“牛のおかげで成り立つ町”だからこそ! 消費者を意識した酪農の多角経営
全国の農場を渡り歩く、フリーランス農家コバマツです。今回は北海道の中標津(なかしべつ)町にやってきました。中標津町は「人間より牛の方が多い」という酪農の町。もちろん、酪農を営む人もたくさんいます。その中には、牧場だけでなく宿まで経営している酪農家もいるとのこと。そんな多角経営をする酪農家に、魅力的な牧場経営について聞いてきました。
多角経営を実践する酪農家
中標津町は北海道東部にある人口2万2000人余りの町です。基幹産業は酪農で、乳用牛の数は人口をはるかに上回る約4万頭! 酪農を営む経営体は270もあります。
近年、コロナ下での牛乳の消費低迷や資材高騰の影響で、酪農経営が危機だといわれていた時期もありました。しかし、今後もまたそうした状況がやってこないとも限りません。その時に備えるためには酪農も経営の多角化が必要かもしれません。
そこで今回は、牧場経営だけでなく自社で加工品作りや宿泊施設の運営もしている酪農家に、今後の酪農を考える新しいヒントについて、いろいろとお話を聞いて来ました。
■竹下耕介(たけした・こうすけ)さんプロフィール
|
1974年生まれ、北海道中標津町出身。専門学校卒業後、20歳で実家の竹下牧場にて就農。23歳で先代の後を継ぎ、酪農の機械化やブラウンスイス牛の導入を進める。2006年に法人化し、有限会社竹下牧場の代表取締役に就任。2018年、まちに人を呼び込む仕掛けとしてゲストハウス、2019年にチーズ工房、2022年コワーキングスペース「MILK」をオープン。2023年には一棟貸しのファームヴィラをつくり、牧場を軸とした地域活性にも取り組むなどの多角経営を実践。「牛と新しい関係を」がスローガン。 |
コバマツ
竹下さんは実家が酪農家で、今は自身が代表として牧場を経営していますが、もともと実家を継ぐつもりで育ったんですか?
実はもともと実家を継ぐ気がなくて、千葉の航空関係の専門学校に進学したんです。学生時代には勉強以外にも自分の好きなことをたくさん経験しました。でも「学費まで出してもらってこのままでは両親に申し訳ない」と思って、20歳で実家の牧場に戻ってきて就農して、3年で父から経営移譲を受けました。
竹下さん
コバマツ
違う勉強をしていたのに、就農して3年で経営移譲というのは早いですね! 継ぐ気がなかったと言いつつ、実は農業に対して意欲的だったんですか?
そういうわけではないんですけど。興味がなかった酪農も、やってみたら意外と面白くて、ハマっていったんですよね。自分、飽きっぽい性格なんですけど、動物相手だから思い通りにならないところとか、一筋縄ではいかなくて「もっとこうしたら良くなる」と改善できるところとか、面白いと感じて飽きなかったんですよね。早期の経営移譲は、父の「息子を育てるためには責任ある立場を与えた方が良い」という考えがあったみたいですね。
竹下さん
牛にも人にも優しい牧場を目指して
コバマツ
規模はブラウンスイス、ホルスタイン合わせて340頭です。「牛にも人にも優しい牧場」を目指していて、フリーストール方式の牛舎にしたり、一部放牧を導入したりするなど、牛にストレスが掛からない飼育方法を導入しています。
竹下さん
牛と人が主役の牧場を目指し先端の技術は積極的に導入している
コバマツ
北海道の酪農家の平均飼育頭数は平均140頭だから、多いですね! 人手が多く必要だったり、管理が難しかったりするということはないのでしょうか?
牧場のスタッフは6人です。うちは牛の管理をIT化していて、発情検知・健康管理を支援する飼養管理システム「アフィミルク」と、クラウド型牛群管理システム「ファームノート」を使って牧場で起きていることを見える化しています。その場で乳牛の疾病や繁殖、作業履歴などのデータを従業員に入力して共有してもらっています。乳牛の個体情報はもちろん、労務や集乳・個体販売などの情報も全員で共有しているんです。
竹下さん
コバマツ
最近では酪農もITを導入して情報共有をしたりして、作業の効率化も進んできていますよね!
