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「あの畑、返してください」。不動産業者からの思わぬ連絡で窮地に!【転生レベル20】

平松 ケン

ライター:

連載企画:就農≒異世界転生?

「あの畑、返してください」。不動産業者からの思わぬ連絡で窮地に!【転生レベル20】

都会から農村という”異世界”へと移住し、農業と格闘し続ける僕・平松ケン。何とか農地を借り受け、少しずつその面積を増やしてきたのだが、ある日、思い掛けない連絡が入った。見慣れない番号でかかってきた電話の相手は、なんと地元の不動産業者。やっとの思いで使えるようにした元・耕作放棄地の畑を、突然返してほしいと言われたのである……。

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本記事は筆者の実体験に基づく半分フィクションの物語だ。モデルとなった方々に迷惑をかけないため、文中に登場する人物は全員仮名、エピソードの詳細については多少調整してお届けする。
読者の皆さんには、以上を念頭に読み進めていただければ幸いだ。

前回までのあらすじ

新たに始めたナスの栽培に失敗し、大量の規格外品を出してしまった僕は、市役所の農業振興課の計らいで、市が主催する夏祭りのイベントブースに出店。野菜を販売できることになった。出店料がかからず、多くの人出も見込めることから、期待に胸を膨らませてイベント当日を迎えたのだが……

前回の記事
地域の直売イベントは地獄⁉ 異次元の「安値合戦」で険悪な空気に…【転生レベル19】
地域の直売イベントは地獄⁉ 異次元の「安値合戦」で険悪な空気に…【転生レベル19】
就農してからさまざまな作物に挑戦するものの、なかなか規格どおりの作物が作れない僕、平松ケン。少しでも売上を伸ばそうと四苦八苦していると、市役所の農業振興課の担当者から直売イベントへの参加のお誘いが! 地元で開催されるお…

夏祭りの当日、市の担当者が用意してくれたイベントブースを訪れてみると、既に別の農家がブースに陣取っていた! さらにその農家は大量の野菜が並べており、全てが激安価格。「安売り大魔王」とのバトルで窮地に陥った僕は、仕返しとばかりに思い切った「値引き販売」を断行。周りの農家もこぞって見切りを始める「安値合戦」に発展し、全然もうからないばかりか、何とも気まずい空気が会場に流れる事態になったのだった。

不動産業者からの電話で、大事な農地が大変なことに⁉

トラクターで作業中

画像はイメージ

「農業でもうけるのはこんなにも大変なのか……」

僕はため息をつきながら、先日の夏祭りイベントで販売できなかった野菜を畑にすき込もうと、トラクターを運転していた。加工品作りに地元の飲食店とのコラボ、更にはイベント出店など、いろいろやってもなかなか収益アップにつながらない。農村という異世界での収益アップバトルは、アイテムを変えて挑んでもなかなかクリアできない。どこかに最強アイテムはないものか……。

それでも、僕には一筋の希望の光となるアイテムがあった。それは、農地である。予定通りに面積が拡大しているのだ。就農前に得た情報では、僕のように移住してきた新規就農者にとって一番のネックとなるのが「土地の確保」だと聞いていた。実際、就農したばかりのころは地元の農地所有者の信頼が無かったため、農地を借りるのも難しかった。しかし最近ではだいぶ地元で顔が知られるようになり、農地に困ることは徐々に無くなりつつあった。まあ、借りられる土地は、ほとんどが耕作放棄地なのだが……。

考え事をしながらトラクターを操作していると、ポケットに入れたスマホが鳴った。運転を止めて画面を見ると、そこには見慣れない番号が表示されていた。同じ市内の固定電話からのようだ。

少し不審に思いつつ電話に出てみると、相手はいかにも営業マンらしい話し方をする男だった。
「平松さんのお電話でよろしかったでしょうか?」
「はい。どちら様ですか?」
「わたくし、異世界不動産のサイトウと申します。折り入ってお話がございまして、一度お会いすることはできませんか?」

見知らぬ営業マンから電話

知らない不動産業者からいきなり電話が!(画像はイメージ)

知らない不動産業者と話すことなんて特にない。そう思った僕は
「どういったご用件ですか?」
とそっけなく返すと、サイトウと名乗る男は
「農地のことでお伝えしたいことがあるんですよ」
と伝えてきた。
「え? 農地のこと?」
そう僕が聞き返すと、相手は衝撃の言葉を発した。

「そうなんです。今、平松さんが借りていらっしゃる土地を返していただきたくて……」

それを聞いて僕は呆然となり、言葉を失った。僕の大事なアイテム、農地が奪われるなんて!

