構造がシンプルな古いトラクターはメンテナンスもしやすい
移住して11年目に田んぼを借りることになり、トラクターが必要になった。以前から約1反(1アール)の畑で自給用の野菜を作っていたが、それくらいの広さは6.3馬力の家庭用耕運機で十分耕せた。1反の畑すべてを一気に耕すようなことはないからだ。種をまいたり、苗を植え付けたりするたびに数本の畝を耕せば済むので、トラクターより小回りがきく家庭用耕運機のほうが使い勝手がいいのだ。
借りた田んぼは約3反5畝(3.5アール)ある。クワや家庭用耕運機でどうにかなる広さではない。粘質の重い土を耕すには馬力も必要だし、水を張った田んぼをかき混ぜて平らにならす代かきにもトラクターが求められる。
それでトラクターを買うことにした。とはいえ、乏しい実入りでケチな暮らしをしているので、新車はもちろん中古であってもあまり程度のいいものを買える余裕は持ち合わせていない。ネットオークションで相場を調べると、だいたい馬力×1万円が底値のようであった。とすれば、15~20馬力の小型トラクターなら予算は20万円だ。
掘り出し物は、近所の中古農機具店で案外すぐに見つかった。イセキの「TU1500」というモデル。1980年代前半に製造された14.9馬力のクラシックマシンである。年式なりのポンコツ感は否めないが、基本的な動作は問題なさそうだった。整備なしの現状渡しで12万円!
激安はうれしいが、相応のリスクは受け入れなくてはいけない。いいさ。古い道具はシンプルだ。多少の不具合なら、どうにかすれば素人でも直せるからね。それに新しいものを手に入れるより、古くてもまだ使えるものなら見捨てたくはないんだ。
マニュアルに沿って基本的な点検を行えばOK
中古の農機具を入手したら、まずやるべきは各部の点検である。といっても難しいことではない。作業前に行う点検と同じことをすればいい。チェックするべき項目は、取扱説明書に書いてある。中古車の場合、取扱説明書を紛失していることも多いが、今はネットのメーカーサイトで型式を入力すれば、古いモデルでも大抵は取扱説明書をダウンロードできるので助かる。
私が入手したイセキ・TU1500の取扱説明書には作業前点検として24の項目が挙げられている。その基本的な内容は、同社の現行モデルもほぼ変わらない。他社のトラクターもほとんど同じだ。ポイントとなる部分を紹介しよう。
冷却水の量
冷却水(クーラント液)とは高温になるエンジンを冷やすための液体で、車体前部に設置されたラジエーターで冷やされてエンジン内を循環する。冷却水が適量より不足していると、冷却機能が低下し、エンジンが過熱状態となってオーバーヒートを起こしてしまう。最悪の場合、エンジンが損傷する恐れもあるので、冷却水の不足は絶対に避けなくてはいけない。
冷却水の量はラジエーター上部のキャップを外して確認する。口元まで満たされていればOK。不足していたら補充する。リザーバータンク(冷却水の補助用タンク)がついているモデルでは、リザーバータンクのLOWレベルより少なくなっていたら、リザーバータンクのキャップを開けて補充する。
冷却水は、農機具専用のクーラント液を使うのがよいが、経験的に自動車用でも問題はない。原液でそのまま使うタイプと水で希釈するタイプがある。
冷却水は少しずつ蒸発するため定期的な補充が必要だが、極端に減ることはないので、日常的に補充しなくてはならないほど減る場合は漏水が疑われる。ラジエーター周辺ににじみがないかチェックし、問題が見つかったらすぐに修理を。
ファンベルトの張り具合
ファンベルトは、エンジンの動力をウオーターポンプ(※1)やオルタネーター(※2)などの補機に伝えるためのゴム製のベルトだ。ボンネットを開けると、多くの場合、3つの支点を介してエンジンの外側についている。ファンベルトが緩むと、ウオーターポンプなどの補機が正常に作動せず、オーバーヒートやバッテリー上がりなどの原因になる。
ファンベルトの張りは、指で押したときに10~15ミリたわむくらいが適当。緩い場合は、取扱説明書に記されているボルトを緩めて調整する。調整後はボルトを確実に締め付けること。これも大事。
※1 冷却水を循環させるための部品。
※2 エンジンの回転で電気を生み出すための部品。
エンジンオイルの量
エンジンオイルには次のような役割がある。
・潤滑…エンジン内部の動きを滑らかにする。
