しがらみに囚われずに良いものを作りたい。地域を超えて繋がろう!
──前編では、都市農業をするにあたっての現状や希望などをお話しくださいました。今後の展開、こういうことをしたいというのはありますか?
加藤:東京都内なので、シェフやデザイナーといった人との連携がしやすいのが最も大きなメリットです。ただし生産者同士の横の連携はとても少ないので増やしたい。東京都は、産直部会のような産地内のしがらみがないので、全国にいる「良いイチゴを作りたい生産者」と繋がれるチャンスが多いと思います。
最近、東京で新規就農するグループのメンバーが増えています。うちに来ていた研修生も加入しました。従来の、JAなどの農業コミュニティに頼らないで自分たちで農業をやるという気概がある人たちですね。
「都市部でも地方でも、どこで農業をしようとも謙虚にイチゴ作りに向き合いたい」という生産者と仲良くなり、お互いに成長していきたいです。この記事を見て連絡が来たらとてもうれしいです。
──古いしがらみに囚われない、同じ志の横のつながりを増やしたいという事ですね。そう考えている生産者さんは結構多いかもしれません。
加藤:そもそも生産者の数が少ないため、東京には出荷組合や生産部会といったグループがあまり存在しません。そのため、自分から販路や情報を探しに行かないといけません。だからこそ地域を関係なく同じ価値観やマインドの部分で繋がっている人との出会いが大切だと思います。
加藤:農業はビジネスだと思っています。プロダクトを生産し、収益を出し続けなければ、次世代に継承するのは難しく、いつか途切れます。今はベンチャー企業と一緒にイチゴの新品種の開発に取り組んでいます。3年ほどかけてちょうど試験品種ができてきたところです。
──他の果樹だと新品種開発までに10年かかると聞いたことがありますが、イチゴで3年だと早い方ですね。
加藤:10年はかからないですね。東大発のベンチャー企業である株式会社CULTAが通常の5倍のスピードで品種改良する技術を持っていて、ゲノムを調査して最適解を見つけ出すような事をされています。試験品種の命名はこれからですが、それが本当に良い品種だったら自分も作ってみたいと思う人と一緒に組んだら楽しいですよね。しっかりした技術を持っていて農業参入したい会社とは相談もしています。
輸出は重要なビジネスチャンス。「きちんと儲かる農業」を目指して
──とてもロジカルに農業を促えていらっしゃいますが、他にも手掛けている事はありますか。
加藤:イチゴの輸出に向けた動きですね。香港に輸出している会社からある日突然、取引をしたいので1パックあたりの価格を教えてほしいと電話がありました。価格を提示したら、他のブランドのイチゴよりも高いと言われ、断られました。それでもせっかくお声掛けいただいたからと、加藤農園のイチゴを送ったところ、「今あるイチゴと加工品を全部出してほしい」と連絡があり、そこから輸出が始まりました。
主な輸出先はシンガポールと香港ですが、輸出に向けて生産しないといけない量が国内向けの生産に比べてとても多い。そのためにハウスの直売も休む事になるので悩ましいんです。
加藤:結局おいしいものを作りさえすれば売れる、価格なんて関係なくなる。規模も自然と広がっていく事を実感しました。そういう意味で輸出は外貨獲得ができる重要なビジネスです。日本は資源が乏しいといわれていますが、品質の高い野菜を作れる環境が整っています。農家が儲かれば経済はもっと良くなると思っています。
イチゴで有名な産地に比べると個人戦になるので、ブランド力では分が悪いですが味で勝負したくて奮闘しています。都内の農家が頑張ったら「東京23区内も農業やってるよ!」ってPRになるじゃないですか。例えばシンガポールに旅行に行ってホテルに入ったらウェルカムフルーツでイチゴが置いてある、その案内に「練馬区・加藤農園」とか書いてあったら「勝ったね」って思えるじゃないですか(笑)
あくまでも味で勝負する。地域を代表するイチゴを目指して
──今は数千円する高額なイチゴパフェを出すお店などもありますが、イチゴの価格が高騰している現象をどう思われますか。
加藤:イチゴに費やす価格帯が、上と下で二極化してますよね。1パック1,400円くらいのイチゴにするのか、あるいは誰でも楽しめる値段にするように作るのか。上を見たらキリがありませんが。
