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酪農危機を経験した若手酪農家の本音トーク! 難局をどうやって乗り切った?

酪農危機を経験した若手酪農家の本音トーク! 難局をどうやって乗り切った?

全国の農場を渡り歩くフリーランス農家コバマツです。今回やって来たのは北海道中標津(なかしべつ)町。近年、コロナ下での牛乳の消費低迷や資材高騰の影響で、酪農経営が危機だと言われていた時期がありました。では、実際の酪農現場はどんな状況だったのでしょうか。酪農危機を経た今、そのまっただ中で難局に立ち向かった中標津の若手酪農家に突撃インタビューしました!

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“酪農危機”に直面した農家たち

コバマツが生まれ育った北海道は、酪農が盛んなことで知られています。もちろん、コバマツ自身は乳製品が大好きですし、酪農の仕事も身近に感じてきました。だから酪農危機が始まった時には、道内に限らず全国の酪農家の皆さんのことが心配になって仕方がありませんでした。
そもそも酪農危機は、新型コロナの流行で牛乳の消費が落ち込んだことや、さまざまな外的要因で飼料価格が高騰したこと、さらに酪農家の収入源の一つである子牛の販売価格が下落したことなどが原因でした。この間、多くの酪農家は生乳の廃棄や牛の淘汰(とうた)などをせざるを得ない状況に追い込まれ、経営難に陥って廃業に至ったというニュースなどもたくさん報道されていました。

そんな酪農危機を経た今の酪農家の経営状況について知りたいと思い、北海道の中でも特に酪農の盛んな町の一つ、中標津町で取材することに。JA中標津青年部に所属する3人の若手酪農家に、当時の状況や今後の酪農について、赤裸々に語ってもらいました。

今回インタビューに答えてくれた皆さん

■小出信彦(こいで・のぶひこ)さん

小出さんプロフィール画像
中標津町出身。普通科の高校を経て都内の建設関係の専門学校卒業後、10年ほど関東で建設関係の現場監督として働く。2015年、30歳になったタイミングで実家の牧場に戻り、就農。現在牧場では経産牛49頭、子牛・育成牛40頭の計89頭を飼育している。夏場は25ヘクタールの牧草地で放牧酪農を実施。このほか粗飼料となる牧草をとるための採草地40ヘクタールを所有する。

■高橋伸悟(たかはし・しんご)さん

髙橋さんプロフィール画像
中標津町出身。高校卒業後、隣町の観光牧場で3年間勤務し、21歳のとき実家の高橋牧場で就農。2022年に33歳で父親から経営移譲を受けた。現在は経産牛245頭、育成牛220頭、黒毛和牛40頭を、牛が自由に歩き回れるフリーストール方式の牛舎で飼育している。またTMRセンターの運営にも携わる。牧場の敷地面積は約97ヘクタール。

■阿知波秀晃(あちわ・ひであき)さん

阿知波さんプロフィール画像
愛知県出身。子供のころから動物を飼うのが好きだったことから宮崎県の農業系大学に進学。もともと北海道の大自然の中で暮らしてみたいという思いがあったため、卒業後は北海道へ渡り、上士幌(かみしほろ)町の牧場で1年間酪農の基礎を学ぶ。その後、4年半の酪農ヘルパーの経験を経て、新規就農の受け入れ体制があった中標津町で2007年32歳の時に新規就農した。現在は経産牛48頭、育成牛20頭、計68頭を、放牧を主体としながらつなぎ牛舎で飼っている。牧草地は44ヘクタール。

コバマツ

ここ数年、世間で「酪農危機」と言われるような状況が続いてきました。そんな中、皆さんの牧場経営や、酪農の町である中標津町にはどのような影響があったのでしょうか?
全般的には厳しかったと思います。コロナの影響で牛乳の消費が低迷したため、思うような生産ができなくなりました。その頃はちょうど、2015年に始まった国の「畜産クラスター事業」を活用して、増産のために牛舎を建てたり、ロボットを購入したりする農家が増えてきていた時期だったんです。そんな時にコロナ禍が始まり、増産したいけど抑制されて、満足に搾れない人が多かったんじゃないかなっていう印象ですね。

阿知波さん

畜産クラスター事業を活用しても、国から満額助成を受けられるわけではなく、借金をする必要があるんです。借金をして新しい牛舎や機械を購入した生産者は、「コロナ禍前よりたくさん搾って導入した機械の返済をしたい」というジレンマがあったように思います。だから中標津町ではそのような生産抑制の指導があっても、増産に向けて搾り続けている人が多かったですね。

