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ブドウ育種家・林ぶどう研究所に聞く、交配育種の手順とは(除雄・交配編)

少年B

ライター:

ブドウ育種家・林ぶどう研究所に聞く、交配育種の手順とは(除雄・交配編)

ブドウの新品種を作る方法はいくつかありますが、もっとも一般的なものが「交配育種」です。いつかは自分だけのオリジナル品種を作ってみたい。そんな野望を抱く農家さんもいるでしょう。自分の好きな品種を掛け合わせて、品種改良する。言葉にすると簡単ですが、熱意と技術が必要な、難しい作業です。そこで今回は、オリジナル品種の開発を手掛ける林ぶどう研究所の林慎悟(はやし・しんご)さんに、ブドウの交配作業についてお聞きしました。前編となる本記事は、除雄と交配の作業を実際に体験しながら話をうかがっていきます。

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ブドウ交配の手順とは

―交配とは具体的に、どのような作業をするんですか?

まず、交配の前に「除雄」という作業が必要になってきます。ピンセットを使って、種子親(母親)になる品種の房から、花が開く前にキャップを外し、雄しべを取り除くんです。

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林ぶどう研究所の林さん

―除雄をしないとどうなるんですか?

ヤマブドウなど一部の品種を除いて、一般的に栽培されているブドウは、基本的に雌雄同株なんです。たとえば、種あり巨峰だと巨峰の花粉が巨峰についてしまいます。

巨峰の種をまいたからといって、巨峰とまったく同じものが生まれるわけじゃなくて、たとえば巨峰同士の掛け合わせから「安芸クイーン」という品種が生まれたりもしています。ただ、性質としてはどうしても巨峰に近いものになってしまいますよね。

―そこで、除雄をすることによって、好きな品種同士を掛け合わせることができると。

そういうことです。種をまけばどれも新品種になるんですが、品種の特性を生かした育種をするためには、交配が不可欠だと思います。ちなみに、僕が育種したマスカットジパングはロザリオビアンコ×アリサという交配です。

―ロザリオビアンコがお母さんで、アリサがお父さんですか?

そうです。ロザリオビアンコの房を除雄して、アリサの花粉を付けたわけですね。

―除雄の作業はいつやればいいんですか?

理想のタイミングは開花の2〜3日前ですね。キャップが開いて、雄しべが見えている状態になると、もう受粉が終わっているのでアウトです。

ただ、ごくまれにキャップが開かないまま受粉している品種もあるんですよ。たとえばルーベルマスカットとかがそうですね。そういう品種特性もあるので、まずは品種のことをよく知ることが大切になってきます。

―除雄が終わったら何をすればいいんでしょう。

除雄が終わったら、花粉をつけます。除雄をしていないブドウの房を強く振れば、黄色い粉が落ちてきます。これが花粉です。

溶剤を使って効率よく花粉を採取する方法もあるんですが、最初のうちは父親にしたい品種の房を切って、除雄した房をこすり合わせるのがいいですかね。

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ブドウの花粉

―おお、そんな単純な方法でいいんですね!

それか、父親にしたい品種の房にビニール袋をかぶせて、強く振れば花粉が取れます。花粉の入ったビニール袋を、除雄した房にかぶせて、ポンポンと弾いてやれば、袋の中で花粉が舞って受粉しますよ。

―作業自体は想像していたよりもだいぶシンプルですね。

そうですね、大変なのは選抜とか、交配にかかる時間ですかね。交配して、1年間育てたブドウから種を取る必要があります。そして、翌年種をまいて、実がなるまで最短でも2年はかかる。交配した年を基準にすると3年かかります。

3年の間は実を見ることができないので、その間いかに自分の気持ちをキープできるか。さらにまいた種からいいものが出るっていう可能性は限りなく低いので、気持ちが折れないようにできるか。もう「いかに楽しみながら育種できるか」が結構ポイントになると思います。

除雄についての注意点

―ワイン用の品種ではヤマブドウを親に持つ品種もありますが、そんな交配もできるんですか?

ヤマブドウの場合は雄木と雌木が別なので、雌木なら除雄の必要はありません。花粉親(父親)に使う場合は、他の品種と同じですね。

あとは、カッタクルガンやサニードルチェなど一部の品種は、雄性不捻といって、花粉を作る能力がありません。これらの品種も除雄の必要はありませんが、花粉がないので、父親としては使えませんね。3倍体の品種も基本的には交配親には使えないと考えてください。

―ナガノパープルはおいしいですが、3倍体なので親には使えないんですね。

3倍体は種子を形成しないんですよ。と言いつつ、本当にごくわずかな確率で、種が入ることもあるんですけど……。とくに二番花だと、3倍体でも種が入りやすいような気がします。

ただ、3倍体を親にした育種に成功したという話は今のところ聞かないので、避けたほうが無難でしょう。

―雌しべの柱頭に粘性の液体が出たころが一番いいとおっしゃいましたが、キャップの上からそれを判断する方法はあるんですか?

