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ブドウ育種家・林ぶどう研究所に聞く、交配育種の手順とは(テクニック編)

少年B

ライター:

ブドウ育種家・林ぶどう研究所に聞く、交配育種の手順とは(テクニック編)

新品種を作る方法はいくつかありますが、もっとも一般的なものが「交配育種」です。「いつかは自分だけのオリジナル品種を作ってみたい」と考えている農家さんもいるかもしれません。自分の好きな品種を掛け合わせて、品種改良する。言葉にすると簡単ですが、熱意と技術が必要な作業です。でも、具体的にはどうやればいいんでしょうか。
そこで、今回は岡山県にある林ぶどう研究所の林慎悟(はやし・しんご)さんに、ブドウの交配作業についてお聞きしました。今回は後編。交配のテクニックや種をまいた後の作業について教えていただきました!

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【前回記事はこちら】
ブドウ育種家・林ぶどう研究所に聞く、交配育種の手順とは(除雄・交配編)
ブドウ育種家・林ぶどう研究所に聞く、交配育種の手順とは(除雄・交配編)
ブドウの新品種を作る方法はいくつかありますが、もっとも一般的なものが「交配育種」です。いつかは自分だけのオリジナル品種を作ってみたい。そんな野望を抱く農家さんもいるでしょう。自分の好きな品種を掛け合わせて、品種改良する…

交配のテクニック

―前回に引き続き、今回は交配のテクニックについてうかがっていきたいと思います。除雄のタイミングに花粉がないと交配ができませんが、花粉を長持ちさせるための方法はありますか?

状態にもよるんですよ。花粉は湿度を嫌うので、温度が低いところで、乾燥剤みたいなものに入れておけば3日から1週間前後は持つと思います。ただ条件が悪いと、花粉の機能がすぐなくなってしまうので、油断はできません。

条件をさらに整えていけば、半年から1年ぐらいは持つと言われてるんですけど、やっぱりそれなりの設備が必要になってくるので……。基本的にはあまりおすすめできません。

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林ぶどう研究所の林さん

―花粉を年単位で持たせるのは難しいとなると、時期の合わない品種同士を掛け合わせるには、二番花を活用するのがいいんですかね。

そうですね。二番花のいいところは花持ちさえよければ、枝を出すタイミングを調節して、開花時期をある程度そろえられるんですよ。花持ちがよくなくて、二番花を持たないような品種もあるんですけど、花を持ってきてくれれば、再伸長して枝が伸び始めるタイミングを調整できるので、たまに活用しています。

―枝を出す時期のタイミングを合わせるには、どうしたらいいんですか?

摘心をやめるタイミングの調整です。早生(わせ)の品種はちょっと遅めまで摘心をかけて、遅めの品種は早めに摘心をやめて伸ばし始めて、スタートラインをそろえるみたいな。

―ってことは、自分である程度栽培特性をわかってないと、最初からは無理ってことですね。

そうですね、そういうアレンジは初心者には難しいかもしれません。ただ、自分の考えた理想の交配ができると、どんどん楽しくなってくるので、興味が出てきたら試してもらいたいですね。

―交配に向く品種、向かない品種についても、少しだけ教えていただけますか?

たとえば、キャップを取ろうと思っても、花ごと全部取れていく品種もあるんですよ。たとえば紅富士系の品種とか、黄玉とか。何もしなくても花が勝手に落ちちゃうのに、ピンセットで触ろうもんなら……。そういった品種は母親にはしたくないなと思いますね。

交配の組み合わせはどうすればいい?

