農業資材の価格高騰・価格転嫁への課題
2023年度の農業白書では、前年と同様に農業に使われる資材の値上がりが経営に与える影響について報告されている。特に飼料、肥料、燃油などの価格が急激に上昇し、生産者や食品企業のコスト負担は大幅に増加した。このような状況において、生産コストの負担を商品の販売価格へ転嫁できない場合、生産者の経営体制は不安定になる可能性がある。
価格転嫁について2022年10月から2023年2月に農業者を対象に実施された調査では、「価格転嫁ができない」と回答した農業者の割合が36.7%。これは農業者が直面する経営課題の一つとしても挙げられている。また、食品製造業(中小企業)においても価格転嫁の割合は53.1%にとどまっており、コストが増えた分を販売価格に反映できていないことが示されている。
農業で使われる資材の値上がりは、農業者にとって深刻な問題だ。中小規模の経営者にとっては、商品への価格転嫁ができない場合、経営の継続が難しくなるリスクが高い。このことから、政府と民間が連携して、価格転嫁しやすい仕組みをいち早く整えることが鍵となるだろう。
揺らぐ世界の食料供給と日本の対策
世界の食料需給は、不安定になっている。途上国を中心とした世界人口の急増による食料需要の増加、気候変動による異常気象、地政学リスクの高まりなどが原因だ。それに伴い、食料の国際価格も上昇傾向にある。
日本の食料供給は、国産と主要輸入先である米国、豪州、カナダ、ブラジルの4カ国が中心だ。日本の供給熱量(国民に供給される食料の総量をカロリーで表したもの)のうち、国産と上記の4カ国で全体の約8割を占めている。食料供給の安定性を維持するには、輸入品目を国産へ置き換える取り組みや、主要輸入先国との安定的な関係を維持することが必要だ。
国際的な食料需給の変動に対応しながら、国内の食料供給を安定させるには、持続可能な農業とサプライチェーン(原材料の調達から製品の生産、流通、販売までの一連の流れ)の構築が不可欠である。これには政府と民間が一体となって取り組むことに加え、消費者の理解と協力も必要だろう。
2023年の農産物輸出は過去最高を更新
2023年の農林水産物・食品の輸出額は前年に比べ2.8%増加し、過去最高の1兆4541億円に達した。特に真珠や緑茶、牛肉などの増加額が大きかった。
政府は2025年までに輸出額を2兆円、2030年までに5兆円とする目標を掲げており、この達成に向けた取り組みを進めている。その一つとして、新たに輸出事業計画を立てる事業者に対して、輸出産地の形成に必要な施設整備などを支援している。さらに専門的な知見を持つ外部人材「輸出産地サポーター」を地方農政局などに配置し、輸出事業計画の相談から実行までを後押ししている。
日本農業を持続させるには、国内市場だけでなく、海外市場の開拓が必要だ。特に、高品質な日本の農産物は海外で評価を受けており、輸出戦略を強化することは生産者の所得向上に寄与するだろう。
気候変動がもたらす農業の課題と対策
地球温暖化による気候変動が引き起こす気温の上昇や降水パターンの変化が、農作物の生育に悪影響を与えることが報告されている。具体的には、作物の生育障害や品質低下などだ。気候変動によるリスクを低減する取り組みとしては、農林水産業の活動で発生する温室効果ガスの排出を削減する対策が行われている。主な取り組みは以下のとおりだ。
メタンの発生抑制技術
水稲栽培における中干し期間の延長や耕作技術の改善により、農地土壌から排出されるメタンを削減する。また、畜産分野では家畜の排せつ物や消化器官から発生するメタンガスを削減する技術の開発・普及が進められている。
再生可能エネルギーの活用
農業用ダムや水路を活用した小水力発電施設、農業水利施設の敷地を利用した太陽光・風力発電施設の整備が進んでいる。2022年度末時点で合計297施設が設置されており、これによって農業水利施設の使用電力の30.9%が再生可能エネルギーで賄われている。
気候変動は長期的に見ても農業に対する大きなリスクであることは変わらない。気候変動への適応策を早急に行うとともに、温室効果ガスの排出削減に向けた技術革新に取り組むことが求められるだろう。
2050年を見据えたみどりの食料システム戦略
みどりの食料システム戦略とは、環境負荷を低減しながら食料生産力を向上させるための中長期的な政策である。2021年5月に計画され、2022年7月に「みどりの食料システム法」が施行された。この戦略では、2050年までに目指す姿とその実現に向けた具体的な取り組みが掲げられ、評価の指標として14の数値目標が設定されている。この目標のうち今回の農業白書で取り上げられた主な項目と詳細は、以下のようになっている。
CO2ゼロエミッション化
2050年までに農林水産業で発生するCO2をゼロにする目標。燃料燃焼によるCO2排出量の削減や、省エネルギー型農業機械の普及、再生可能エネルギーの導入などを推進している。
化学農薬使用量の低減
化学農薬の使用量(リスク換算)を2050年までに50%低減するために、化学農薬を使用しない有機農業の拡大や、病害虫の発生を抑える総合防除技術などの取り組みの強化を図っている。これにより、2022年度の化学農薬使用量は、2019年度比で約4.7%の低減が達成された。
化学肥料使用量の低減
化学肥料の使用量を2050年までに30%低減するために、適正な施肥の推進や堆肥(たいひ)などの活用が進められている。2021年の化学肥料使用量は85万トンで、2016年と比較して約6%低減した。
みどりの食料システム戦略は、環境保護と生産力向上を両立させる重要な取り組みである。また、具体的な数値目標により進捗(しんちょく)状況を定量的に評価しやすいので、実行力を高める助けにもなっているだろう。
新たな農業者の減少と支援策
2022年度の新規就農者数は前年度に比べ12.3%減少し、4万5840⼈であった。コロナ禍で落ち込んでいた他産業の雇用が回復したことなどが要因と考えられる。その一方で認定新規就農者は前年度に比べ2.3%増の1万806人となっており、新規就農者の支援施策が一定の効果を上げていることが示されている。また、将来の担い⼿とも言える49歳以下の新規就農者のうち、新規雇用就農者の割合は45.7%に達し、新規自営農業就農者の38.5%を上回っている。この数字からも分かるとおり、新規就農者の受け皿としての法人農家の役割が大きくなっていることは明らかだ。
農林水産省は、就農相談会の開催や職業としての農業の魅力の発信についても支援している。その一部としては、農業団体などの伴走機関による研修向け農場の整備や、新規就農者への技術サポートなどがある。
認定新規就農者の増加は、とても明るいニュースだ。その新規就農者の経営難を防ぐためにも、資金面だけでなく、技術支援や経営ノウハウの提供が必要になる。その一環として、地域のコミュニティーや先輩農業者と気軽に交流できるような支援施策があるとよいだろう。また、若年層の新規就農者が増加すれば、地域農業の持続性を高められるので、今後も継続的な支援が求められる。
まとめ
2023年度の農業白書では、前年と同様の課題が多く見られた。物価高の影響で農業資材の価格が上がり、農家の経営は厳しい状況が続いている。また、気候変動による異常気象が作物に深刻な影響を与えていることも報告されている。
しかし、これらの問題を解決するための取り組みが進められているのも事実だ。新規就農者への支援や、持続可能な農業を目指す活動が行われている。さらに、日本産の高品質な農産物の輸出を増やし、農家の収益を向上させるとともに、国民の食料を確保するための具体的な対策も詳細に示されている。これらの取り組みは生産者だけでなく、消費者も協力することで、より良い結果をもたらすだろう。
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