まず、最初に固まってるつぼみがばらけてくる。さらにばらけてきたつぼみは、開く前に緩んでくるんですね。つぼみが緩んできたタイミングで若干色が薄くなるので、色を判断材料にします。

ただ、「どんな色?」って言われても、品種や日当たりによっても全然違って見えるので、うまく説明はできないんですが、その品種のつぼみをよく観察して、緑っぽさが若干薄れて白っぽく見えてきたタイミングですね。なんかもうちょっといい表現があればいいですけど……。

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自然にキャップが外れ始めた房。柱頭に粘性の液体がついている

―そうか、品種ごとに違うとなると、説明は難しいですね。しかも満開前ですし。

そうなんですよ。あとは温度とか気候環境によって、本来だったら2日後に咲くところが3~4日かかったり、逆に3日後かなと思ってたのが翌日急に咲いてたり……。

こればっかりはもう目安としか言えないんですけど、触ってみて「もう外せる」って思ったら、キャップはいつ取っても大丈夫です。早いから駄目とかはないんですよ。

―心配なら少し早めに取ってもいいんですね。
ただ、早ければ早いほどキャップが硬いので、取りづらいんですよね。だから楽に取ろうと思うと、ギリギリが一番楽なんです。

―初心者はちょっとピンセットでつまんでみて、まだ固いなと思ったら少し待つ、みたいな感じでやっても大丈夫ですか?

もちろんです。とにかく練習してもらって、感覚がわかってくれば、全然いけると思います。あとは品種によっても違うので、自分の持ってる品種でいろいろ試してみてもらいたいですね。

―そして、キャップを外した後は柱頭の様子を確認して、液体を確認すると。

できれば朝確認したいですね。午後だと、蒸発してしまう可能性があります。朝は葉の先端にも水分がたまっているぐらいですし、柱頭の液体も確認しやすいと思います。

一時期は夜中にヘッドライトをつけて除雄してました。さすがに今はもうやりませんけど。

―交配作業は朝のうちがいいんですかね。

もちろんいつやってもいいんですが、確率を高めようとするなら、晴れた日の午前中にするのが一番いいようです。昔、育種の先輩に「朝10時ぐらいがいい」と聞いたので、僕はできるだけそれを守って作業するようにしています。

もちろん、開花のタイミングや天気、他の作業との兼ね合いによって、午前中にできない場合もあるんですけど。

実際に除雄に挑戦!

―では、さっそく実際に除雄をしていきたいと思います。

はい。キャップを取るときに、雌しべごと取らないように気を付けてくださいね。

―あっ、言われた先から雌しべごと取れてしまいました。どうすればいいんでしょう。

取れてしまった部分は交配には使えませんが、他の部分がうまくいけば大丈夫です。

―うわっ、今度はキャップがきれいに取れずに、中の「やく」が雌しべにくっついちゃったんですが、大丈夫ですか?

「やく」が開いてる状態ならダメですけど、現状のタイミングなら大丈夫のはずです。

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除雄を教わる筆者

―あと、心なしか房の部位によってキャップの柔らかさが違うような気がします。

枝に近い、房の上の方が柔らかくて、房尻に行くほど硬くなっていきます。個人的には、柔らかい方がやりやすいので、肩のあたりがやりやすいかなと思ってます。基本的には房づくりのように、使わないところはあらかじめ切っておくのがいいですね。

あと、上半分は除雄して交配できたけど、下半分は除雄しなかったから自家受粉……みたいになっちゃうと、どれが交配してできた種なのかわからなくなっちゃうので、途中でやめるなら除雄しなかった部分も切ってしまいましょう。

―やってみるとわかるんですが、これだいぶ難しいですね……。キャップがうまく外せなかったらどうなるんですか?