ITを導入することで、未経験や若い人にも酪農に親しみを持ってもらったり、作業の効率化をすることで雇用の確保と経営の向上を目指しています。
竹下さん
コバマツ
フリーストールで牛ものびのび過ごせるし、働く人もITのおかげで効率的に働くことができる牧場なんですね!
消費者を意識した酪農をするワケ
コバマツ
竹下さんは、牧場以外にもチーズ工房や宿も運営されていますよね! 酪農家でチーズを作る人もまだ多くないですし、宿まで経営している人となると珍しいと思うんですけど、なにか「やってみよう!」と思ったきっかけがあったんですか?
若くして経営者になってから、異業種の人と交流する機会が多かったんですよね。経営の勉強をするために、東京の勉強会に参加したり、海外まで興味のある経営者に会いに行ったりしてたんです。
酪農家としてだけの視点だと消費者を意識しにくいですが、経営者目線だと「誰のための商売か」というのを意識しますよね。そういった視点を早い段階で持つことができたのは大きかったですね。そうやって、外との交流をすることで、酪農も消費者を意識した酪農が大切だなと思うようになっていきましたね。
竹下さん
コバマツ
若くして経営者になったことで、自ら経営について積極的に学んだ結果、消費者を意識した酪農が大事だということに行きついたわけですね。
そんなときに、役場に勤めていた友人から「まちおこしのイベント企画で、移住希望者を対象に竹下牧場を見学させてほしい」という依頼があって。そこで牧場散策ツアーを実施して参加した人にも喜んでもらえて、僕自身も消費者を身近に感じることができたんですよね。それから、より、消費者を意識した酪農を自分でもしていくことができればと思いましたね。
竹下さん
現在も、竹下牧場散策ツアーを実施している
地域の人が一番商品を安く買えるのが当たり前!?
コバマツ
竹下さんはチーズも自分の牧場で作っていますよね! 海外に行ってチーズ作りを勉強したことがあるとか!
竹下牧場の牛乳で作ったチーズ。工場は牧場内にある
2011年に結婚して新婚旅行でフランスに行った際、妻もチーズ作りに興味があったので、一緒にチーズの勉強もしようと思ってフランシュ=コンテというチーズ産地に行ったんです。そしたら、地元産のチーズが100グラム100円ぐらいで売られててびっくりしました。
そこで販売しているおばちゃんに「なんでこんな安いのか?」と聞いたら、「地元で作られたものが地元で1番安く食べられて当たり前でしょ。これがパリに行ったら3倍、さらに日本に行ったら10倍になるのは当然」って言われて、衝撃的だったんですよね。その経験がきっかけで、「ぼくもそんな風に地域の人が一番身近に感じられる商品を作りたい」と思ったんですよね。
竹下さん
コバマツ
地元の人が地元のものを一番安く食べられるという考えは私も新鮮に感じますが、確かにそうですね! 遠くに運んだら送料や管理手数料とか、いろいろとコストが掛かりますよね。
そんなフランスでの経験もあって、中標津で牧場経営するからには、やっぱり地元の人に食べてほしいと思っています。チーズの生産量も地元で消費される分くらいしか作っていないですし、地域外に販売するよりも、地元で食べてもらうということに力を注ぎたいと考えています。
竹下さん
コバマツ
でも経営的には、必要としてくれる人に付加価値をつけて販売することで、売り上げを確保するのは当たり前のような気がします。都内のデパートやスーパーでは「○○牧場のチーズ」みたいな感じでブランディングされたものが高く売られていますけど、竹下さんはそういったことはしないのですか? ニーズがあれば高値で売れる都心の店で販売した方が売り上げが上がりそうな気がしますが。
でもそれは僕がやる酪農経営ではないなと思ったんですよね。
僕のチーズ作りの一番の目的は、牧場の利益を上げることではないんです。チーズはなるべく僕が直接お客さんと直接つながって届けられる範囲で販売したいと思っています。ECサイトでの販売も、宿に泊まりに来た人や中標津に来て竹下牧場のチーズを食べた人が、「また竹下牧場のチーズを食べたい」と思ってくれた時のためです。
竹下さん
コバマツ
チーズは竹下さんにとって「牧場の利益のため」というよりは「消費者とつながるツール」ってわけですね!