・清浄…エンジン内部をきれいに保つ。
・密封…ピストンとシリンダーの隙間(すきま)を防ぐ。
・冷却…燃焼や摩擦による熱を冷やす。
・防錆(ぼうせい)…エンジン内部の錆(さび)や腐食を防ぐ。
エンジンオイルが不足するとこれらの機能に支障をきたし、異音や振動の発生、オーバーヒート、最悪の場合はエンジンの焼き付き(※3)といった重大なトラブルにつながる恐れがある。
通常、エンジンオイルは急激に減ることはないが、古いモデルではエンジンを構成するパーツの摩耗や劣化によってちょっとずつ漏れていることがある。外部パーツに漏れている場合はにじみが出るのでわかるが、内部で漏れていると燃焼室にエンジンオイルが入り込んで燃えてしまうため、外見では気づきにくい。外部に漏れが見られなくてもエンジンオイルの減りが激しい場合は、農機具店に相談を。
※3 異常な過熱や潤滑の不具合でエンジン内部の金属部品が損傷する現象。
エンジンオイルの量は、エンジンについているレベルゲージでチェックする。一度抜いて、先端についたオイルをウエス(布)できれいにふきとってから、改めて差し込んで抜き、ゲージ上限と下限の間にオイルが付着していれば適量だ。下限以下の場合はオイルを補充する。また、エンジンオイルは長く使用していると汚れがたまって黒くなり、劣化するので定期的な交換が必要。100時間ごとが目安だ。使用時間はトラクターの計器にあるアワーメーターで確認できる。
ミッションオイルの量
ミッションオイルは変速に使われるギアをスムーズに動かすためのオイルだ。外部に漏れていない限り著しく減ることはないが、古くなってオイルが劣化したり、適切な量が入っていなかったりすると、動作不良や損傷につながる恐れもあるので規定量の確認と定期的な交換が必要。日々の点検はエンジンオイルと同じようにミッション部分にあるレベルゲージで行う。交換は300時間ごとが目安。
また、耕運の際にトラクターに装着するロータリーのギアケースとチェーンケースにもオイルが入っている。取扱説明書を参考にオイル量をチェックし、不足しているときは、メーカー推奨のオイルを規定量まで補充する。
タイヤの空気圧、損傷、摩耗
タイヤに入っている空気は何もしなくてもちょっとずつ抜けていく。車や自転車でもそうなのだが、それをチェックせずに空気圧が不足したまま乗り続けている人は少なくない。空気圧が低いと、燃費やパワーの低下、タイヤの摩耗、操舵(そうだ)性の悪化などにつながるのでエアゲージで確認し、規定量に足りなければ充填(じゅうてん)する。
規定の空気圧はタイヤの側面に刻印されている。タイヤの摩耗や亀裂、損傷もチェック。山(表面の凸部分)が残っていても、古いタイヤは劣化してヒビ割れが見られたりするので、そうなったら早めの交換を。
その他の点検項目としては、ランプ類や電装計器の作動、ブレーキペダルおよびクラッチペダルの遊び、ハンドルの遊び、ボルト類の緩みの確認などが取扱説明書に記されている。
中古トラクターを入手したら、交換したほうがいい部品
なお、中古のトラクターを購入した場合は、それがきちんと整備されたものでなければ、冷却水やオイル類はすべて新しいものに交換するべきだろう。作業前点検の項目にはないがフロントアクスル(※4)のオイルも交換する。エンジンオイルフィルター、油圧オイルフィルター、燃料フィルター、エアクリーナー、それからロータリーの爪がすり減っていたら、それも新しくする。
※4 フロントの左右のタイヤをつなぐ軸のこと。ホイールを保持し、荷重のバランスをとる部品。
フロントアクスルやブレーキペダル、クラッチペダルなどの摺動(しゅうどう)部(こすれ合い滑って動く部分)には、小さく突き出たニップルという注入口があるので、そこへのグリース注入も忘れずに。
これらは50時間、または100時間ごとの定期点検の項目になっている作業でもある。
ところで、私が入手したクラシックマシンは、しばらくは大きな問題もなく快調に働いてくれていたのだが、昨年春、オーバーヒートでエンジンをひどく損傷させてしまった。ラジエーターのホースが破損して冷却水が漏れているのに気づかなかったのが原因だ。作業前にきちんと点検をしていれば防げたことだが、10分ほどの手間を怠ったばかりに修理代10万円の痛い出費。後悔先に立たず。ちょっぴり泣きました。
みなさんも、こんなことがないように作業前の点検はきちんとやりましょうね。