県庁職員からキウイ農家となり多方面で活躍
国産のキウイフルーツときいて何県を思い浮かべるでしょうか。農林水産省から発表されているデータによると、令和4年の生産量を上位から順にあげていくと愛媛県、福岡県、和歌山県となり、この上位3県だけで国内生産量の半分以上を担っています。
そうした中、ブランドキウイフルーツの産地として近年名をはせているのが香川県です。生産量自体は例年10位前後と他県に比べて多くはないものの、オリジナル品種の開発とブランド化にいち早く取り組み、成功をおさめています。その代表例でもあるのが黄金色に輝く「さぬきゴールド」です。また小粒で甘い「さぬきキウイっこ」も栽培が急速に伸びています。
県をあげたこの取り組みの仕掛人が、Orchard&Technology株式会社代表の末澤さん。元々、1981年に香川県庁へ入庁し、農業試験場の職員として勤務。キウイフルーツ専門で、香川県のオリジナル品種(香緑、讃緑、香粋、さぬきゴールド、さぬきキウイっこなど11品種)の育種や栽培技術の研究・開発、農協や農家への普及に約35年間努めました。
定年退職後は、これまで培ってきた情報をもとに、日本のキウイフルーツ業界の発展や新品種の育種など新しい産業を起こすチャレンジがしたいと考え就農。現在、香川県高松市で10品種を超えるキウイ(香粋、さぬきゴールド、さぬきエンジェルスイート、さぬきキウイっこ1号~5号、その他の新品種)や有機JAS認証を受けた柑橘(レモン、ベルガモットオレンジ、ピンクレモネード、タヒチライム、フィンガーライム)の栽培をしています。
その傍ら、ニュージーランドに本社を持つMIKO JAPAN株式会社と中国、チリ、アメリカ等世界各国のキウイ関係者とのジョイントベンチャーに参画。世界中のキウイ品種の導入、試作、評価をして有望な品種は種苗登録を行い、栽培・販路までの一貫した支援も手掛けています。
時給6000円、キーエンス超えを実現するため
同社のキウイ栽培の特徴は、個人に依存してしまう生産技術の標準・マニュアル化と、AI(人工知能)を活用した生産技術の簡略化による改革です。
ストリンギング栽培の導入で剪定(せんてい)を誰でもできるように
「キウイの栽培の勘所は剪定、摘蕾(てきらい)、受粉、摘果、夏の枝管理です。この管理作業には専門的知識と経験が必要となります。いわゆる「匠の業」が幅を利かす分野です。これがボトルネックとなって規模拡大が難しい。逆にこの作業が簡単になってパートさんでも精度高く実施できるようになれば、キウイ農家の栽培は面積拡大は可能です。そのために導入したのが、ニュージーランドの現場で実際に利用されているストリンギング栽培です」(末澤さん)
ストリンギング栽培とは、切る枝と切らない枝を最初から分けることにより、誰でも剪定を可能にすることができる栽培方法。
県庁職員だったころから国内だけでなく、世界のキウイフルーツ栽培の現場を見てきた末澤さん。キウイ栽培を始めてから最初に導入したのがこの栽培方法でした。
キウイフルーツは、一度実を付けた枝には再度実を付けないので収穫後は剪定をする必要がありますが、素人では実を付ける枝と付けない枝の見極めが難しいので任せることができません。そこで、来年度に実を付ける枝を上につるし、今年度に実を付ける枝を下につるします。収穫後に下につるされている枝は全て切っても大丈夫とすることで、頭を使うことなく効率のいい剪定作業を行うことが可能となります。
上につるしてあった枝を下ろし、これから伸びつつある次の枝を上につるすといった形で剪定作業を簡略化することによって、個人の技術に依存しない栽培が実現します。
実際に同農園では、末澤さんが枝にハサミを一カ所づつ入れていき、アルバイト従業員らがその枝を集めるといった作業工程を取っています。
このほか、来年実を付ける枝が上につるされているので効率的な光合成を促すことが可能となり、次の年の収穫量の安定にもつながるといった利点もあるそうです。
