都市機能と自然が融合するまち・岩手県盛岡市
岩手県盛岡市は県の内陸部に位置する人口約28万3千人の中核市です。市街地には行政、産業・経済、文化など高次都市機能が集積し、西部には水田、東部に果樹園、北部は畜産など生産性の高い農業地帯を形成しています。市の耕地面積は8,480ヘクタールと市の面積の約9.6%を占めており、都市と豊かな自然が融合しているのが盛岡市の大きな魅力です。
また、観光にも力を入れている盛岡市は、2023年1月12日にアメリカのThe New York Timesが「52 Places to Go in 2023(2023年に行くべき52か所)」として、イギリスの首都ロンドンに続く2番目に盛岡市を紹介したことで一躍注目されることに。東京から新幹線で数時間という便利さ、大正時代に建てられた和洋折衷の建築美の建造物、盛岡城跡公園などが人気を集め、国内外からの観光客で年間を通して賑わっています。
盛岡市の農業
農畜産物の生産地でもある盛岡市はその地域特性を活かし、都市部との交流を図りながら“地産地消”をベースとした付加価値の増大につながる農業に取り組んでいます。水稲の他、トマトやねぎなどの野菜、果樹ではりんごやぶどう、和牛や鶏などの畜産との組み合わせによる複合経営を中心とした多種多様な農畜産物を特徴とし、令和4年の農業産出額は242億3千万円と岩手県では2位、東北では7位となっています。
平成29年度から令和元年度に取り組んだ市の重点施策において、生産者、事業者、消費者が一体となった盛岡の食と農のプラットフォーム「美食王国もりおか」を開設。令和2年度からは食と農を支える人材の育成・確保や農畜産物の生産向上を図るための新規就農支援事業、スマート農業導入促進事業、盛岡りんご担い手バックアップ事業などの事業に取り組んでいます。
その一躍を担っているのが盛岡市の大ヶ生(おおがゆ)地区でりんご農家を営む藤原 拓也(ふじわら・たくや)さんです。家業とは別に自身の農園を経営するその理由と手腕から、新しい就農のかたちをひも解いてみましょう。
会社員からりんご農家へ。就農を決意したきっかけはお客さんの笑顔
藤原さんの現在の経営状況
【作付け品目】
りんご2ha、もも10a、洋なし10a
【就農形態】
新規参入
【技術習得先】
先進農家など
【農地】
自ら経営する園地2ha、朝島観光りんご園5ha
【活用した資金・事業】
農業次世代人材投資事業(経営開始型)
藤原さんの実家は、40年以上前から続く「朝島観光りんご園」です。山を切り拓き、果樹園に整地したのは父の敏彦さん。以来、盛岡を代表するりんご農家として地域を牽引しています。りんごの樹のオーナー制度からスタートした農園は現在、観光農園も兼ねており、毎年収穫時期になると国内はもとより、台湾を中心に海外からの観光客で賑わっています。
りんご農家の長男として育った藤原さんは、一度は地元を離れ、埼玉県の会社に就職。28歳のときにUターンをした翌年、新規就農者として経営を開始しました。自身が経営主となることを選択した背景には、どのような理由があったのでしょう。
「農業をやるからには一から自分でやってみたいという思いがありました。また、親元就農であっても農地を新たに確保し、りんごに加えて新たな作物を栽培することで国の新規就農支援制度を活用できることから、経営主になることを選択しました」
と、話す藤原さんですが、当初は農業を職業とするつもりはまったくなかったそうです。会社員として忙しい日々を送るなか、農業の魅力を実感したと言葉を続けます。
「仕事がしんどくなると、思い出すのは実家の農園を訪れるお客さんの笑顔でした。『美味しかったよ』と、お客さんの声をダイレクトに聞くことができる仕事っていいな、と思ったことが、就農のきっかけです」
就農9年目を迎える藤原さんは現在、りんごを中心に新たな栽培品目として、ももと洋なしを栽培しています。りんごはサンふじ、シナノゴールド、はるか、奥州ロマン、紅いわて、きたろう、星の金貨の計7品種を栽培。「盛岡りんご」の生産者の一人としても活躍しています。
同世代の生産者との情報交換が励みに。地域で生産向上に取り組むのが「盛岡りんご」の特徴
盛岡市のりんごの生産量は岩手県内一。明治維新直後の1872年(明治5年)からりんご栽培が始まったとされ、世界で最も生産されている「ふじ」の原木は盛岡にあります。盛岡りんごは、寒暖差のある厳しい環境の中で甘み、酸味、うまみを蓄え、一番おいしい時期を見極めて収穫されます。
すべての作業、管理、経営を自らの手で行うことは、苦労することもあったのではないでしょうか。
「いつ、どんな作業をするかは、幼い頃から父の姿を見てきたことで感覚としては分かっていました。しかし、知識や技術は不十分。岩手県立農業大学校で新規就農者向けの研修を受けたことや、同世代の生産者の存在が励みになりました」
