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年商2.6億円、新進気鋭の若社長。父の大規模農業法人を継がず、見知らぬ土地で独立就農に踏み切ったワケ

連載企画:若者の農業回帰

年商2.6億円、新進気鋭の若社長。父の大規模農業法人を継がず、見知らぬ土地で独立就農に踏み切ったワケ

創業わずか3年で年商1億円超えを達成し、30歳にして年商2.6億円をたたき出す新進気鋭の若手農家がいます。その手腕からメディア露出も多く、多方面で華々しい活躍を見せる一方、元々は見ず知らずの場所で起業し「土地が手に入らず規模拡大できない」、「経営が分からず会社が成長できない」といった壁にぶち当たった時期もあるといいます。そんな壁をどう乗り越えてきたのか、アイ・エス・フーズ徳島株式会社代表の酒井貴弘(さかい・たかひろ)さんにお話を伺いしました。

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国内トップの青ネギ生産量を誇る農家

徳島県阿波市にあるアイ・エス・フーズ徳島株式会社。同社では青ネギを専門で通年栽培しており、兵庫県南あわじ市にあるグループ会社などの収量を合わせると、年間約2400トンと国内でもトップクラスの生産量を誇ります。

一面に広がる青ネギ畑

一つ一つの圃場ごとに土壌分析を行い、土の状態のデータを見ながら行う施肥設計の技術と、長年培ってきたデータをもとに行われる細かな管理体制から作られる青ネギは高い品質が評判で、夏の生産量が落ちる時期でも、取引先への安定供給を欠かしません。

現在、通年でのより安定的な供給を図るため、岡山県や兵庫県にある高冷地の産地などと連携を取りながら青ネギの生産を行っているといいます。

同社のもう一つの特徴が、若い年齢層の組織であるという点。代表である酒井さん自身、取材当時30歳と農業経営者としては非常に若く、40人以上の従業員がいる同社の平均年齢は32.5歳。20代の従業員が多いことも、同社の活気を生み出しているといえそうです。

アイ・エス・フーズ徳島の「農業界のリーディングカンパニーになる」といったビジョンに共感して入社する人も多いといい、元々は上場企業で役員を務めていた人物など、多くの優秀な人材が酒井さんの目指す方向に共感し入社を決めたそうです。

アイ・エス・フーズ徳島の皆さん

年商1億2000万円を達成するまで。それまでの苦悩

23歳で見知らぬ土地に飛び込み独立

元々、水稲とタマネギを作る南あわじ市の農家の家に生まれた酒井さんでしたが、「農業はもうからないぞ」と家族が口にしていたこともあり、小さいころから「農業はお金にならないし、若者がやるものではない」との印象を抱いており、「昔は農業が好きではなかった」といいます。

そんな中、人生の転機となったのが父が新たに取り組み始めた青ネギ栽培。たまたま目にした決算書を見た時、青ネギの利益率が25%を超えていたことから、農業はもうかる可能性があるのではないかと考えが変わったといいます。

当時、高校卒業後に働いていた会社で仕事量と給料のギャップに納得できず、もっとお金を稼ぎたいと考えていた酒井さん。20歳の時、当時父が代表を務めていたアイ・エス・フーズ株式会社へ入社し、農業の道で生きていくことを決断したといいます。

独立志向を抱いたのは、21歳の時に業務の一環で中国の青ネギ産地を見学したことがきっかけ。当時はなんとなく「中国の農業は日本よりも技術や管理体制などがずさん」という先入観を持っていたものの、実際に産地へいくと、その固定観念がひっくり返されたと言います。

日本よりも広い面積でありながら、日本よりも精度の高い品質管理や効率の良い生産が行われていたのです。「世界の農業経営はここまでのレベルなのか」といった驚きとともに、「このままでは日本の農業は海外に負け、差が開き、衰退していく」と危機感を覚えたといいます。また、そんな農業界を変えたいといった思いも芽生え始めました。

こうした経験もあり、自分の力を試してみたいという気持ちが増していった酒井さん。この頃、契約農家から聞いた「徳島県阿波市では高齢化が進み、耕作放棄地が増えている。さらに同市では市独自の施策を展開し農業に力を入れている」といった話にも興味を抱き、見知らぬ土地であった現在の場所で独立することを決意。24歳の時、アイ・エス・フーズ徳島を設立しました。

社名こそ、父が設立した会社名を踏襲しましたが、資本関係はないといいます。あくまで自分一人の力でどこまでいけるかを試したかったのが、その理由です。

移住後はすぐに20アールの畑を借り、青ネギ栽培を始めることができた酒井さんでしたが、その後は栽培面積を広げるのに苦労したといいます。耕作放棄地が増えているとはいえ、見ず知らずの人間に大切な土地を貸してくれる人はそういません。

そこで、地域の集まりに積極的に顔を出し、地権者のお宅を訪問するなどして、ひたすら自分のことを覚えてもらうよう働きかけたといいます。こうした酒井さんの姿や真面目に農業に取り組む姿勢が買われたこともあって徐々に貸し手が見つかっていき、現在では徳島県だけで栽培面積を約20ヘクタールまで拡大しました。

マネジメントできなくして会社の成長なし

設立から3年たった頃には年商1億2000万円を超え、多くのメディアで取り上げられるようになった酒井さん。しかし、酒井さんは「3年で億といわれますが、何もすごないんです。マーケットがあったから作れば売れていっただけ。私だからできたわけではない」といいます。