いきなりの土地返還請求。その理由は?

翌日僕は、異世界不動産のサイトウさんに指定された喫茶店にやって来た。ドアを開けると一人のスーツ姿の男性がすぐさま近寄ってきて名刺を差し出した。
「先日はいきなりお電話してしまってすみませんでした。異世界不動産のサイトウです」
僕を取り上げた新聞記事を見たことがあるとのことで、僕の顔を知っていたらしい。

「こちらこそ。今日はお待たせしてしまったようですみません」
こちらは約束の時刻に到着したのだが、ドリンクの減り具合を見る限り、来店してかなりの時間が経っている様子だ。
「平松さんもお忙しそうですし、いきなり本題からお話しさせていただいてよろしいですか?」
不動産業者の男はそう切り出し、詳しい内容を話し始めた

地元の喫茶店

画像はイメージ

僕はこれまでいくつかの耕作放棄地を借り受けてきたのだが、その中の一つ、1反ほどの農地が今回返却を要求された土地だ。異世界不動産はこの土地をある企業に売却したいと考えているらしい。地主さんからは既に了解を取り付け、そのうえで、僕に許可を得るためにやってきたようだ。

その土地は、高速道路のインターから近く、僕が借りている農地を含めて隣接する土地を一括して売却し、大きな物流センターを誘致する計画だとのこと。農地転用には行政の許可がいるのだが、市長が積極的に企業誘致を押し進めていることもあり、既に目途は立っているらしい。土地を借りている農家が首を縦に振ればあとは全てがうまくいく、という手筈のようだ。

それを聞いて僕は、怒りがこみあげてきた。
「あの土地は10年くらい放置されていた土地で、畑に戻すために相当苦労したんですよ」
声を荒らげることはしなかったが、相手にも僕のこの思いは伝わったようだ。
「そうでしょうね。地主さんからも聞いています」
不動産業者の男も共感を示してきたが、僕はここで返すとも返さないとも返事はできない。何しろ大事な土地なのだ。
「突然のお話なので、ちょっと考えさせてもらってもいいですか?」
と僕が言うと、それを予想していたようにサイトウさんは
「分かりました。いきなりですもんね。またご連絡します」
と答えて笑顔を見せた。
こうしてその日はサイトウさんと別れた。

苦労して畑に戻した農地。返したくはないが……

「うーん、地主さんが売却を希望しているなら仕方ないとはいえ、あれだけ苦労して奇麗にしたのに、いきなり返してほしいと言われるとは……」

この農地を借りて既に3年。苦労しながらやっとの思いで野菜を育てられる状態に戻した土地だ。生い茂った雑草を刈り、ゴミを取り除きながらトラクターで耕うんし、大量の堆肥(たいひ)を投入し……。これまでの苦労が無に帰すと思うと、何だかやるせなかった。

耕作放棄地

やぶのようだった耕作放棄地を苦労して畑に戻したのに……(画像はイメージ)

ただ、この土地には利用権設定がなされていて、10年間借り受ける契約になっている。契約の際にはきちんと所定の手続きを踏んでいる。法律上の詳しいことは分からないが、まだ3年ほどしか経過していない。あと7年も借りる権利があるのに、それをあちらの都合で取り上げられてしまうのはつらい。

しかし地主さんの都合も理解できないわけではない。この地で長く営農していくためにも、地元の人とのトラブルは避けたい。土地は返した方が良いのだろう。しかしこのモヤモヤはどうしたものか。

こんなふうに1週間ほど思い悩んだ結果、僕はある決意をし、異世界不動産に電話を入れた。
「先日はありがとうございました。土地の件、返却する方向で条件を考えてみました」
「そうですか! 前向きに検討していただいてありがとうございます」
その声から、サイトウさんが電話口でニンマリしているのが分かった。でも、僕が電話をした目的はこれを伝えるためじゃない。
「でも、いきなりこの農地を手放すことになると、うちの売上がガクンと下がってしまいます。今後数年間、別の土地が見つからないことを想定して、多少の賠償金をお願いできればと思います」
「え? 賠償金ですか……。おいくらぐらいをお考えでしょうか?」
「1000万円です!」
僕は思い切って強気の交渉に出ることにしたのである。

農家にとって大事なのは農地!