JAりんご部会青年部の一員でもある藤原さん。部会では地域で盛岡りんごを盛り上げようとする連携が取れていると話します。地域の宝として高品質なりんごを栽培することを目的に常に情報交換をし、生産向上を図っているとのこと。
「部会のメンバーは本当に仲が良く、みんなで力を合わせて『盛岡りんご』の品質向上、PRに努めています。現在、青年部の委員長を務めているのですがそろそろ世代交代をしたいところ。若手の育成が今後の課題です」
自分のカラーを出し、新しいことに挑戦できることが個人経営の醍醐味
家業とは別に、自身で経営することには、自分のカラーを出すことができるメリットがあると、藤原さんは語ります。
「朝島りんご観光農園のオーナーは父であり、長年培ってきたこだわりや栽培方法があります。家業を手伝うときはもちろん、そのやり方に従うのがマストです。一方、自分の農園を持つことで、さまざまな新しいことにチャレンジできるのが経営主の魅力だと思います。そこには大きな責任が伴いますが、それを重圧とせず、自分のカラーを出していきたいですね」
と、話す藤原さんは、自身の農園では殺ダニ剤を使用しない栽培方法を一部で試しています。
「殺ダニ剤を使用しない栽培を取り入れるきっかけは勉強会でした。参加するものの、勉強会の内容を実践する人は少なく、使用前後を比較するデータも不十分でした。それならば自分で実践し、データを取って比較検討してみることにしました」
新しいことにチャレンジすることは収穫量や品質に影響することもあるため、躊躇しがちです。臆することなく、アグレッシブに挑戦し続ける藤原さんの姿は、同業者はもちろん、農業を志す人にとっても大きな励みになることでしょう。
子どもが一日中遊べる観光農園が目標。雇用にも力を入れていきたい
現在、朝島りんご観光農園では、りんご狩りや直売所でりんご、加工品の販売をしています。ゆくゆくは家業の朝島りんご観光農園を継承する藤原さんは、観光農園としての機能をより充実させていきたいと抱負を語ります。
「子どもたちが一日中遊べるスペースを作りたいと思っています。周囲には釣りができる池があり、デイキャンプもできます。直売所にカフェを併設し、家族で楽しめる場所をつくることが目標です」
同時に、次世代の担い手を育成することも尽力していきたいと藤原さんは話します。
「研修生の受け入れはもちろん、部会の連携をより強化し、技術や知識を共有することにも尽力していきたいですね。これまで農園は家族経営でしたが、雇用を取り入れ、就農希望者にさまざまな選択肢を示すことも目標の1つです」
新しいかたちの親元就農を実現した藤原さんは、あくまで農業は“仕事”と話します。オンとオフの切り替えが長く続けるための秘訣と、農業を志す人に向け、アドバイスを寄せてくれました。
「農業は休みがないという負のイメージがありますが、職業としての農業を長く続けるためには農業以外の趣味を持つことも大切だと思います。繁忙期となる収穫時期にしっかり働くためにも年間を通してスケジュールを立て、休日を取るようにしましょう」
取材に訪れた9月中旬。袋がけをせずに(無袋)太陽の光をたっぷり浴びて育ったりんごは赤く色づき始めていました。11月には真っ赤に染まり、収穫の時を迎えます。
1つひとつ、手をかけて育て上げた盛岡りんごのように、ベテラン農家や先輩就農者が新規就農者をサポートする盛岡りんごの生産者たち。その真摯な姿勢は新規就農者にとって、頼れる存在になることでしょう。
関係機関が連携し、就農支援を行う盛岡市のサポート体制
藤原さんが農業を営む盛岡市では、農業経営者になることに強い意欲を持つ方に向け、市独自の支援制度を整えています。
「新たな農業の担い手を確保するため、盛岡市では就農準備段階から経営開始後まで、一貫した支援体制を構築しています。その1つが親元就農給付金です。親から継承する子に対し、年間60万円を最長2年間交付します。このほか、各機関と連携を図りながら就農相談や情報提供なども行っています」
と、話すのは盛岡市農林部農政課経営支援係の天沼 博耀(あまぬま・ひろあき)さんと西舘 匡世(にしだて・まさよ)さんです。
盛岡市の令和5年度の新規就農者26名の動向を見ると、雇用就農から独立をして新規就農する傾向にあります。また、親元就農給付金の実施により、親元就農が増加しており、支援体制強化の効果が現れていることが分かります。
令和3年3月に今後10年の指針となる「もりおか農業・農村振興ビジョン2030」を策定した盛岡市では、農業の持続的な発展と活力ある農村の実現に向けて取り組んでいます。新規就農者はもちろん、親元就農者も力強くバックアップをする盛岡市なら、目指す農業をきっと実現できることでしょう。
【お問い合わせ】
盛岡地方農業農村振興協議会(盛岡農業改良普及センター)
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