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経営の立て直しを託された、日本を代表するわさび農家の5代目。再建の根幹にある「生産」への原点回帰

経営の立て直しを託された、日本を代表するわさび農家の5代目。再建の根幹にある「生産」への原点回帰

全国最大規模の面積を誇るわさび畑を保有し、生産、加工、販売まで手掛けている企業がある。長野県安曇野市にある株式会社大王だ。同社が運営する「大王わさび農場」は連日多くの人たちでにぎわい、年間来場者数は延べ約110万人を数える人気ぶり。2020年から経営のかじを取る5代目代表の深澤大輔(ふかざわ・だいすけ)さんに、これまでの農業経営と、これからの仕掛けを聞いた。

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紡がれてきた経営のバトン

およそ15ヘクタールの圃場でわさびを通年栽培する大王わさび農場。初代園主の深澤勇市(ふかざわ・ゆういち)氏が荒地を開墾してわさび産地を作ったことが起源で、2代目園主が漬物製造業を始め、大輔さんの父にあたる3代目園主がわさび畑を観光地化して現在の経営基盤を作るなど、それぞれの代で事業を多角化し、収益を伸ばしてきた。

創業から100年以上が経過した現在は安曇野市を代表する名所としても知られ、四季折々の表情をのぞかせる広大なわさび畑と、美しい湧き水が織りなす景観が、訪れる観光客や地元住民らを魅了している。魅力的な観光地を紹介する「ミシュラングリーンガイド」の一つ星を生産現場として全国で唯一獲得するなど、近年、ますます国内外から熱視線を浴びている。

経営再建を託された、農業経験のない末っ子

こうした農場経営のバトンを受け、2020年に5代目代表に就任した大輔さん。

4人兄弟の末っ子である大輔さんは元々、家業を継ぐつもりはなく、明治学院大学卒業後に単身イギリスに渡りロンドン芸術大学に入学。靴のデザインやマーケティングを学び、卒業後はフリーランスで靴の製作業務を請負いながら技術に磨きをかけてきた。

「幼少期から、農場経営は長男である兄が継ぐものと思っていましたので、私自身はわさびを経験することなく生きてきました。その兄が大王を退社したことで、自分がやるしかないという心境でした」

深澤大輔さん

当時生活していた東京から週2日ほど農場に通ってわさび栽培の理解を深めつつ、数年後の代表就任を見据えて簿記や経営の知識を学んだ。2019年に安曇野市にUターンし、取締役として大王に入社。翌2020年に母である4代目から代表の座を継いだ。

堅調に成長を続ける農場の経営を引き継いだ若い跡取り。周囲からは、そんな羨望のまなざしを向けられているかもしれないが、大輔さんは当時の経営状況を「えげつなかった」と回顧する。代表就任後は、芳しくない経営状況からの立て直しに苦心することになる。

赤字事業、気候変動、コロナ禍の三重苦

大輔さんが入社当時に目の当たりにした課題はいくつかある。

象徴的だったのが、赤字が続く販路と生産体制の課題だ。
大王で生産したわさびの販路は、ほとんどが農場来訪者への直販だが、直近までは先代からの付き合いで卸への出荷もしていた。「契約上の受注量を賄うため、場合によっては収穫適期ではないわさびも取る必要がありました。これでは生育サイクルもくるってしまいますし、生産管理も難しくなります。何より、歩留まりの悪い時期には他からわさびを取りよせて受注量を補填(ほてん)することもあり、そうなると当然赤字でした」

栽培が難しいことで知られるわさび。特に暑さに弱く、通年で安定した収穫量を用意するのは極めて難しい。近年は気候変動の影響もあり、「20年くらい前から、わさびが昔のように採れなくなってきており、その打開策も見いだせずにました」と大輔さん。

当時の損益分岐点はおよそ9億円。これに対し、2019年の売り上げは6億円台まで落ち込んでいた。「どうにかして立て直さなければ」。再起の方法を模索する大輔さんに、今度は新型コロナウイルスの感染拡大が追い打ちをかける。外出自粛の影響をもろに受け、2020年の売り上げは3億円ほどにまで落ち込んだ。

「これまではお客様に来ていただいてなんぼのビジネスモデルでしたが、お客様が来なくとも売り上げを上げられる体制を作らなければいけませんでした」(大輔さん)。市や国の補助金などで赤字を賄いながら、コロナ禍の期間は徹底的に畑と経営の立て直しに動いた。

再起を賭けた、生産への原点回帰


経営の立て直しに向けた取り組みの根幹にあるのが「生産」への原点回帰だ。

「これまでは収穫しては植えるという量産体制でしたが、今は『とにかくいいわさびを作ろう』という方針に切り変えました。まずは畑を直し、管理できる状態にしなくては(お客さんに)出せないと考えたためです。すべての畑を手掛けるとなると8年ほどかかりますので、そのための組織づくりを逆算して考えました」と大輔さん。

現在は生産と並行して1区画ずつ生育サイクルを見直しつつ、近隣のわさび農家も招へいして、栽培技術の向上を図っている。

時には赤字を計上し、わさびの品質を損ねる可能性もはらんでいた卸への出荷はきっぱりやめた。現在、わさびの販売は大王わさび農場での直販のみ。当然、飲食店などからの引き合いも多いが、基本的には断っている状況だという。

組織体系も大幅に変更した。これまでは多岐にわたる部門にさまざまな肩書きの従業員がいたが、現在はそれらを総務、営業、農場管理をつかさどる三つの課に再編。おのおのの役割を明確化した上で、より横断的に業務がまわる体制に切り替えた。

こうした取り組みが実を結び、2019年に6億円台まで落ち込んだ売り上げは、2023年には8~9億円ほどの水準まで戻すことができたという。

「わさび=大王」という認知を海外で

国内でも屈指の生産量を誇る大王だが、大輔さんは「収穫量へのこだわりはありません。数年前はシェアを広げて価格決めのイニシアチブを握る方針だったこともありましたが、今はわさびの質を落としてまで量産していこうとは考えていません」と強調する。

では、現在目指すべきところはどこなのか。大輔さんは「まずは来ていただいているお客様に、より品質の高いわさびを届けたい。その先に、海外進出を見据えています」と即答する。

「海外で和食は人気ですが、本物のわさびはまだ浸透していない。それを変えたいと思っています。10年後、いいわさびを量産できるようになった暁には海外で販売していけるよう準備を進めています。目指すは『わさび=安曇野の大王』。安曇野の名が世界に通るようになり、地域や農場に来ていただける方が増えたらうれしいですね」

100年以上の歴史を紡いできた老舗農家は、若き5代目の元で第2の創業期を迎えている。

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