食らいついたら離さないほどの熱意でPR
短時間でも直接会う
「ここぞというときには、食らいついたら離さないというか」と冗談めかして話すのは加瀬宏行(かせ・ひろゆき)さん。落花生やコメの問屋である株式会社セガワの三代目であり、ピーナッツブランド「Bocchi」を立ち上げた当事者です。
2015年にスタートしたBocchiですが、きっかけはさらにさかのぼります。
東京で就職し、結婚を機に23歳で実家へ戻って家業に就いた加瀬さん。農家の高齢化や、乱高下する相場に左右されてしまう周囲の落花生農家や、問屋としての自社の現状を目の当たりにします。そして業界の危機的状況を打破すべく、加工商品の開発に乗り出します。
「商品を作っても自分たちではPRする力も弱い。まずは都内の有名店に業務用として使ってもらおうと考えました」
加瀬さんが最初に営業をかけたのは、ウルトラキッチン株式会社が運営するベーカリー「365日」でした。「パン屋の中でも明確なコンセプトと適正な価格を打ち出していた」からです。
電話をかけると「サンプルを送ってほしい」と言われますが、加瀬さんは即座に「10分でいいですから、時間ください」と切り返しました。これが冒頭の発言につながります。直接会って、熱意を伝えることを加瀬さんは大事にしているからです。
しかし、直接会えばそれで十分というわけにはいきませんでした。
商品改良に1年間かける
加瀬さんは自信を持って持参したピーナッツペーストは、それほど評価を得られませんでした。
「『おいしいけれど、滑らかさが足りない。寝起きでパンに塗って食べる気になれない』ということを言われました。“作る人”と“売る人”の感覚の違いに気がつくことができました」
そこから試行錯誤が始まります。「滑らかさを高めるためにピーナツのオイルを加える」というアイデアがひらめいたものの、取引できる搾油場探しに時間がかかりました。小ロットでも対応でき、搾油の工程で味の影響が少ない工場を探し、さらに味とコストが最適な配合比率を見極める。納得のいくものができたときには1年が過ぎていました。
再プレゼンで取引スタートに
再度、試食してもらう機会を取り付けた加瀬さんは、3種のピーナッツペーストを持っていきます。商品サンプルに力を抜かないというのも、加瀬さんのやり方です。
「相手に選んでもらえるようにしました。ですが『僕のおすすめはこれです』と示して、実際に『いいですね』と言ってもらえたのは、おすすめしたものでした」
こうして加瀬さんのピーナッツバターが採用に至りました。
ブランド化して商品を展開
商品をブランドに
一方で、自分たちでも商品を販売していくためにブランド化を検討します。
こうして2015年に生まれたのが「Bocchi」でした。
ブランド名に冠した「ぼっち」とは千葉の方言で、収穫した落花生を乾燥させるための野積みのことです。千葉は日本全国の約85%の収穫量を誇る、落花生の一大産地(※)。千葉県の落花生産地では秋になると畑にいくつもの「ぼっち」が見られます。
「千葉の落花生のおいしさは、農家さんが背中や腰を痛めながら、落花生を1株ずつ積み上げて、ぼっちを作るおかげ。そのおかげで甘く、おいしくなっていることを僕は伝えたかったんですね」
ブランド名が決まると、ターゲットとするペルソナ(購買者モデル)の設定など、細かく定めていきました。
※「令和5年産作物統計」(農林水産省)
自社農場での栽培にも乗り出す
ブランド化と同時に、加瀬さんは栽培も始めたいと考えていました。
「父親からは3年くらい反対されていましたよ」と加瀬さんは振り返ります。三代続く問屋業として、栽培の大変さも分かっていたための反対でした。
しかし、加瀬さんは自社農場を用意し、落花生の栽培に乗り出します。しかも、農薬や化学肥料に頼らずに。当然のように初年度の出来は散々だったそうですが、契約農家の力も借りながら、少しずつレベルを高めています。
手仕事での丁寧な栽培による落花生は、ブランドの商品に活用され、味の向上へとつながっています。
「営業は一日3件」を自分に課す
一方で、都心のクラフトベーカリーへの営業を行いました。営業に行く際は一日3件は回ると決め、週に3日ほどは営業回り。足を運んで対面で、ブランドの思いと味を伝えていくというやり方を1年ほど続けたそうです。
失敗も数多く経験したと笑う加瀬さん。「相手の欲しがっているものを聞かずに、こちらの売りたいものを伝えていたんですよね。そもそも『ボタンを掛け違えている』ということはよくありましたよ」
営業先は自分たちで調べた店と、すでに付き合いのある人から紹介を受けた店。後者は積極的に「紹介してください」と打診し、紹介があることで営業の成約率も高まったと話します。
ブランドとしてのアイデンティティをきちんと定義し、商品開発や質の向上を怠らず、さらに営業も手を抜かず、熱意を伝える……。
これらが結果として、有名店や高級ホテルなどへの販路につながることになりました。
個店から有名店への取引拡大
紹介から紹介へとつながる
現在、Bocchiが取引を行う、星のや竹富島や都市型ホテルのアマン東京、ミシュラン三つ星のフレンチであるレフェルヴェソンス(L’Effervescence)。これらはいずれも、人づてに知り合うことができ取引へと至ったと言います。そしていずれも、それまでの加瀬さんの地道に「直接会う」というスタンスから生まれました。
「アマン東京さんも取引先の方からのご紹介です。まずパティシエの方とつながり、その後『総料理長も会いたいと言っています』という連絡をもらいました。当時は8月。落花生は掘り時(収穫時)で忙しかったのですが、せっかくなので掘り取り後の土付きで鮮度抜群の落花生を担いで会いに行きました」
食べてもらうと、今度は総料理長がBocchiの農園を訪問。
「『世界のナッツをこれまで見てきましたが、こんな近くにこんなに素晴らしいナッツがあると初めて知りました』って言われたんですね。それを聞いたときに僕も、自分たちの落花生が『世界一美しい』と言っていこうと思いましたね」
お客様に優劣はない
個人で独自に営む有名店とも、大型のホテルなどとも、取引を行うBocchi。そこには何か違いはあるのでしょうか。
「劇的な違いが一つだけあって、やはりホテルなどは会社になりますので書類は多くなりますね。個人店はやはり即決です。でも、それだけです。どちらも同じお客様なんですよね。そこに優劣はありませんし、僕はどちらも大事だと思っています」
名が知られているからといって、気後れもなく、肩肘も張らず、あくまで自然体。これも加瀬さんの営業スタイルとして重要な一面かもしれません。
そして、そもそもの加瀬さんの思いは落花生業界の危機的状況の打破。そのため、もっとも大切にしているのは生産者です。
「当社には30年を超えるような付き合いある農家さんがたくさんいて、仕入れ金額も大きい。やはり、今でも主要な取引先は農家さんなんですよ」
根底の思いがぶれないからこそ、熱意をストレートに伝えることができるのでしょう。
協力者が誇りを持てるブランドにしていく意義
「千葉の落花生には、世界のナッツにも勝る素晴らしさがあると思っています」と、加瀬さんは強調します。
「ですから、世界に打って出ていきたいですよね。協力してくれる農家さん、落花生の殻を手むきしてくださる農福連携先のみなさん。また、地域の方にも誇りを持ってもらえるブランドになりたい。それによって、農家さんが一軒でも増えてくれればうれしいです」
Bocchi
https://bocchi-peanut.jp/