この頃、青ネギを大量に仕入れる大手うどんチェーンが東日本へ進出したことを期に、青ネギ需要が全国的に拡大傾向だったことがその理由。当時は「作れば作るほど売れた」という順調ぶりでしたが、経営者として苦心する場面もあったといいます。

これまでの歩みを語る酒井さん

象徴的だったのが、従業員のマネジメント。売り上げ自体はわずか3年で年商1億円を超えましたが、これに伴って働く人数も増えていきました。当時は従業員に辞められてしまうことが何より怖かったという酒井さん。周りは自分よりも年上が多かったため、上の年代の従業員の意見を尊重しなければならなかったり、自身も自然と意見を仰ごうという姿勢が強くなってしまいました。

結果として、働く側にとっては意見が通るので、働きやすい職場環境ではありましたが、会社としては成長というよりも、辞められないためにといった保守的な方向に向かっていってしまいました。このため当時は「社長と社員の立場が逆転している状態だった」といいます。また、設立間もない黎明(れいめい)期だったこともあり、会社ルールや方針も決まり切っていなかったことから、みんなで同じ方向を向けていない状態でした。

「このまま従業員をうまくマネジメントできなくては会社の成長はないし、農業界に変革をもたらすことなど到底できない」と酒井さん。設立3年目以降は自らが現場を離れる決断をし、一から経営について学び始めたそうです。

会社を成長させるために取り組んできたこと

ミッション・ビジョン・バリューの策定

初めに取り組んだのが、企業の根幹となる経営理念を作り、社員全体に共有することでした。
会社としての方向性が固まってからは、従業員の仕事に取り組む姿勢が変わっただけでなく、人材の採用基準も明確になりました。何か選択を迫られた時、経営理念として掲げるミッション(使命)・ビジョン(未来)・バリュー(行動指針)が判断の基準としてあることで軸がブレず意思決定できるようになったといいます。

アイ・エス・フーズ徳島のミッション・ビジョン・バリュー

働く場所の環境整備

近年はGAP(農業生産工程管理)の拡大もあり、生産現場や倉庫など働く場所の環境整備は当たり前となってきました。アイ・エス・フーズ徳島でもASIAGAPを取得しており、適切な衛生管理を実現しています。

一つ、他のGAP認証事業者よりもこだわっていることがあります。それは、事務所のガラス張りの会議室や、建物の雰囲気・香りだそう。

実際、エス・アイ・フーズ徳島の事務所に入ると、おしゃれなアパレルショップにきたのかと思うほどいい香り。大手企業にありそうなガラス張りの会議室には筆者自身も、農業法人では始めての経験で驚きました。

モダンな雰囲気漂う事務所

「事務所はお金を生まない。そこにこだわるなら、違うところにお金を使った方がいい」と、他の生産者から指摘されることもあるといいますが、酒井さんの考えは違うといいます。

「この事務所は若い世代が見た時に、他の農業法人との違いとして記憶に残り、働きたいと思ってもらう狙いがあります。個人的に、農業経営者は人材にもっとお金を投資していくべきではないかと考えています。農業はまだまだ他の産業に比べて優秀な人材が少ないことが現実問題としてあり、農業法人でも代表が頑張っているだけで、右腕となって経営を担える人材が少ないというのはよく聞く話です」(酒井さん)

清潔感のある休憩室

アイ・エス・フーズ徳島では、運よく上場企業で役員をやっていた人材が財務として入社してくれ、そのタイミングで企業としての成長スピードががらりと変わったことを実感しているそう。この経験もあり、リクルートに対してお金を掛ける重要性が骨身にしみていると言います。

新進気鋭の若手農業者が見据える、国内シェア25%の野望

最後に、今後のアイ・エス・フーズ徳島の展望を伺うと、力強い言葉で構想を語ってくれました。

「今後の構想は二つあります。まずは、関東エリアでの青ネギの生産です。現在、徳島県、兵庫県、大分県(令和7年より本格的な栽培開始予定)、岡山県(連携産地)で青ネギの生産を行っていますが、これまで生産量の約30%ほどを関東方面に販売していました。しかし、近年の物流費の高騰もあり厳しい現状にあります。そこで、各都市近郊で青ねぎの生産を行わなければならないと考えています。もう一つが外部からの資金調達によるスピード感をもった事業展開です。現実、自分たちの資金力だけでは事業を拡大するスピードにも限界がありますし、それにともなった優秀な人材の確保は難しい。そのためにも資金調達といった部分が必要不可欠になると考えています」(酒井さん)

具体的な目標数値は、全国の青ネギでのシェアを25%獲得すること。そうして初めて、農業界にいい意味での変革をもたらすことができると考えているといいます。

「青ネギ全体の市場は約400億円あるといわれています。私達は国内でもトップクラスの生産量になりますが割合としてはそのうちの2%とか3%ほどしかありません。目指すのはシェア25%なので、100億円の売り上げです。また、それに伴ったグループ全体でのIPO(上場)も資金調達という意味では必要不可欠になります。これらを実現することを、日本の農業に影響を与えるスタートラインに立つことだと位置づけています」(酒井さん)

新進気鋭の若社長が目指す先は、青ネギ界のメガプレイヤー。農業界のリーディングカンパニーとして業界をリードする生産者が出てきた時に、新たな農業の時代が作られていくのかもしれません。

取材協力

アイ・エス・フーズ徳島株式会社

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