2つの宿を経営していくワケ
コバマツ
竹下さん、2つの宿を経営していますよね! どうして2つもやっているんですか?
1つは中標津の街中にある「ushiyado(ウシヤド)」という宿を経営しています。
竹下さん
街中にあるゲストハウスushiyado
観光に来てくれる人たちは、僕の宿に泊まって、僕の乳製品を消費してくれるだけじゃなくて、広く中標津町に貢献してくれると思っています。そういった人達を増やしていきたいんです。中標津町は、牛のおかげで成り立っているとも言える町です。牛は単なる経済動物ではなく、町に貢献してくれている存在なんです。そんな地域の酪農文化のことをもっと伝えていきたいと思い、朝の牧場見学やチーズ作り体験なども行っています。
竹下さん
滞在者向けにチーズ体験作りも実施している
ゲストハウスでは朝食として竹下牧場のチーズと中標津のベーカリーのパンも楽しめる
コバマツ
牧場見学もチーズ作り体験もなかなかできない体験なので、消費者としてはいろいろな発見がありそうですね! もう一つの宿泊施設の「Farm Villa TAKU(ファームヴィラ タク)」はどんなコンセプトなのでしょうか?
竹下牧場の敷地内にある、一日一組限定の一棟貸しのヴィラ
Farm Villa TAKUは牧場が見える小高い丘に建っています。この建物のコンセプトである「開拓を、みんなのものに」を、takuという宿の名前に込めました。
竹下さん
室内は薪ストーブで暖が取られている
寝室もガラス張りで辺り一面に牧草地が見える
コバマツ
めっちゃきれいですね! 「オフグリッド」って聞いたんですけど、どういう意味ですか?
オフグリッドは「電力会社の送電網(グリッド)に頼らない、つまり電力を自給自足している状態のことです。
太陽光発電や風力発電、地熱発電といった自然エネルギーを利用しているため、環境に負担をかけないシステムなんです。
竹下さん
コバマツ
今、農業をしていると、やっぱり気候変動の影響がすごいあると感じているんですよね。中標津で作れなかったものが作れるようになってきたり、逆に作れなくなってきているのも感じています。そんな中、少しでも環境に負荷をかけない形でできることはないかと考えた結果、オフグリッドの一棟貸しの宿という形になりました。
竹下さん
コバマツ
酪農家として酪農の魅力を伝えるためだけじゃなくて、環境も考慮して、できることをしているんですね!
今後更に挑戦していきたいことがあったらお聞きしたいです!
色んな人に助けられてここまできたので、新しくというのは特に無いかな。今までやってきたことを整えて積み重ねていきたいと思っています。
あとは、ちょっと先の話になりますけど、街中で飲食店もやりたいなと思っています。食べることで人と人がつながる場があったら良いなと思っています。
竹下さん
コバマツ
今やっていることを大切にしつつ、今度は、食べる場を作って、より消費者を意識した牧場経営を考えているんですね! 今後も楽しみです!
最近、酪農家の取材の際には「経営が苦しい」という声を聞く機会が多かったのですが、今回訪問した竹下さんはとても楽しそうに前向きに牧場を経営していました。その前向きな経営の秘訣は、消費者を意識した酪農経営をしている点にあるのではないでしょうか。自分たちが日々生産している牛乳をどのような形で消費者に届けたら良いか、また、牧場はどんな価値を消費者に届けられるのかを考え、さまざまな工夫を楽しみながら、竹下さんはチーズ作りや宿も運営していました。
経営の多角化によって消費者とつながる仕組みを作り、消費者に求められる商品作りをしていくことで、竹下さん自身がとても幸せそうにしている様子がとても印象的でした。