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年間100万人を集めるわさび園の「一点突破戦略」【岩佐と紐解く戦略農業#06】

連載企画:岩佐と紐解く戦略農業

私、株式会社GRAの岩佐大輝(いわさ・ひろき)とマイナビ農業の横山拓哉(よこやま・たくや)が、いま注目している農業経営者を突撃し、戦略を紐解いていく連載企画。今回は有限会社大王(だいおう)の代表取締役社長、深澤大輔(ふかざわ・だいすけ)さんの大王わさび農場を訪問し、数量にとらわれないビジネスを実現していく方法を聞いた。

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【プロフィール】
■深澤大輔さんプロフィール

有限会社大王 代表取締役社長
1983年、長野県生まれ。大学卒業後、ロンドン芸術大学に入学。靴のデザインやマーケティングを学び、卒業後はフリーランスで靴の製作業務に携わる。その後、家業である大王わさび農場を継ぐことが決まり、2019年に長野県安曇野市にUターン。取締役として大王に入社する。2020年4月、農場の5代目代表に就任。

■岩佐大輝さん

株式会社GRA代表取締役CEO
1977年、宮城県山元町生まれ。大学在学中に起業し、日本および海外で複数の法人のトップを務める。2011年の東日本大震災後に、大きな被害を受けた故郷山元町の復興を目的にGRAを設立。著書は『99%の絶望の中に「1%のチャンス」は実る』(ダイヤモンド社)ほか。

■横山拓哉

株式会社マイナビ 地域活性CSV事業部 事業部長
北海道出身。国内外大手300社以上への採用支援、地域創生事業部門などで企画・サービスの立ち上げを経験。2023年4月より同事業部長就任。「農家をもっと豊かに」をテーマに、全国の農家の声に耳を傾け、奔走中。

突然の出来事がきっかけで靴職人からわさび農家に

岩佐:農場を立ち上げたのは、ひいおじいさんの頃ですか。

深澤:大正時代に、ひいおじいさんが畑の開墾から始めて、2代目の祖父の頃に、その畑を広げました。3代目が私の父親です。今のような観光業も混ぜた農園にしました。4代目が母親で、私は5代目になります。祖父の時代から畑プラス、わさび漬などの漬物の加工をやっていたと聞いています。農家というより「わさび屋」というイメージでしたね。

岩佐:深澤さんが継ぐまでに、紆余曲折(うよきょくせつ)みたいなものはありましたか。

深澤:だいぶありました(笑)。うちは4人兄弟で上から、姉、姉、兄、私なんです。この会社は、長男の兄が引き継ぐと刷り込まれて生きてきたので、私自身はわさびとは全く違うことを。むしろ早く田舎から出たいと思って、靴作りを勉強して、職人を目指しました。

岩佐:イギリスに単身、渡って。

深澤:日本に帰国してからは、しばらくフリーで活動していました。2011年に、病気で車いすに。いきなりです。気づいたら足が動かなくなって、約8カ月入院しました。それとほぼ同じタイミングで、この会社の常務をやっていた兄が突然辞めてしまって。いろんな事情はあったとは思うんですけれども。

岩佐:手を引くと。

深澤:私も病気で「この先どうしよう」みたいな感じで。そんな中で「継ぐ人間がいない」みたいな話が出てくるわけですよ。もちろん僕に話がくるんですが、そんなこと考える余裕もなくて。しばらくリハビリに集中させてもらいました。それで徐々に「自分がやっていくんだな」「もう運命だろうな」と、最初は強引に自分に理解させて。最終的には継ぐという、そんなスタートでした。

①

ののしり合いの会議、収量の減少……代表就任直後に立ちはだかる課題

岩佐:深澤さんが継いだ時の会社の経営状態は、どうでしたか。

深澤:実際に経営状態を見始めたのは2018年ごろだったかな。兄がいた頃から、母親や昔からいる社員に会社の話は聞いていたんですね。財務担当の母親がしっかりお金のところを守ってくれていて、社員も「長く働かせてもらって本当にありがたい。ここは潰れることは絶対ない」と言っていて。でも実際入ってみたら「えっ」って感じで。

岩佐:そうなんですか。

深澤:最初に参加した会議がもうののしり合いなんです。「出来がよくありません」という農場側に対して、経営側は「なんでできない?」と。農場側からすると「こういう稟議(りんぎ)を上げて、変えていきたいと言っているのに、無視してるのあなたたちじゃない。なんでそんなこと言えるんです?」みたいな。これはやばいだろと。

岩佐:入ってみてわかってきたわけですね。

深澤:そうなんです。昔に比べたら、わさびが徐々にできなくなっていることは聞いていました。でも、できなくなってきたら、できるようにしていかなきゃいけないじゃないですか。そういうのが何もなかったんです。

②

岩佐:なんとなく収穫量も減っていき、品質も悪くなっていきつつあったわけですね。

深澤:私が正式に代表になったのは、2020年です。それまで東京にいて、2019年にこちらに越してきました。この時点で、生産量は多少あったのかもしれませんが、芋(根茎)のところが全くできない状態でした。

岩佐:全くというのは、どれぐらいのレベル感ですか。

深澤:根茎ができない。ただ、茎(根、葉、葉柄)はとれる。だから加工品の原料としては使えたんです。でも「大王わさび農場」と名乗る以上、みなさんがよく知っている芋に力を入れていかなきゃいけないだろうと。あとは昔からの付き合いがある卸しのお客さんもいたんですが、本来、収量が減っていれば原価は上がるじゃないですか。だけど先代の方針だったのか「値段はそのままで出させてください」でやっちゃう。そうなると、物が確保できるまで農場に掘らせるわけですよ。