高橋さん

コバマツ

国が増産に向けて事業を進めていた中で、コロナの影響で学校給食や外食で牛乳の需要が減って、牛乳の生産抑制を進める風潮になっていきましたよね。「増やしましょう」って言われたり、「抑えましょう」って言われたり、生産者も困っちゃいますよね……。
都道府県ごとに毎年、生乳の生産量の目標数値を決めていて、北海道は400万トンぐらいです。それをオーバーすると、余剰分を破棄しなきゃいけないですし、それ以下にもならないように生産量を守っているんです。

小出さん

コバマツ

牛乳ってそんなふうに乳量の目標値も指定されているんですね、知らなかったです!
この目標って守らないといけないんですか?
ペナルティーはないですが、「全国の生産者が守っているのだから中標津も守ってください」という無言のプレッシャーはありますね。

小出さん

コバマツ

へえ~。そんなプレッシャーが嫌だったり、今回の酪農危機で経営が苦しくなったりして、酪農をやめちゃう人もいるんじゃないですか?
中標津は前向きな酪農家が多く、実際に酪農危機だからやめた、という人はほとんどいなくて、後継者がいなくてやめたという人が少しいた、という認識です。でも、全国的にはやはり、この危機でやめた酪農家が多く、全体的な乳量が下がっています。

高橋さん

コバマツ

そうなんだ! 日本全国で必要な量の牛乳を生産していくことを考えたら、中標津の酪農家がしっかり搾り続けてくれたことは、必要なことだったように感じられますね!

それぞれの経営への影響について

コバマツ

皆さんのそれぞれの経営への酪農危機の影響はどうでしたか?
僕の牧場は規模が小さく牛の頭数も少なくて、放牧をしていることもあって、それほど経営は悪くなっていないと感じていますね。自分の牧草地の草を食べさせているので、餌代も全部輸入飼料だった場合の半分くらいには抑えられていると感じています。

阿知波さん

僕のところも放牧をしているので、餌代は酪農危機の影響を受けにくかったと感じていますね。全て輸入飼料などを購入していたら、今の経費より20%アップして経費が膨れあがっていたと思います。自分の牧場で飼料を賄うことができるのは放牧酪農ならではだと思っています。

小出さん

コバマツ

放牧酪農は自分の牧草地で餌を自給できる点で、経費的な打撃は少なそうですね。高橋さんのところは頭数が多く大規模ですが、影響はどうだったのでしょうか?
僕のところはTMRセンターの運営にも携わっていて、そこで作られた飼料を使っているので、それほど打撃はなかったかなと思います。

高橋さん

コバマツ

TMRセンター!? 初めて聞いたんですけど、それって何ですか?
TMRは牛に与える濃厚飼料や粗飼料などをバランスよく配合した混合飼料のことです。これを作るのがTMRセンターで、地域の畜産農家のために共同で牛の餌を製造、販売している施設なんです。牧場1軒で餌を生産すると機械や施設などの維持のコストがかかりますが、うちが運営に関わっているTMRセンターでは18軒分くらいの牧場の餌を大量に作るので、コストが抑えられるんです。

高橋さん

牧草収穫

TMRに配合する牧草は敷地内で収穫している。このほか自社で栽培したデントコーンや輸入飼料、添加物を配合。製造した飼料は各農家に届けてくれる

コバマツ

放牧じゃなくてもコストを抑えられる方法があるんですね! 規模の大きい高橋さんのところでも、そんなに影響はなかったんですね!
餌代は、多少上がりました。その中でも自分の牧場の問題点にしっかりと向き合って、いかに効率よくコストを抑えて生産性を向上させるかに着目して努力してます。
まだまだ苦しい年が続くと思いますが、その中でもやれることに全力で取り組みたいと考えています。

高橋さん

コバマツ

餌代の値上がりは打撃ですよね。他に打撃を受けたことはあるのでしょうか?
牧場経営の売り上げの2割くらいを占めていた、肉牛の素牛となるF1種の子牛の価格が0円!という状況になったのは、大きな打撃でした。コロナ前は子牛1体50キロで15万円だったんですが……。
コロナの影響で日本に観光客が来なくなり、肉の消費が落ち込んだこと、そして肥育農家が「飼料が値上がりして多くの牛を飼うことができない」という状況になったことも子牛の価格の下落につながったのだと思います。

小出さん

コバマツ

「子牛にほとんど値が付かない」というニュースを見て不思議に思っていたのですが、肥育農家も飼料高騰でそれほど牛を飼えないという現状があったんですね。謎が解けました。

