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中国で絶賛されたスマート農業の技術は、日本で半世紀以上前に生まれた「農業用モノレール」だった

山口 亮子

ライター:

中国で絶賛されたスマート農業の技術は、日本で半世紀以上前に生まれた「農業用モノレール」だった

スマート農業と言ったら、どんな農機を想像するだろうか。無人で畑を走るロボットトラクター、農薬や肥料を散布するドローン、草刈りをするロボット除草機、ニッチなところだと自動で開閉する田んぼの水門などもある。そうした中、いま中国でもてはやされるものの一つは、農業用モノレールである。

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中国のミカン山にモノレール

中国国営テレビの番組で、傾斜のきついミカン山が映し出される。女性出演者が「なんて先進的なの!」と絶叫している。その視線の先にあるものは、日本のミカン山ではおなじみの農業用モノレールだった。

中国製のモノレールが柑橘(かんきつ)を入れたコンテナを満載し、ガタガタと左右に車体を揺らしながら急傾斜を上っていく。初めてそれを見る出演者が、走り出した車体に向かって「ブレーキを掛けなきゃ!」と騒ぐ。それを受けて農家の男性が自慢げに「終点に着いたら自動で止まるよ」と話して聞かせている。

愛媛出身の筆者はつい、「当たり前やん」とツッコミを入れてしまったが、出演者たちはいかにも感銘を受けたという感じではしゃいでいた。
場所は、内陸の湖北省にあるネーブルオレンジの産地。農村を探訪する番組「山水間的家(山水の間の家)」での一幕だ。

国営テレビ

番組のワンシーンで農家がモノレールを説明している。けん引車(赤色の部分)はガソリンエンジンを動力にしている(中国国営テレビCCTV「山水間的家」第2シリーズ、2023年8月12日放映より)

ドローンがモノレールの引き立て役に

番組では走行中のモノレールに花を添えるように、ドローンが3機ほど、柑橘の入ったコンテナをぶら下げて飛び立った。柑橘を積んでガタゴト走るモノレールが、映像としてあまりに単調で、視聴者が飽きるのを恐れたのだろうか。ただ、ドローンは明らかに添え物扱いで、主役はあくまでモノレールである。

なにせ、導入される前は運搬に15人の労働力が必要だったという。番組ではわざわざ、柑橘を背負子(しょいこ)に入れた生産者たちがぞろぞろと山を登る様子まで映し出していた。そんな重労働から解放され、人件費を節約できたのだから、問題解決の量においてモノレールはドローンを凌駕(りょうが)する。

「今は国がテクノロジーで農業をサポートしている。それでこのモノレールを付けてくれた」。
プロパガンダ(宣伝)を目的とする国営テレビだけに、生産者は国の政策を「よいしょ」することも忘れない。

日本では1966年に開発

農業用モノレールは、1本の軌道でコンテナなどの荷物を運ぶ運搬機械である。「モノラック」という製品名の方が、なじみがあるかもしれない。

国内では傾斜のきつい果樹園向けに、愛媛農機販売株式会社(当時は愛媛メイキ株式会社、愛媛県伊予市)が1962年ごろに研究を始めた。きっかけは、創業者の米山信介(よねやま・しんすけ)さんが愛媛県のかつての果樹試験場の場長から「農家が一番困っているのは急傾斜地での運搬」と言われたことだった。
同社はまず2本のレールを使う「複軌条」を試したものの、うまくいかない。「1本の四角いレールの上下をロールで押し挟んで、そのロールを駆動することで荷物のけん引はできないか」と米山さんが思いつき、これが開発の突破口になった。株式会社ニッカリ(岡山市)と米山工業株式会社(愛媛県松前町)と協力して1966年にモノラックを発表した。ニッカリがけん引車(機関車、動力車とも呼ばれる)を、米山工業がレール周りを製造する形でスタート。愛媛農機販売が主に愛媛県内の販売とメンテナンスを担当し、全国の販売はニッカリが担ってきた。