―母親にする品種は丈夫な品種のほうがいいですか? シャインマスカットとか。

発芽率が一番大事ですね。シャインマスカットは発芽率があまりよくない印象なので、自分が使うなら父にしますかね。

あとは、同じ条件でまいてるはずなのに、この掛け合わせはいくらでも芽が出るのに、こっちは全然出ないとかもざらにあるんですよ。品種ごとの相性もあるみたいです。父と母を入れ替えたら芽が出たとかも聞くので、奥が深いです。

―そうなんですね。欧州種よりも雑種のほうが丈夫なので、母親に向くと思っていました。

これは好みの部分もあるのかもしれませんが、米国種系は血が濃すぎて、雑種にするとだいぶ米国種に引っ張られてしまうんですよね。シャインマスカットも雑種ですけど、シャインの子って圧倒的にシャインの甘さがするじゃないですか。

―砂糖のような強烈な甘さがありますよね。

あれは祖母の米国系品種・スチューベンに由来する甘みなんですが、だいたい共通してるじゃないですか。もしかしたら、そういう品種ばかりを選抜しているからかもしれませんが……。

―同じような品種ばかりになってしまうと。

そうですね。巨峰系がまさにそうなんですが、近親交配が多いと、やっぱり特徴のある品種が生まれにくいというか。だからシャインばかり交配していくと、そのうちみんなシャイン系ばかりになって、個性がなくなってしまうような気もするんですよね。

もちろんこれは僕の個人的な意見なので、今消費者にウケることを考えると、シャインを交配するのが正解かもしれないですけど。

―難しいところですね。長い目で見るとよくないかもしれないと。

そうですね。なので、食べるとちょっとあれだけど、香りがいいとか、食感がいいとか、栽培しやすいとか。そういった残したい特徴のある品種同士を掛け合わせてみるのが、基本になるでしょうね。

新品種の良しあし、どう判断すればいい?

―アイデアは無限大ですね。それでは、交配を終えて、種が取れてからのことも教えてください。種を植えてから実ができるまで、どれぐらいの年月がかかりますか?

やっぱりある程度樹を大きくしないと実がつきづらいです。ものによっては自根でも伸びていくんですけど、樹勢が弱いと高接ぎをかけて、成木に接ぎ木したものに実をならすっていうのが一番早いですね。そうすると最短で種をまいてから2年で実ができます。

―まず芽が出るかが第一で、さらに芽が出ても、樹勢が弱いという場合もあるんですね。樹勢が強すぎる場合は大丈夫ですか?

強いのはいいです。強くて困ることは基本ないですね。弱いやつは困ります。もうなかなか伸びない。思い切って淘汰(とうた)しちゃう方がいいんですけど、なかなかそれができないんですよね。

―淘汰したほうがいいとわかっていながら、もう1年、もう1年と。

とくに最初のうちはそういう気持ちになりやすいので。ただ、そうすると自分の手間や時間がどんどん増えていく。だから、ダメだと思ったらある程度思い切って淘汰することも大事だと思います。

―樹勢の弱さはどういう基準で判断すればいいんですか?

既存の品種の樹勢と比べるというよりは、自分の感覚ですね。こいつなかなか伸びないな、多分大したものにならないな、という雰囲気を感じたら、もう切ります。

―林さんの判断基準を、具体的に教えてください。

自分が教わったのは、葉っぱの形です。

葉の切れ込みが深いやつは光合成する上で葉面積が小さいし、進化の過程で言うところの原種に近い要素が強く出てきてる可能性があるから、葉っぱの切れ込みについてはできるだけ浅くて、形が縦ではなく横に割と長いものの方がいいんじゃないかというアドバイスをいただいたので、今でも参考にしながらやってます。

―「葉の裏に毛があると病気に強い」みたいな話も聞きますが、どうなんですか?