しかし、注意しなくてはいけないのが全ての品種でできるわけではないということです。ニュージーランドと日本では品種や気象が違うため、日本で栽培した時に枝の勢力コントロールにズレが生じ、うまくいかない事例もあるといいます。
AIを活用することで摘果・夏の枝管理を誰でもできるように
「剪定以外の部分だと摘果・夏の枝管理といった作業においても個人の技術が必要でした。うちの農園では、AI技術を導入し、写真を撮るだけで誰でも摘果・夏の枝管理する必要のある実や枝、葉を見分けることができるようになっています」(末澤さん)
果樹栽培において、摘果は残った実に栄養を効率良く回すことで大きくしたり、高品質な実にしたりする上で必要な工程です。同様に、摘葉も効率の良い光合成を促したり、風通しを良くすることで病害虫を減らしたりする役割も果たしています。
この作業においても、どの枝のどの実や葉をどのくらい減らすかといった形で、個人の経験や技術に左右されてきます。
そこで、末澤さんは石川県にあるITベンチャー企業と共同でアプリ開発に着手。アルバイトと一緒にひと夏をかけて撮りためた3000枚を超えるデータをもとに、1枚1枚「これが実である」とAIに勉強させる作業を繰り返したといいます。そうして完成したアプリが「フルーツ棚次郎 for キウイフルーツ」となります。
このアプリでは、摘果する実の数の判別や摘葉する葉の量の判別、収量予測、収穫時期の判別、栽培データのクラウド管理といったことが可能だそう。
具体的には、摘果においては、アプリが写真から実の数を算出してくれるので、元々定めてある適切な数に調整してあげるだけで済みます。摘葉においては、写真から葉と空の比率を算出してくれるので、適切な比率になるように葉の枚数を減らすといった作業になります。
このように、AIを使うことで個人の経験や技術に依存していた作業を、誰でもできる作業へと変えることができました。
これまで年間350時間ほど稼働していた農作業は、約100時間に短縮できたといいます。現在、末澤さんの稼働時間と利益を計算すると「限りなく時給6000円に近い金額」にまで達することができたといいます。「高収入で有名なキーエンスの時間当たりの単価を超える日がくれば、次世代で農業に関わる若者が増える」と期待を膨らませます。
重要なのはシンプルな気遣いとコミュニケーション
「これまで日本の農業は、家族経営と呼ばれるようなマニュアルを必要としない農業の形が一般的でした。しかし、家族以外の人が入るようになってからは、農業の中でもプライベートとビジネスといったように、分離する必要が求められるようになってきました。その中で大切になってくるのが気遣いです。例えば、シールを貼る作業においても、『これと同じように貼ってね』とサンプルを渡すのと、『下と同じように重なるように貼ってね』とサンプルまで用意するのでは全く変わってきます」。同社では、いきなり大きい改革に取り組む前に小さいマニュアル化を進めてきたといいます。その根幹にあるのが気遣いなのだと末澤さんは話します。
「もう1点重要なのが、OJT(実際の現場にでて上司自ら教えること)。口で教えただけ、映像見せただけで終わってしまいがちですが、それでは実際に現場に出ても不安が残る。できてたとしても、不安があれば作業効率は落ちます。現場で一度教えてあげるという工程が最も重要なんです。結局はコミュニケーションですね」
元々、試験場職員として多くの農業関係者や生産者に指導を行ってきたからこそいえるOJTの重要性。人を気遣う心で作業を細分化し、しっかりとコミュニケーションを取りながら指導することがシンプルだけれど一番の近道なのかもしれません。
これまで県庁職員だったこともあり、なかなか県外で活躍することができなかった末澤さんですが、これからは長年培ってきた情報をもとに、Orchard&Technology株式会社として多くの農業現場に改革をもたらしてくれるでしょう。「多くのキウイ農家で時給6000円を実現する」といった、末澤さんの活躍から目が離せません。