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2万円台でハウスの遠隔監視ができるって本当?~農業生産者に聞いた「通い農業支援システム」のリアル~

2万円台でハウスの遠隔監視ができるって本当?~農業生産者に聞いた「通い農業支援システム」のリアル~

「ハウスを遠隔監視したいけどコストが……」とお悩みの方に朗報! 農研機構がリリースした「通い農業支援システム」は2万円台でそれを実現してくれるという。でも、それって本当なのだろうか? 本稿では、「通い農業支援システム」の開発担当者と、実際にシステムを導入した農業生産者に、システムの開発経緯から概要、そしてシステム導入のリアルまで、詳しく語ってもらう。

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「通い農業支援システム」は東日本大震災の被災者支援のために開発された

システムの開発経緯と概要を教えてくれたのは、農研機構東北農業研究センターの福島研究拠点にある農業放射線研究センターで「通い農業支援システム」を開発した山下善道(やました・よしみち)さん。
「私がここに赴任したのは2016年のこと。以来、被災地の営農再開のための研究開発を行っています。赴任当時、被災した農業生産者は大変な状況に置かれていました。少なくない方が、自宅から避難して生活しながら、日中は遠方になってしまった自分の農地に通いながら農業をしており、頻繁な見回りは困難な状況でした」と当時を振り返る。
そこで、山下さんはハウスを遠隔監視できる安価なシステムを開発しようと決意したのだという。
「当時から遠隔監視システムは市販されていましたが、それらは高機能ではあるものの試しに手を出せる価格ではありませんでした。そこで農業生産者が普段から農業機械などの保守をしたり設備を自作したりするように、DIYでシステム構築から保守管理、運用までできるようにすることで、コストを抑えることにしました」

通い農業支援システムはDIYだから安価にできる!

通い農業支援システムの仕組み(農研機構「安価かつ簡便にハウス環境を遠隔監視できる通い農業支援システム標準作業手順書」より引用)

「通い農業支援システム」を導入することで、ビニールハウスなどの農業施設の温度・湿度などをスマートフォンで遠隔監視できるようになる。ハウスに設置したセンサーから格安SIMによるWi-Fiを経由してハウス内環境情報を収集。プログラムを実行すればスマートフォンのメッセージアプリに通知が届く、という仕組みだ。
このシステムの最大の特徴は、一定程度の知識があれば、ハードウェアは市販品を組み合わせることで、ソフトウェアは無償で配布されるプログラムを利用することで、DIYで安価に作ることができる点にある。取得するデータは、温度や湿度、土壌水分などだが、農業生産者のニーズに応じて自身で選択できる。
データを取得する間隔を任意に設定したり、定期通知のほかに異常値が発生した場合には警報通知を実行させたりすることもできる。また、取得したデータを小型パソコンRaspberry Pi(ラズベリーパイ)にCSV形式で保存して、日平均値や最大値・最小値やグラフをユーザーのスマートフォンに通知することもできる。この便利なシステムは、農研機構が公開している標準作業手順書によればハウス1棟分を約2万円で構築でき、通信費は1カ月あたり約1000円であるという。
だがしかし……本当に農業生産者がDIYで、こんな便利な仕組みを構築できるのだろうか? 以下に、実際に導入に挑戦した農業生産者の声をお届けしよう。

団体で挑戦すれば助け合うことでIT知識なしでも構築できる!

SAF会の仲間と塩田さん(前列左)

今回話を聞いたのは、SAF会(白河農業友の会)の会長を務める塩田喜徳(しおた・よしのり)さん。SAF会とは、福島県南部にある白河市・西白河郡の若手農業者で構成された青年団体のことだ。塩田さんによると、通い農業支援システムの導入は、県の普及部が開催したワークショップがきっかけだったそうだ。挑戦したのはSAF会のメンバー5人。全員共通のベースとなる仕様を「温度と湿度をとることができるシステム」と決め、取り組みを始めた。
「私たちは農家ですからDIYには慣れていますが、正直に言ってITに関する知識は自信がありませんでした(苦笑)。一番できるメンバーが、マイクロソフトのExcelを使いこなせる、というレベル。その次はブログを書くのにHTMLを触ったことがある私です。結論から言えば、仲間と協力して団体で挑戦したおかげで、誰一人挫折することなく、導入することができました。県からいただいた補助金で機材の購入費を賄うことができましたし、講師に山下さんをお招きして導入講習会を開催していただくことができました」

正しい機器を適価で買うのが案外難しい!