開発元の所在地からも分かるように、愛媛のミカン山をはじめ、傾斜地にある果樹園で重宝されている。

モノレール

愛媛のミカン山ではあるのが当たり前のモノレール

「日本で生まれ、(中国)台州で盛んに」

日本ですっかりおなじみの農業用モノレールは、中国ではまだ新しい技術に属する。
中国でその9割を製造するとされるのが、東部に位置する浙江省台州市。

同市のニュースメディア「中国台州網」によると、2010年ごろに同省寧波市の日系企業が関連する技術を導入し、中国の実情に合った研究開発を始めた。2015年ごろからは、台州の農機メーカーが開発に乗り出す。台州が農機メーカーの集積地で、全国に販路を築いていることもあり、発端となった日系企業以上に広い販路を獲得したと同市の農機の関係者が発言している。この記事(※1)には「日本で生まれ、台州で盛んに」という見出しが躍っていた。
※1 中国台州網「国内の90%のモノレールが台州で製造される」2020年12月7日掲載

行政の補助で爆発的に増加

2015年時点でも、モノレールはまだ珍しかったようだ。現地の報道によると、普及の端緒をひらいた日系企業がこの年に売った台数は20近くに過ぎず、売り上げは400万~500万元(1元19円換算で、7600万~9500万円ほど)だった(※2)。

※2 浙江日報「今年の総売上額は700億元を超える見込み 浙江省の農機設備は成長した」2015年11月26日掲載

冒頭の番組に出た生産者が話したように、行政が導入に補助金を付けるようになって一気に導入が進んだ。その売上額は、2020年に10億元(1元16円換算で160億円)を超えたとされる。製造メーカーも、雨後の筍(たけのこ)のごとく増えてきた。
中国は耕地面積の3割が山間部に位置する。そうした条件不利地の労働環境を改善する手段として、モノレールは期待を集めてきた。山を大きく削る必要がなく、「エコ」な点も今の時代に合うと評価されている。
いまやモノレールは柑橘だけでなく、茶やビワ、オリーブなど、さまざまな園地で使われている。

日本では開発から60年近くがたつ周知の技術でも、ところ変われば最先端の技術としてもてはやされる。実際にモノラックは、台湾をはじめとするアジア圏に輸出されているという。

「スマート農業」というとつい、AIだ、IoTだと頭でっかちに考えがちだが、農業用モノレールだって十分に「スマート」だ。中国でモノレールが先進的だともてはやされる現状は、スマート農業が目的と化してしまいがちな日本の農業界に「浮足立つな、もっと現実的になれ」と問題提起している――。そう思えなくもない。

国内は安全性と環境配慮が新潮流に

最後に日本国内の現状を紹介したい。
愛媛農機販売の会長・米山尚志(よねやま・たかし)さんによると、農業に限らない用途まで含めると、「産業用、建設工事用(レンタル)が大きく伸びており、農業用モノレールは少なくなってきています」。

モノラックの今後について米山さんは「農業者の高齢化が進む中で、より安全性の高いもの、環境への負荷の少ないものに進化していく」と予測する。

現在普及している農業用モノレールは貨物の運搬を目的とした「非乗用」で、人が乗ることはできない。1人用の乗用装置を取り付けることができるものの、使用例は極めて少ないという。にもかかわらず、現場では人が乗ってしまっていることが多い。

そのため今春、けん引車と乗用装置を一体化した新型の機関車が発売される予定だ。
「農家の高齢化が進んでおり、事故が起こらないようにするためにも、安全性の高い乗
用装置付きが普及していくとよいなと思っています」(米山さん)

環境への負荷を減らすため、エンジンも変化してきた。もともと瞬発力とパワーに優れた「2ストロークエンジン」を使っていたが、排出ガス規制に対応するため、今ではエネルギー効率と燃費に優れた「4ストロークエンジン」を使う。

さらに、ガソリンではなく電気を動力にする開発も進む。「近いうちにガソリンエンジンより操作性、取り扱いやすさの向上した電動モノラックが出現することに期待しています」(米山さん)

農業用モノレールの進化は続く。

(参考文献)愛媛県果樹研究同志会、愛媛県女性果樹同志会「きらり人物伝 みかん王国愛媛を築いた人々 愛媛県果樹研究同志会60周年 愛媛県女性果樹同志会50周年記念誌」2007年

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