ちょっと時間を置くとわかるんですが、黒ずんで傷になっているのが見えてくるんです。傷がちょっとでもあったら駄目ってわけじゃないんですが、基本的に傷があっていいことはないので、なるべく丁寧にやろうということですね。

ただこれも考え方で、キャップ一つ一つがブドウの粒になるので、半分ぐらい失敗したとしても、房の半分で種が取れるってことでもあるわけですよね。ブドウは1粒に対して複数の種が入るので、20粒あれば、40個~50個ぐらいの種が取れるはずです。

―そうか、これだけの粒があるから、少しぐらいは失敗してもいいんですね。ちょっと気が楽になりました。

そもそも、受粉もうまくいくかどうかわかんないですよね。だから、基本は気持ち多めにやっておいて、房の中で数が一定数以上残ってればいいかなという判断でいいと思います。

キャップを外したら、他の花粉がつかないように、袋をかぶせておきましょう。ビニール袋だと中が高温になってしまうので、私はブドウのかけ袋を使っています。

―2~3日後に受粉させるんですね。

時間がないときは、すぐに受粉させる場合もありますが、その場合でも後追いでもう1回受粉させることもあります。ただ、基本的にはできるのであれば、数日待ったほうがいいですね。

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キャップがついたままのブドウの花

―林さんは年間でどれぐらい交配をしているんですか?

毎年だいたい10房から20房ぐらいですね。1房につき1種類、10通り、20通りの交配パターンを試しています。

親品種の組み合わせがわからなくなると困るので、花粉を混ぜたり、房の上下で別品種の花粉をつけたりはせず、1房ずつ除雄と交配をしています。

―親がわからなくなったら、何が困るんでしょう。

後の管理が煩雑になってくるじゃないですか。生まれてくる新品種の特性は親品種の特徴をある程度引き継ぐので、親がわかっていれば特徴もある程度見えてきます。

まだ誰も育てたことのない品種を育てることになるので、手がかりは少しでも多いほうがいいですよね。交配組み合わせがわからなくなると、自分で手がかりをなくしてしまうことになります。

―なるほど、とりあえず新品種ができればいいってわけじゃないんですね。

新品種が病気に強いか、露地栽培できるかどうかとか、さらには開花時期やジベレリン処理のタイミングなども品種によって違うので、親品種の把握は大事なポイントですね。

除雄のあとは交配

―では、父親にする品種の花粉はどうやって選べばいいんですか?

咲いてすぐぐらいのものがいいですね。「やく」の色がオレンジから茶色がかってくると、もう花粉の状態がよくないので、ちょっと白けてるぐらいのものがいいです。

基本的には、除雄する房と同じで、粘性の液体が出てくるタイミングですね。

―父親にする品種の房を切ってきて、先ほど除雄した房につければいいんですね。

はい、ピッピッと擦りつけるように。人によっては父品種の房をいっぱい持ってきて、囲むようにしてつける人もいます。

それから、父品種の房にビニール袋をかぶせて、強く振って花粉を落として、除雄した房にそのビニール袋をかぶせて、ポンポンと花粉を舞わせる人もいますね。ちゃんと受粉できれば、方法はそれぞれでいいと思いますよ。

―除雄した房に対して、1房ぶんの花粉をつければいいんですか?

それで大丈夫です。もっと少なくてもできないことはないんですが、花粉が多いに越したことはないですね。

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薬指の上にある部分が除雄の完了したところ。その他はまだキャップがついている

―交配がうまくできたかどうかはどうやって確認すればいいんですか?

花粉は小さいですけど、なんとなく見えますよね。柱頭に花粉がついていれば、受粉したといっていいだろうと思います。

―花が咲くタイミングが合わなければ、当然交配はできませんよね。

そうですね。ただ、品種が変わると開花タイミングも若干ずれてくるので、そこが難しいところですね。ブドウは開花から咲き終わりまでが大体1週間から10日ほどなので、そのタイミングで合う品種を選ぶ感じですね。

今年は早生(わせ)の品種の開花が遅くて、一般的な品種の開花が早いという不思議な年なので、ある意味普段できなかった交配を試すチャンスだと思います。

―そういう年もあるんですね。そういう年じゃないと、なかなか変わった交配を試すことはできないんでしょうか。

僕は花粉を取って保存しておいたり、場合によっては二番花の花粉を使うこともありますが、最初のうちはそこまでやるのは難しいと思います。

―そんなテクニックがあったとは……! 交配にかかる時間はどれぐらい見ておけばいいんですか?

やりだしたら結構早いですよ。ひと房30分~1時間も見ておけば全然行くので。自分の場合はひと房の交配で大体40分ぐらいですね。

―交配が終われば、ちゃんと育てていけばいいというような。

基本的には種あり栽培に準じて育てていきます。栄養が枝の方に抜けてしまうと実どまりが悪くなってしまうので、ちゃんと摘心をして、枝を止めてあげる作業が必要になってきます。そういった作業をしながら、除雄と交配をするって感じですね。

手で確実に受粉をさせるということは、自然状態よりも種が入りやすいはずなので、枝の状態が安定してくると、そこまで振るわないはずです。

まとめ

今回は林さんに教えていただきながら、実際に交配作業を体験することができました。次回は林さんに交配のコツや、種から育てる方法について語ってもらいました。ぜひ楽しみにしていてください!

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