岩佐:先代は義理堅い方だったんでしょうね。

深澤:良くも悪くも。でも足りなかったら足りないで、外の市場から仕入れてやってるんですよ。もちろん先方の了承を得た上で、仕入れたものをそのまま流します。それも値段据え置きで。だから「何のためにやってんの」って話になって。実は私が入って最初にやったことって、卸しを止めることだったんですよ。

岩佐:この一帯は古くから産地でしたから、近隣の農家さんから仕入れることもされてはいたんでしょうか。

深澤:してはいました。でも近隣の農家さんといいお付き合いをしていなかったんですよね。だからうちが足りない時に工面してくれるようなところがなかったんですよ。

岩佐:なかなかハードな状況だったんですね。

深澤:外部の仲卸とかにお願いするしか方法がありませんでしたね。やり方として別に間違ってはいないとは思います。「うちのわさびを良くしてこなかった」ことがそもそもの問題だと思うんですよね。本質的な部分が直せない状態で、どんどん悪い部分が積み重なってきたタイミングの引き継ぎだったと感じています。

③

大王わさび農場で販売されているわさび

信頼関係を築くことから始めた大改革

岩佐:さまざまな大改革をしてきたと思います。具体的にはどんなことに着手されたんでしょうか。

深澤:私は経験も何もない状態で来ているので、芋ができなくなった状態をどうすればいいのか、わからなかったんです。親も社員もわからない。そうなると、聞ける人は外部の人しかいない。でも信頼関係が築けていないので教えてもらえない。だからまずは教えてもらえる、何かあった時に手を差し伸べてくれるような人を確保する。そのために、地域の「わさび組合」に参加することから始めました。
岩佐:深澤さんが自ら。

深澤:これも先代がやってきていないことでした。名前はあるんですが、全然重きを置いていなかった。「何、今さら来てんの」と思われようが、とりあえず行くことから始めましたね。地道に、ちょっとした飲み会や集まりにも極力参加しました。

岩佐:信頼関係ができてきたのは、いつごろからですか。

深澤:本格的に教えてもらい始めたのは、ここ2年ぐらいです。今、成果として出てきている状態ですね。ありがたいことに、教えてくださる方って近隣の農家さんなんです。週に1日、例えばうちのために来ていただいて、一緒に畑に入っていただいて、アドバイスしてもらったり。それだけじゃなくて「何かあった時にはすぐ連絡ちょうだい」と、ありがたい言葉もいただいています。

岩佐:これまで会社を存続するためのお金はどうやって工面していたんでしょうか。

深澤:具体的な施策は多分ないと思います。これまで売れてきたからという流れでずっとやってきて。完全に赤字体質ですね。営業利益なんてほとんど出るような状態じゃなかった。過去の決算書を見ても、営業利益が出てる年がないんですよね。これまでの内部留保とか、資産運用とかで営業外収益を上げてなんとか。

岩佐:わさびがまともに作れない状況だとすると、例えば直売所など他のところでの売り上げが支えてきた。

深澤:基本そうですね。弊社の売り上げは直販と、飲食店などの売り上げが8、9割です。

④

今後は良質なわさび作りを目指す

岩佐:逆に言うと、わさびの生産を改善すると、一気に黒字体質になっていきますよね。

深澤:そう思います。やっぱり、わさびの中では芋が1番、お金をいただける部分なので、財務的に見てもこだわりたいです。あとは自分のこだわりとして、なんでもかんでも大量に作るのもやめましょうと。ちゃんと質も求めて「大王のわさびだから欲しい」と言ってくれるお客さんを増やさないといけないなと考えています。今は観光地だから生き残っていて、「わさびが有名だよね。じゃあ買ってみようかな」で、終わっちゃっていると思うんですね。そういう形にしたのは、すごいことだとは思うんです。要はマネタイズの仕方をすごく考えたのでしょう。ただ、それによってゆがみが生じた。そこに注目して、直していくのが自分の使命だと思っています。観光はもちろんやっていきますが、私の代ではもっとわさびに力を入れます。それは社員にもだいぶ浸透してきて、農場も動いてくれています。

横山:「まだまだいけるぞ」という強い思いを感じますね。

深澤:特に農場で実際にわさびを作っている社員を見ると、すごい真面目にやってくれて、まだまだポテンシャルがあるなと感じます。だから自分はどう後押ししようかなって。わさびは結局、作り手と品種がすべて。うちの作り手だったら、もっともっとグレードは上げられると期待しています。味も、もっともっといけるはずです。

まとめ

横山:では岩佐さん。今日はいかがでしたか。「まとめ」をお願いします。

岩佐:大王わさび農場、本当に素晴らしいですよね。深澤さんは相当レベルの高い挑戦をされています。イチゴ農家も含め、見習うポイントはたくさんありますよね。

大王わさび農場の農業戦略のポイント
川下領域を太くする 加工品やレストラン、フードコートなど、6次産業化に力を入れて、わさびの収量の変動差をカバーする。
観光資源として地域貢献 平日から駐車場が満車になるほどの集客。インバウンドも多く来る、地域の観光資源となる。
数量にとらわれないビジネスを実現し大規模化 ①②をきちんと実現し、約15ヘクタールへと大規模化。また品質改善に力を入れ、①②への相乗効果も狙う。
人柄とチャレンジャースピリッツ 地域と地道に信頼関係を築いていく。これにより技術や知識のレベルアップも図る。

横山:深澤さん、いかがですか。

深澤:そんな風に言っていただけるなんて、ありがたいです。ただ、私も引き継いだばかりなので、今の状況に甘んじず、ここから10年、50年、100年とつなげていけるように、しっかり努力をしていきたいと思います。

(編集協力:三坂輝プロダクション)

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