「育成します、未来のハイテクトマト農家」
「実践的な栽培技術・農業経営を学ぶことができ、独立した今でも大変役立っています」。こんな声が寄せられているのが、「ゆめファーム兵庫六甲 農業経営者育成塾」だ。「最先端ハウスでトマト栽培を極める!!」とうたうこの塾は、カリキュラムからしてとがっている。
1年目:環境制御システムを導入し水耕栽培を行う最先端の園芸施設で働きながら高度な技術を学ぶ(ゆめファーム兵庫六甲) 2~4年目:農業の知識・技術、実践的農業経営などを栽培経験者の指導のもとで学び、独立に必要な知識を身につける(ゆめファーム兵庫六甲はぜたに) 5年目~:独立経営開始。農地取得など、関係機関が支援 |
トマトに特化し、最先端の設備を使って経営まで実践的に学べる。いったいどんな塾なのか。神戸市北区にある最先端の園芸施設「ゆめファーム兵庫六甲」を訪ねた。
収入や地の利からトマトに特化
軒高5.2メートル、栽培面積16アールのフェンロー型ハウス。ここが研修生が1年目に学ぶ場だ。フェンロー型はオランダ式の高度環境制御ハウスで、軒高が高く採光性が良いのが特徴。ロックウールの培地を使った水耕栽培で、液肥やCO2の供給、冷暖房や循環扇(空気を循環させる設備)による温度調整、遮光や保温のためのカーテン開閉などを自動で制御できる。
ゆめファーム兵庫六甲は試験や研究を目的として設立し、JA兵庫六甲管内の農家の所得向上にどの品種が向くか、どんな技術が使えるか試験している。そのような中で、新規就農者や農業後継者の育成をするべく「農業経営者育成塾」として研修を実施している。
「トマトを栽培するとき、1つ、あるいは2つの品種だけという場合が多いんですけれど、ここは列ごとに品種を分けるなどして、新品種がどれだけとれるかといった研究をしています」
同JA営農経済事業部の藪西心(やぶにし・こころ、冒頭写真右端)さんがこう教えてくれた。
「この施設で得られた情報は、失敗も含めてすべて、管内の農家さんにフィードバックしています」と、ゆめファーム兵庫六甲で技術や経営を指導する同部の中西一夫(なかにし・かずお)さんは話す。
これまで12人が入塾し、7人が卒業後に就農した。このうち5人が後継者ではない新規参入組だ。直近で卒業した1人も新規就農に向け補助金を活用し、今はハウスの建設を待っている。
中西さんはこの経営塾について「就農するに当たっての理想がトマトなんだという人にはもう、持ってこいの施設なのかなと思います。給料をもらいながら、福利厚生も受けながら働けて、貯金を目減りさせないで就農の準備ができることも、他にはないところでは」と話す。
それにしてもなぜトマトに特化したのか。
「トマトが選ばれた理由は、サラリーマン並みというか、子供を大学に行かせるくらいの収入を得られる農業ができるからですね。雇用をすれば、休みをとることもできます。遠隔地の産地に比べると、都市に近くて売り場所には困らないという地の利もあります」(中西さん)。卒業後の売上額は年間1000万円を目指す。
2年目から30アールの区画を切り盛り
「1年目は、座学も含めて作物の生理や作業全般を覚えてもらっています」(中西さん)
光合成や呼吸、蒸散といった基礎から始まって、CO2やミストの使い方、芽かき、葉かき、誘引などを学んでいく。
労務管理は座学だけでなく、2年目以降は実践しながら学べる。
「2年目以降を過ごす『ゆめファーム兵庫六甲はぜたに』には、30アールの区画が4つあります。この中の1区画を区画長として管理してもらうという、より実践的な研修を受けられます」(中西さん)
30アールというと、個人農家が管理できるハウスの目安となる広さだ。繁忙期はパートを2、3人くらい雇うことになり、その差配を研修生が自ら行う。
