家とのマッチングをワンストップで行ってきました。その甲斐あって、当初は農家8戸、援農者十数人の小規模な活動でしたが、双方に需要が増え、2020年には約40戸、援農者は延べ70人を数えるまでになりました。
多様化する援農希望者層にリーチするには
下津町でミカンの援農希望者が増えている理由について、大谷さんは「満足度だと思います。」と答えます。「隣の有田市や愛媛県などの大産地と競合する厳しい条件で人を集めるには、魅力的な産地にならなければなりません。そのためにはホスピタリティが大切。援農者のコミュニティがあったり、農家さんが優しいことなどが大きな要素です。一方で切実に労働力を求めている農家さんの状況を理解してもらい、援農者に真剣に取り組んでもらえるよう、伝え方も工夫してきました。」と言葉を続けます。
大谷さん自身も丁寧な対応で援農者を迎えてきました。下津町に居心地のよさを感じて援農者の若者1人が移住就農し、約10人がここを拠点とするようになったといいます。
「援農者たちがよく働いてくれるので、農家さんたちからの希望が増えて規模が拡大したのは喜ばしいことです。しかし、私一人のアナログ運営では対応しきれず、機会損失になっていました。」(大谷さん)
機会損失の原因はもうひとつ、住居不足です。援農者は交通費・生活費・家賃などが自費のため、できるだけ出費を減らせるように、空き家を借り上げてシェアハウスにしています。しかし、空き家はたくさんあっても、農繁期の短期使用にメリットを感じて改装に応じてくれる家主は少なく、物件の確保は困難を極めています。双方のより多くの希望に応えるには、大谷さんの属人的な業務では限界に達し、実際に新規応募者の初期対応でメールの返信が遅れ、他で決まってしまうことも少なからずありました。
援農希望者の層も変化しています。「季節労働をする若者たちのネットワークがあり、援農希望者の多くはリピーターや経験者のクチコミで集まっています。もともとは旅人がコアな層でしたが、コロナ後は多様化して、和歌山県で農業をして、いろいろな人が集まるシェアハウスで暮らすという体験に価値を見出す人が増えているように思います。」(大谷さん)
援農という体験に若い人たちの関心が高まっているチャンスを逃さないように、産地として魅力を発信することが必要になってきました。
運営体制を立て直し、多様な層へ魅力を発信
2023年度、大谷さんら加茂川協議会では、農業労働力産地間連携等推進事業を活用して、運営事務を補佐する人材を臨時で雇い入れました。大谷さんは動ける時間を創出して、援農希望者の面接やマッチング、他地域との連携に注力してきました。その成果として、まず援農者の住まいの確保に進展がありました。新たに10余人分の住まいが確保でき、50人弱だったシェアハウスのキャパシティを60人まで増やしました。
また、従来は手が回らなかった生産者への情報発信でも、JAの協力を得て全約900戸のミカン農家の実態調査を実施。より魅力的な産地になるように、働き方改革へとつなげていきます。広報活動ではプロのライターを臨時雇用して、WEBサイトの一部をリニューアル。潜在層への産地の魅力発信にも取り組んできました。
「下津町でミカンの労働力を必要とするのは11月と12月です。援農者が翌年もまた戻ってこられる地域づくりと同時に、繁忙期が異なる産地間の連携も必要だと思っていて、群馬県の嬬恋村と連携できたのは大きな前進です。キャベツの収穫は10月に終わるので、通年で仕事を求めている特定技能実習生の方のニーズにも合致し、重量物の扱いにも慣れているので安心して任せられます。」(大谷さん)
23年度は2戸の農家がカンボジアの技能実習生を期間雇用し、「真面目で熱心に働いてくれる。」と喜ばれたことから、次年度はさらに連携を強化して受け入れ体制を整えようと模索しているそうです。
ミカンの里へ戻りたくなるコミュニティづくり
加茂川協議会の会長である大谷さんが、下津町で農協跡地の建物を改装して、2019年から営むカフェ「KAMOGO」は、柑橘をはじめとする地産品のアンテナショップ。県外からの来客も多く、情報発信や交流の場の拠点であり、いろいろな地域から来る援農者の居場所にもなっています。コミュニティづくりとして、ここで援農者が一堂に会する交流会を開くなどの取組も検討中です。
「援農者を受け入れる農家さんは、これまで親戚や地域の同世代60~70代の人の手を借りて繁忙期を乗り越えてきましたが、それだけでは地域の中の閉ざされたコミュニティにすぎませんでした。援農で多様な価値観を持つ若者たちが町へ来て、農業に興味を抱いて、実際に働いて喜んでくれる。農家さんにとってもそれが楽しみで自然とホスピタリティがわいてきて、よい関係性ができています。今後もその空気感をつくっていくことが大事。農業は、下津町においては大きな可能性を秘めていると感じています。」(大谷さん)
産地間連携は、産地から産地へ援農者をパズルのピースのように当てはめるものではありません。一人一人の価値観やその多様性を尊重して、毎年リピートしたくなる、引いては移住先や拠点にしたくなるアットホームな空気感を、ミカン農家の皆さんが共に守り育んでくれることでしょう。
【取材協力】
加茂川協議会
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【農業労働力産地間連携等推進事業に関するお問い合わせ】
株式会社マイファーム
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