通い農業支援システムの導入コスト試算(農研機構「安価かつ簡便にハウス環境を遠隔監視できる通い農業支援システム標準作業手順書」より引用)

通い農業支援システムの構築に必要な機器は、農研機構が無償公開している標準作業手順書にすべて記載されている(上表)。だが、実際に挑戦してみた塩田さんの感想を聞いてみると、案外容易ではないのだという。
「たったコレだけかと思うかもしれませんが、正しい製品を適価で買う、というのが案外難しかったです。例えば、HDMIケーブルやUSBケーブルにはさまざまな規格があります。一緒に使う小型パソコンの規格に合わないケーブルを買ってしまい、使えなかったことがありました。また、最近は半導体不足が影響しているのか、特に小型パソコンの『Raspberry Pi 3 Model B+(以下、3B+)』が値上がりしています。転売屋とは言いませんが、ちょっと高過ぎる値段で売っている通販サイトが散見されます。そのうえ今は上位機種の『4B』や『5』が発売されています」とのことで、場合によっては費用が余計にかかってしまうこともあるようだ。
通い農業支援システムはRaspberry Pi 3A+、4B、5など3B+以外でも動作するとのことで、これらを代わりに購入してもよいが、「正しい製品を適価で買うのは、一人では難しい」と塩田さんは強調した。

プログラミングは知識がなくても、団体で挑戦すればなんとかなる!

温度の測定方法とアクセストークンの取得のプログラミング説明(農研機構「安価かつ簡便にハウス環境を遠隔監視できる通い農業支援システム標準作業手順書」より引用)

導入に挑戦したいと考える農家がもっとも気になるのは、各種機器の設定とプログラミングだろう。塩田さんは、IT知識ゼロという人が単独で挑戦するとなると難しいのではないだろうか、と語る。
標準作業手順書にすべて記載されているとはいえ、例えば、無線通信機能付きマイコン(Seeed株式会社製Wio Node)を設定するための専用アプリをダウンロードして登録→センサーを登録する、という作業を行うが、これだけでも結構な手間が掛かりそうだ。
「プログラミングというほどではありませんが、一部の説明は英語ですから、IT知識が乏しいうえに英語が苦手、という人には厳しいのではないでしょうか? 私たちは仲間で取り組んだので、できた人に教えてもらいながら、なんとか全員が完成させることができました。多少間違えたところで、うまく作動しないだけで、壊れてしまうことはありませんから、興味がある人は積極的に挑戦してみてはいかがでしょうか」(塩田さん)
導入を終えた後の保守管理・運用についても、たとえ不具合が発生しても自分で構築したシステムだから自分で対応できる、と塩田さんはメリットを感じていた。
また、ベースの仕様として温度と湿度を取得するシステムを構築したが、後に土壌水分量と照度もとれるようにステップアップしたメンバーもいる、とのこと。自身のニーズや予算に合わせて自分仕様に仕上げることができるのも、このシステムの魅力である。

結論:「通い農業支援システム」は団体で、地域の普及員・指導員を巻き込んでの導入がオススメ!

普及員とともに生産者圃場(ほじょう)を訪問する山下さん(左)

塩田さんの体験談から判断すると、通い農業支援システムはITの知識があれば、単独でも導入できる。自信がないという人は、塩田さんたちが行ったように、団体で挑戦するとよさそうだ。さらに山下さんは、地域でのシステム導入のコツについて次のように話す。
「メールなどでお問い合わせいただき、自分で作成できたといううれしいお声もいただいております。一方で、一人では難しいなと感じる方もいらっしゃいますので、農家さんだけでなく関わってくださる普及員さんや指導員さんの中に詳しい人がいれば、まずはその方を中心に進めていただくのがよいですね。その中で団体を通じて取り組んでいただければ、SAF会向けに行ったようにワークショップを開催するなど、支援が可能な場合もあります。普及員さん・指導員さんを巻き込むことで導入の力になっていただけるだけでなく、産地の総合力が向上することも期待できます。そうした意味でも団体での導入を検討していただけるとうれしいですね」

最後に山下さんは、このシステムを活用した農家の支援について、展望を語ってくれた。
「『通い農業支援システム』は被災した農業生産者を支援すべく立ち上げた仕組みですが、データを活用した農業の入り口の役割も果たせるのではないか、と考えています。今後、生産者間でデータ共有を実現できれば、生産者の皆さんが仲間と協力したり競い合ったりしながら生産力の向上に挑むことで被災地の営農再開の後押しとなるはずです。今後も徐々にアップデートして、皆さんのお役に立てるシステムとして育てていきたいです」

参考:安価かつ簡便にハウス環境を遠隔監視できる通い農業支援システム標準作業手順書

取材協力・画像提供:農研機構

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