何とも言いがたいですね……。葉の病気に対して強い可能性は確かにあります。でも、中には毛があっても病気に弱い品種だってあるし、「葉の病気に対しては強いけど、他の病気には弱い」ってこともありますよね。だから、一概に「強い」とは言えません。

それから、品質にやっぱり関わる部分もあるわけじゃないですか。「病気には強いけど、おいしくない」じゃ意味がありません。だから、耐病性や育てやすさと味、目的のバランスがどこにあるかが大事になると思います。

あとは環境にもよるので、「うちでは病気にならなかったけど、Bさんのところで植えたらかかった」ということもあるわけですよね。地域によって多い病気や少ない病気があったりもするし、近隣にブドウ農家が少なければブドウ害虫の発生も少ない。逆もあります。路地かハウスかでも違いますし。

―自分の土地に合ったからといって、人の土地にも合うとは限らないんですね。そうなると、産地化できる品種って本当に作るのが難しいんですね……!

種まきはできれば加温ハウスで

―実際の作業についても教えてください。実から種を取り出すときは、どうすればいいんですか?

普通に食べてもいいですし、とにかく実のなかから種を出せば大丈夫です。

―種まきの間まで、種はどう保管しているんですか?

保存については、基本的には低温で乾かさない方がいいかなと思います。湿った土の中に置いておいてもOKですし、自分は濡れたガーゼに巻いて冷蔵庫に入れています。シャーレの中に濡らした脱脂綿を入れて、その上に入れている人もいますね。

―種をまくのは何月になりますか?

加温のタイミングから準備を始めるので、だいたい3月の頭が多いですね。うちは2月の中旬ぐらいに火入れするので、他の作業が若干落ち着いたタイミングで準備をして、加温ハウスのなかで苗を育てていきます。

そうすると、早いやつはまいてからだいたい1カ月ぐらいで動き始めます。

―早めに種をまくのは問題ないですか?

2月ごろにまいても、ぜんぜん問題ないです。ただ、温度がないと発芽までに時間がかかるので、発芽時期は大して変わりません。ハウスの加温をしない場合は、さらに発芽時期が遅くなりますね。

―露地栽培向けの品種を育種したとしても、種まきは加温ハウスの中でやるってことなんですね。

基本的にはそうですね。加温ハウスだと、だいたい4月中には芽が動き始めて、そこからぐっと伸びていくんです。根域が広ければ伸びるのも早いので、順調にいけば1年で3~4mぐらいまでは伸びていきます。

―種から1年でそんなに伸びるんですね。

地表面から4mぐらいまで行くと、枝の太さもだいたい小指から人差し指の間ぐらいになってくると思うんですよ。そうすると、翌年に花芽を持って来やすいんです。

絶対とは言わないですけど、そのぐらいの太さがないと花芽は持ちづらいので、早いうちに樹が太って、しっかり充実していた方が翌年に花芽を持ちやすくなる。芽が出るのが遅ければ遅いほどその確率が下がってしまうので、加温ハウスがあればその中で育てることをおすすめしています。

―種はトレイにまいていますが、次の段階は鉢植えですか?

もちろん管理ができれば鉢がいいんですが、農家の場合は水やりの手間がどうしてもかかってしまうので、ちょっと難しいかもしれません。

僕の場合は本葉が出て、10~20cmぐらいの大きさになっていれば、地植えにしてしまいます。時期でいうと、種をまいた年の5月から6月ぐらいですかね。

3月初めにまいた種から生まれた新品種のブドウ

そして、翌年の5月には順調にいけば花芽が出ますね。

―高接ぎをする場合はいつすればいいんですか?

緑枝接ぎであれば、早ければまいた年の5月ぐらいからは作業ができます。太さが5ミリもあれば、接ごうと思えば全然できるので。

そういう意味でも、早く樹が伸びやすい環境の加温ハウスで種をまきたいですね。無事に育ってきたら、あとは普通のブドウと同じように育てれば大丈夫です。ただ、品種特性はわからないので、親の品種を参考にしながら、自分で少しづつ理解していく形になります。

まとめ

2回にわたって、林さんに育種の方法やテクニックを教えていただきました! よそにはない自分だけのオリジナル品種を作るもよし、次世代の人気品種として世に出してみるもよし。育種の可能性は無限大です。この記事を読んだあなたも、ぜひ交配育種に挑戦してみてください!

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