「ゆめファーム兵庫六甲はぜたにでは、施設全体で従業員が20人くらいいるので、週に1度のミーティングで、今週の作業でこれだけ人数を確保したいというのを調整しながら、1年間の栽培を進めていく。作業だけじゃなくて、経営者になったときにしないといけないことまで学んでもらいます」(中西さん)
学ぶ期間は平均3年。新規参入者の場合、農地を探したり、ハウスを新たに建設したりする場合は補助金を申請するので、最短で2年、平均して3年くらいかかる。研修生が、将来の経営まで具体的にイメージして就農に備えられるよう、外部の力も借りる。
「自分がしたい農業を具現化するためには何が必要なのか。支える側として心掛けているのは、たとえ僕らが答えを持っていなかったとしても、答えが分かる人を紹介すること。ハウスを建てた卒業生を訪ねたり、メーカーも含めた外部の連携先に授業をしてもらったりしています」(中西さん)
卒業後も柔軟に支援 販路は自由
卒業後、就農まで間が空く場合は、ゆめファーム兵庫六甲で働くこともできる。
「ハウスの建設待ちや、補助金を受ける都合で、空白期間ができてしまうことがあります。そういうとき、相談してもらえば働くことも可能で、柔軟に対応するようにしています」と中西さん。
卒業後、ハウスを新たに建てる人もいれば、既存のものを活用する人もいる。軒が高く、環境を制御できるハウスの良さは、なんといっても高い収量をあげられること。軒が2メートル程度のふつうのハウスより暑くなりにくく、温暖化にも強い。
JAが運営する塾ながら、卒業後の販路は自由に決められる。JAに販売を委託したり、スーパーに直接納品したり、ハウスの横に自販機を置いて直売したり……。さまざまな売り方がされている。
産地の担い手確保の意味も
JA兵庫六甲が管轄するのは、神戸市、芦屋市、西宮市、尼崎市、伊丹市、川西市、宝塚市、三田市、猪名川(いながわ)町の8市1町。なかでも神戸市は昔からトマトの産地だが、高齢化や都市化などが影響し、生産量を減らしてきた。
「農家が高齢化しているので、空いたハウスが今後出てくる可能性は高いです。次の人に引き継ぐ『流動化』を進めるためにも、次の担い手になる研修生の募集を強化しないといけません。ハウスが空くと、その分産地としての生産量が減って他の産地に取って代わられることになる。そうならない対策を今後の5年、10年で、より現実的に考えていかないといけませんね」(中西さん)
問題への対処を生で見られるのが研修の醍醐味(だいごみ)
取材の最後に、中西さんに指導者として大事にしていることを教えてもらった。「一番気を付けないといけないなと最近思うのは、癖をつけないこと」
新規就農では農家に弟子入りし、実際に農作業をしながら栽培ノウハウを学ぶケースもあるが、自分のやり方に癖がついてしまうと栽培ノウハウの修正やアップデートに時間がかかるといった課題がある。農業技術の進化が加速していく中で、さらなる技術向上のためにも、今後新たな知識を蓄えアップデートしていく必要がある。
中西さんは研修生に教えるときに「自分はこのやり方をするけれども、世の中必ずこうする訳ではない」と認識してもらえるように心がけていると話す。
変な癖をつけないためにも「植物の生理を基本として、それを分かった上で栽培していくことがとても大事」という。
今の時代、栽培の技術は本にまとめられているし、ネットに写真や動画まで載っている。では、実地の研修は何のためにあるのか。
「やっぱり日々いろんなことが現場で起こるので、それを一緒にいて見てもらうっていうのが、研修の醍醐味。本に載ってることは本で勉強すればいいですし、ネットで分かればネットを見ればいいんです。でも、現場で問題が起きたときに、農家なり指導者なりがどういう動きをするかは、足で稼いで現場で見てないと分かりませんから」(中西さん)
生きた知識を未来のトマト農家に伝える。そんな場としての塾の今後に、期待したい。