後日、サイトウさんから連絡が入り、再び例の喫茶店で会うことになった。

「いやー、平松さん。その金額はちょっと無理ですよ……」
目の前のサイトウさんは、苦い顔をしてこちらの要求を断ってきた。もちろん僕は一歩も引く気はない。
「うちだって困ってるんです。土地がなければ、見込んでいた売り上げがゼロになるんですよ!」

僕としては、苦労して使えるようにした土地だけでなく、農家として発展していく未来までも奪われたような気持ちなのだ。1000万という金額は、そういう思いを乗せた額だった。それに、数年間にわたって土地が見つからなければ、うちの経営が成り立たなくなる。それくらいの危機的状況であることは間違いない事実だ。

そんな押し問答が続いた後、サイトウさんは何かを思いついたような顔をすると、ぐっと身を乗り出してこう言った。
「つまり、売り上げの立つ別の土地があれば良いということでしょうか?」
「別の土地?」
「そうです。耕作放棄地だったあの土地を頑張って使えるようにされたということで、本当に大変なご苦労をされたことと思います。平松さんのお気持ちはごもっともです。しかし私どもで1000万円をご用意するのは難しいですし、そもそも金銭でお気持ちがスッキリするというお話でもないのではと。ですから、平松さんにご納得いただける別の土地をこちらでお探しするというのはどうでしょうか」

正直、僕も1000万円の賠償金を支払ってもらうのは難しいと考えていた。代替案として何か良い条件を引っぱり出せればと思って賠償金の支払いを要求してみたのだが、今よりも良い条件の農地が見つかるのであれば、悪い話ではない。

「今よりも良い場所なら、こちらも問題はないですけど……」
「そうですか。じゃあ、代替地を探してご提案させていただきます」

数日後、不動産業者から数枚の地図がメールで届いた。どれも返却を求められている農地より自宅から近い。その中で最も条件の良い土地を現地に行って確認してみると、そのまま使えるくらい奇麗な状況だった。これなら今の農地よりも格段に良い。

新しい土地

紹介された土地は奇麗に整備されていた(画像はイメージ)

僕はすぐさま不動産業者に電話を入れた。

「代替用の農地を見せていただきました。これならすぐに使えそうだし、大丈夫です」
「ありがとうございます。じゃあ、こちらでOKということで!」

こうして僕は借りていた土地の“貸しはがし”という危機的状況をうまく切り抜け、好条件の新たな農地をゲットすることができたのである。

レベル20の獲得スキル「『土地を返して』という突然の申し出に備えよ!」

新規就農者の多くが地域の地主から農地を借り受けることになると思うが、土地を借りているということは、当然どこかのタイミングで返す時がやって来る。当初の契約期間を満了する形で返却するのであれば大きな問題にはならないが、なかには突然「返してほしい」と言われることもある。特に農地を転用することで多額の売却益が見込める市街地では、農地の所有者が何らかの事情で土地を売ることになり、思いがけず返却を迫られるケースも少なくないはずだ。

急な申し出に対処するためにも、土地を借りる際にはきちんとした手続きを踏んだうえで、正式な契約書を交わしておきたい。なかには口約束で土地の貸し借りを行うケースもあると思うが、契約書がない場合、急な返却の要求にうまく交渉するのは難しいだろう。何らかの対応策を講じておかないと、地主の都合に振り回されて売上を大きく落としてしまうリスクもある。そんな時には、自分の置かれた状況をきちんと先方に伝えた上で、配慮を求めてみても良いかもしれない。もちろん、過度な要求はNGだが……。

「土地を返してほしい」という申し出を突然受けるという、今後の農業経営を揺るがす危機的状況を何とか乗り越えた僕。ただ、ホッとしたのも束の間、農村という異世界には、まだまだ僕が経験したことがない難敵がたくさん潜んでいるのだった……。【つづく】

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