国の政策について思うこと

コバマツ

そんな現状に対して、国もいろいろな政策を出していたと思うんですけど、どんなものがあったんでしょうか?
酪農経営改善緊急支援事業が導入されて、乳量があまり出ない牛を早期に淘汰したら1頭15万円交付するというものでした。
でも、2年間の生乳生産抑制の条件が付けられたことから、利用する農家があまりいなかったと聞きます。その間に抑制解除になったとき生産を伸ばせないので。

高橋さん

コバマツ

なるほど、あんまりその事業を活用した人がいなかったんじゃないかな?という感覚なんですね。もっと国にこうしてほしかった、などの要望などはありますか?
生産抑制をする前に、もっと対策できたんじゃないのかなと思いますね。
例えば、生産抑制の原因の一つである脱脂粉乳の在庫過多についてはずっと言われてきたことでした。脱脂粉乳はバターを作る上で出るものですから、それらの生産を抑えるなどの対策もできたんじゃないかなと思います。

小出さん

あとは、常温で長期間保存できる「ロングライフ牛乳」にして海外などに売るとか、いろいろと方法はあるんじゃないかなと思いましたね。

高橋さん

国の都合で、ある時は増産を勧め、ある時は抑制を勧めるという状況では、生産者はその方針に振り回されて、営農の継続が難しくなるでしょう。生産者の立場として、食料を継続的に生産する努力をしていきたいと思ってはいますが、国ももう少し生産者の現状を見てほしいと思います。

小出さん

僕も、増産を勧めたり抑制を促したりという国の方針には思うところがあります。畜産クラスター事業による増産体制から、コロナやウクライナ情勢による生乳余りや資材の高騰という状況下での減産体制は、厳しいと思いました。
規模を拡大した農家には、生乳生産の枠をもっと増やせなかったのか、また、海外からの乳製品の輸入の制限をしたり、日本からの乳製品の輸出を増やしたりなど、ほかにできることはなかったのかなと思いました。
脱脂粉乳の処分方法なども考えてほしかったですね。

阿知波さん

コバマツ

農業は国の方針に左右される部分が大きいですからね。酪農の場合、「余ったから作るのやめて」とか「足りなくなったから増やして」と言われても、牛乳を出すのは機械じゃなくて動物なんだから、すぐには対応できなくて現場は混乱しちゃいますよね! もっと、事前の対策は私もしてほしいと思います!

酪農危機を通して思うこと

コバマツ

今回の酪農危機を経験して、皆さん自身が牧場経営を改善した点や、今後こうしていきたいといった目標などはありますか?
「コストをいかにして下げるか」を一層考えるようになりました。飼料を減らすと生産力が落ちてしまうので、それ以外でコストを下げられる部分はないか、模索しています。

高橋さん

僕は酪農危機の時に牛に与える配合飼料を2割減らしたんですが、繁殖成績が悪くなり、飼料を減らすことは諦めましたね。作業効率を上げて電気代をカットしたり、農機具作業の効率化で燃料費を浮かせるなど、技術を向上させて年々いい牛を育てていこうと考える機会になりました。生産抑制などいろいろあったけど、悪いことだけではなかったと思います。

小出さん

僕も、飼料や畑にまく肥料を減らして大丈夫な部分は下げていきました。あとは機械の価格も高騰しているので大切に乗ろうと改めて思いましたね!

阿知波さん

大変な面もありますけど、酪農のキラキラした面も知ってほしいですね。自分次第で効率的な働き方もできるし、楽しく仕事ができるように工夫もできることを知ってほしいです。

高橋さん

農家戸数が減っていく中で新規就農のペースが追い付いていないなと感じています。放牧酪農は新規就農で入りやすいので、自分次第でいろいろな酪農スタイルができるという、そんな魅力も知ってほしいですね!

阿知波さん

* * *

酪農危機の当時、私はテレビではただただ「酪農家が大変だ! 廃業に追い込まれている!」というニュースばかりを見ていて、酪農の実情は分かっていませんでした。今回皆さんのお話を聞いて、物価高騰などの世界情勢だけではなく、国の方針にも大きく左右されていたことが分かりました。
牛は動物であり、すぐに減らしたり増やしたりできないもの。だからこそ事前の対策が必要です。国が補助金を出すからやる!というのではなく、自身の牧場経営の状況を見て経営のかじ取りをしていくことも必要なのではないかなと思いました。
中標津の酪農家たちは地域の特性を生かし、将来に向けて頑張っています。今回の酪農危機をきっかけにこれまでの牧場経営の改善をして、これまで以上に酪農を盛り上げようとしている姿が印象的でした。彼らのような若手酪農家が増えれば、きっと日本の酪農はより発展性のある産業になっていくのではないでしょうか。

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