──「1粒数千円」の高級イチゴもありますね。
加藤:ありますね。値付けは自由にできるので「やったら?」といわれますが、リピーターさんとか常連さんが来るのでそれはしません。そこまで話題性を作る必要はないです。直売をしている農園だからこそ、品質や味は大切にしています。名前も出しているし、場所も分かっている。下手な栽培をしていたら「あそこのイチゴはおいしくない」と一瞬で話が広がります。イチゴは人気がある分、特に逃げられない、ごまかせない作物なのです。
──イチゴは、大きさや甘さを調節して作れるのでしょうか。
加藤:できます。品種の力も大きいですが、しっかりとした苗を作れるかが鍵です。ハウス内の環境作りも大切です。なるべく花が咲いてから収穫までの期間が長くなるように気をつけています。イチゴは毎日の平均の積算気温が約600度で赤くなるといわれています。例えば毎日の平均気温が20℃が続くとすると約30日で収穫できますが、水っぽくて甘さが足りない実になります。たくさんの量のイチゴを作りたかったらどんどん日数を短くして出荷すれば良い。でもギリギリまで温度を下げてじっくり作れば、ずば抜けて甘いイチゴができますよ。
──果物を直売する場合、自分たちで値段を付ける事ができるので、野菜よりは高く売れる可能性がありますね。
加藤:他の農家と差別化ができるのは、果物の良いところです。例えば「このじゃがいもは機械ではなく手で掘っているから、一袋500円です」と言ってもなかなか売れません。それに同じジャガイモなら、北海道産か練馬区産のどちらかを選べと言われたら北海道のジャガイモを選ぶ消費者は多いのではないでしょうか。そのくらい北海道産の野菜のブランド力は高いです。
以前、都心のマルシェでキャベツを売っていた時に、横のブースで「高原の地下1,200mの井戸水で育てました!」というポップが付いたキャベツが売られていて、自分のキャベツの販売にかなり苦戦した事があります。その日のお客さんからは「練馬のどこに畑があるの?」と質問されてばかりで、産地ブランド力の格差を思い知りました。一個人の農家の努力だけでは、野菜の差別化は難しいと考えさせられた体験です。ただイチゴに関して言えば、味で明確に差別化ができます。逆に言えばおいしくないものを作ったらそこで終了です。就農した時に、トマトを作っている叔父から「いろいろなことをやりたいかもしれないけど、まずはおいしいものを作れるようになれ」と言われました。本当に今、感謝しています。ここで農業をする以上は、まずはその覚悟からだと思っています。
──もし自分たちのイチゴが、自分たちの知らない所で「おいしくない」と言われていたら切ないですね。
加藤:競合が少ない都内のイチゴ栽培なので高値をつけやすいですが、東京都産イチゴの印象を悪くしないためにも、味はきちんといいものを作らないといけないと思っています。ただ、産直部会がない都内の農業のデメリットとして、仮に品質に問題がある作物を出していたとしても、それを指摘してくれる仲間の生産者がいないのです。良くも悪くも、頼れるのは自分だけ。試行錯誤しながら、時には失敗もするだろうけど、努力が実を結ぶのも自分次第ということを意識して、研究・改良して精進していけるかだと思っています。
うちのお客さんは、デパートや空港などで加藤農園のイチゴや加工品が売ってると、大喜びで写真を撮ってInstagramに上げてくれるんです。練馬区という街をPRするものは少ないけど、この街を好きな人はすごく多くて満足度も高い。自分が住んでいる場所を自慢できるネタとして加藤農園のイチゴを使っていただけるなら、それも農業の役割の1つかなと思っています。背伸びしているとは思いますが、練馬区といえば加藤農園のイチゴだよねと言われるくらいのイチゴ作りを実現したいですね。
編集後記
自分たちの農業をどう発展させていくのか。地域への配慮や、販売戦略など課題が山積みの中でも、しがらみに囚われずに戦略を練っていけるのは都市農業の大きな強みと言えよう。加藤さんの体験は、農作物の名産地ではなくとも作物の味をよくしていけばチャンスは大きく広がることを教えてくれる。あくまでも作物のクオリティを上げていくことを基本として、自由な発想を実行しやすい都市のメリットを生かし、同志を各地に広げることで、より農業経済が加速していくのだろう。
画像提供:加藤農園